妻に興味がない夫と「離婚したい」けれど別れない妻。イラストレーター、野原広子さんが新刊で描いた家庭の歪みと熟年離婚の行方は…
離婚を考える女性の心情を繊細に描いた『離婚してもいいですか?』や『妻が口をきいてくれません』をはじめ、夫婦の間のモヤモヤをすくいあげてきたイラストレーターの野原広子さん。シンプルでかわいい絵柄と鋭い心理描写で人気を集める。新刊『うちのツマ知りませんか?』(オーバーラップ)は熟年離婚がテーマ。ある日突然、妻・ヨシ子がいなくなり、夫の康は妻の行方を捜すが…。長い間蓄積された家族のゆがみ。自身も熟年離婚を経験した野原さんが描く、50代夫婦の真実とは。野原さんに作品に込めた思いを聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部)
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きっかけは人生相談
執筆のきっかけはラジオの人生相談です。仕事をしながらラジオを聴いていたら、70代くらいの女性が「離婚したい」と訴えていました。(人生相談の回答者の)先生から「その歳まで何をやっていたの」と怒られてシクシク泣いている。「おばあちゃんかわいそう」と思うと同時に、おばあちゃんの人生はどんなものだったのかなと考え、熟年離婚というテーマにたどり着きました。
主人公の年齢はもう少し下げたほうがいいと思って、ヨシ子は55歳になりました。編集者から、打ち合わせで「逃亡劇が見たい」とリクエストされたので、クライムサスペンスになったんです。
熟年離婚をテーマに描くと決めたころから、奥さんが旦那さんを殺害してしまうというニュースが目に留まるようになりました。一線を越えるのか越えないのか。ラジオの人生相談でも旦那さんに殺意を持っていると口に出す人も多くいました。妻が夫を殺した事件のネットニュースのコメントを読むと、奥さんに同情する声も結構あって。
どんなに憎くても夫を殺してしまったら、今まで大切にしてきたものを守れなくなってしまう。「一線を越えないでほしい」という願いも込めて作品を描きました。
妻を軽んじる夫
<行方不明になったヨシ子を捜す康だが、妻との会話内容をよく覚えていない。友達はいたのか、パート先の人間関係はどうだったのか、ヨシ子について何も知らないのだ。一方で、ヨシ子は、生まれ育った町を出たかったのに残ったのは母のせい、離婚しないのは息子のため…とすべて他人のせいにする。息子の達也も受け身のヨシ子のことを鬱陶しいと思っていて…。うまくいっているように見えた家族の真実の姿が、ヨシ子の失踪で露呈する>
若い頃から私の周りには、「離婚したい」と言っている人が多くいました。実際に離婚した人もいますが、「離婚したい」と言いながら別れていない人がいる。奥さんが離婚したいと思っているということは、家庭内にひずみができているはず。そこからヨシ子の夫・康と息子の達也というキャラクターができました。
康はヨシ子のことをちゃんと見ていないんです。『うちのツマ知りませんか?』のツマがカタカナなのは、夫が妻を軽んじているという意味を込めました。康はヨシ子が出ていったところを目撃しているのに、どんな服装なのかもわからない。妻が怒っていることにすら興味のない人物です。

『うちのツマ知りませんか?』(著:野原広子/オーバーラップ)
<一方で、野原さんはヨシ子を「かわいそうな妻」という描き方はしていない。結婚生活がうまくいかないことをすべて他人のせいにする他責的な側面をきっちり表現した>
ヨシ子は、常に誰かのいうことを聞いている風でいて、実は誰かのせいにするタイプ。ラジオの人生相談で怒られている高齢の女性は多いんです。常に誰かの言うことを聞いていたら、守ってもらえると思っている人は意外といました。私の周りでも、「なんで結婚したの?」と聞くと「この夫なら生活が困らないと思った」とか「やりたいことをやらせてもらえると思ったから」と答える人がちらほらいる。
初めから、相手の人生に乗っかるつもりですよね。「一緒に幸せになろう」ではなくて、「幸せにしてちょうだいね」という感じ。ただ、昭和は男性が女性を守るし、女性は男性のいうことを聞いていればいいという時代だったのだろうと思います。
ヨシ子も男の人におごってもらって嬉しいという世代ですが、今の若い人は違う。自分で買うから嬉しいし、一人で生きていけることが誇らしい。「未婚」というより「非婚でいい」となってきているので、結婚への意識もだいぶ変わってきたなと思います。
作中では、ヨシ子の息子、達也の妻・茜が登場します。茜と達也は事実婚で茜には仕事がある。自分の稼ぎで好きな靴を買える茜と、安い靴さえ夫の顔色をうかがう必要があるヨシ子という対比をしています。
「結婚が向いていなかった」
<野原さん自身も5年ほど前、アラフィフの頃に熟年離婚。結婚生活は20年超に及んだという>
下の娘が高校を卒業した時に離婚しました。離婚を申し込んだ時に、元夫が否定することなく受け入れてくれたことは感謝しています。離婚したいと言っても話を聞いてくれない旦那さんはたくさんいますから。
離婚してわかったことですが、私は結婚生活が向いていなかった。人のために何かをしてあげたり、世話をしてあげたりすることが向いていない。子どもの世話はできても、血のつながっていない人に対して世話ができないタイプでした。
夫はあまり家事をしないタイプでしたから、私も頑張りはしましたが、苦しくなって「無理」となってしまったんです。

『うちのツマ知りませんか?』(著:野原広子/オーバーラップ)
意外なこともありました。離婚したらスッキリすると思っていたのにスッキリしなくて。自分が長い時間をかけて作り上げてきたものを失ったので、「なんだったんだろうな」という思いを抱いたんですね。
それでも、5年ほど経った今も、離婚してよかったと思っています。「旦那だけが悪い」と考えていましたが、今は「私も悪いところがあった」と思えるようになった。一緒にいたら「自分も悪かった」なんて考えられなかったでしょうね。
アップデートできていない
元夫に限らずですが、男性は昭和世代の価値観を引きずっている人が多いように感じています。女性は意外と「今の時代は違うから」とアップデートできている。元夫と食器洗いをめぐって話した時に、「お前のお父さんは食器を洗ったのか」と言われたことがありました。今の若いご夫婦は旦那さんが食器も洗うし、家事もしますよね。時代が変わって、若い人たちには良かったなと思います。

『うちのツマ知りませんか?』(著:野原広子/オーバーラップ)
一方で、女性側も「夫が稼ぐから自分はパートでいい」と考えて人生を送ってきた人がすごく多い。私が地方に住んでいるからかもしれないのですが、妻が夫ほど稼げる仕事がないことも理由かもしれません。
離婚したくても経済的な理由で踏みとどまる人も多くいます。熟年離婚をしても稼げるような仕事に就けない人もいる。「お金がない」と言っている女性は多いですよ。
離婚が少しでも頭にあるなら、準備をしておくことは大切です。心の自立もお金の準備も必要。そもそも旦那さんが急逝して一人になるケースもあります。いざとなったら子どもや夫に頼ろうと思っているのかもしれませんが、自分でいろいろできるように心がけておくといいと思います。
周りの人たちは、子どもの入学や卒業のタイミングで離婚をする人が多くて、自然とネタは集まってきたんです。でも、もう本当に離婚ものはいいかな(笑)。こんなにたくさん離婚ものを描くつもりはなかったんです。いつも何かネタを探しているので、自分が見聞きしたことからまた新しいテーマが生まれてくると思います。
