この記事をまとめると

■1975年に登場したロータス・エスプリは進化をしながら2004年まで生産を継続した

■直4から始まったエスプリは1996年にはV8を搭載するに至っている

■最終型となるファイナルエディションは2年間で79台がリリースされた

スーパーカーの世界に足を踏み入れるきっかけとなった1台

 それまでさまざまなライトウエイトスポーツカーを生産してきたロータスだが、1970年代を迎えるころになると、彼らはさらにラグジュアリーでかつ高性能なモデルを市場に投じることを検討するようになる。「M70」のプロジェクト・コードを掲げて開発が進められ、1975年のパリサロンで初披露された「エスプリ」はまさにその象徴的な例だ。

 それに先立つこと約3年前、1972年のトリノショーでジョルジョット・ジウジアーロ率いるイタルデザインは、ロータスのために、「エスプリ」とネーミングされたスタイリングコンセプトカーを発表しているが、直線を基調としたウエッジシェイプデザインは、当時の最先端にあるエアロダイナミクスとともに、機能性を実現したものと説明されていた。そして、そのシルエットはそのまま生産型のエスプリに受け継がれることになったのだ。

 コンセプトカーではアルミニウム製だったボディは、プロダクションモデルではFPR製とされ、ロータスが伝統としてきた軽量性という他社の作に対する優位性は、エスプリにおいても変わることはなかった。そのファーストモデル(のちにそれは「S1」とも呼ばれるようになる)で発表されたウエイトはわずかに900kg。全長×全幅×全高で4620×1861×1111mmというボディサイズを考えれば、これは驚くほどに小さな数字である。ミッドには2リッターの直列4気筒エンジンが162馬力の最高出力で搭載された。

 このS1で始まったエスプリの生産は、デビュー時に誰もが予想していた以上に長く続くことになった。もちろんその間にはマイナーチェンジや追加モデルの誕生が繰り返される。

 ターボエンジンの新設定に始まったパワーユニットの強化やシャシーの改良、1978年にはエクステリアとインテリアのデザインも、ロータスのデザイナーであったピーター・スティーブンスによって、より魅力的なフィニッシュへと生まれ変わっている。

見た目もパワーも大きく変わったエスプリ最終モデル

 だが、エスプリの進化は1980年代を迎えても、また1990年代に至っても止まることはなかった。そしてより強力なエンジンを求めて進化し続けたエスプリが最後に到達したのは、350馬力を発揮する3.5リッターのV型8気筒で、それは1996年から搭載が実現している。

 2002年に発表された「ファイナルエディション」は、そのモデル名が物語っているように、1975年以来4半世紀以上を生き続けたエスプリの、最終モデルとなったモデルである。ベースとされたのは「V8」で、スタンダードモデルと豪華なスペシャルエクイップメント=特別装備を追加した「SE」の2タイプが設定された。

 エクステリアでは「エリーゼ」とのイメージ統一を図ったと思われるリヤコンビネーションランプや新デザインとなったフロントとサイドのエアロエクステンション、やはり専用のOZ製ホイールなどがファイナルエディションの特徴。

 インテリアはエスプリシリーズのなかではもっともラグジュアリーなフィニッシュで、SEではキルティングレザーシートやパーフォレイテッドレザーによるドアガード、アルミニウム製のシフトノブなども採用されている。

 ミッドのV型8気筒エンジンは350馬力のまま、スペックに特別な変化はなかったが、ロータスが「シリーズ4」と呼んでいたフレームにはさらに改良が加えられたほか、前後のサスペンションはアジャスタブルタイプのビルシュタイン製ダンパーとアイバッハ製のスプリングをもつものに変更されている。そして、さらに高い制動力と耐久性を得るために、AP製のレーシングブレーキもファイナルエディションでは標準装備となる。

 ちなみにこのロータス・エスプリ・ファイナルエディションは、2002年の発表から2004年までの間にわずかに79台のみが生産されたという。