ABS秋田放送

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解散から投票まで戦後最短の16日間だった衆議院選挙は瞬く間に幕を下ろしました。

立候補者がこれまでで最も多かった秋田1区、与野党一騎打ちとなった2区、3区。

笑顔と涙のそれぞれの選挙戦を追いました。

緑川貴士氏(演説)
「(会場笑い)」

御法川信英氏(笑顔)
大仙市・老松博行市長
「私の選挙区じゃありません(笑)」

笑いあり。

木村佐知子氏(涙流し話す)
「どんなに大変なことがあってもすでに、いろんな方に、秋田の方でも、同級生とか知り合いとか。応援の言葉をいただいています」

福原淳嗣氏(涙)
「最後まで、皆さん力を合わせて」

鈴木知氏
「(涙ぐむ)」

涙あり。

佐藤氏
「寒い中、足元悪い中で、来てくれたので、本当にうれしいなと思って」
「すごい風」

強風、そして、嵐もあった、36年ぶりの真冬の総選挙。

■1区

早川周作氏
「いい絵撮れました?」
記者
「バッチリです」

厳しい寒さの中でも、熱を帯びていく訴えや思い。

早川周作氏
「チョレイ。すんません。チョレイ。チョレイ。すんません。これ卓球でいうとチキータっていうんですけど。チョレイ」

プロ卓球チームを運営する早川周作氏。

早川周作氏
「実は26歳の時に、秋田1区から、民主党の候補者として出るという話が来ておりました。しかしその当時の寺田知事のご子息である、皆さま方よくご存じの寺田学議員に、僕がお譲りをいたしました。同い年です。彼が最年少の国会議員になりました。あれから23年です」

立憲民主党と公明党が立ち上げた中道改革連合から秋田1区に出馬しました。

その個人演説会の最後列には今回の解散で政界を引退した寺田学氏の姿が。

早川氏と会話することも、表立って後押しすることもありませんでした。

記者
「学さんすみません。秋田放送なんですけども、話を聞かせてもらっていいですか」
寺田学氏
「もう引退しているので」

寺田氏は現在、妻で参議院自民党会派の静氏の私設秘書を務めています。

その寺田氏と長く議席を争ってきた自民党の冨樫博之氏。

県庁前で行った遊説には鈴木知事。

そしてその知事選の相手だった秋田市の猿田和三副市長。

さらに沼谷純市長も顔をそろえました。

冨樫博之氏
「鈴木知事や沼谷市長と同じ方向を見ながら。この秋田を秋田県を同じ方向向きながら一緒に進んでいきたい」

国と、県・秋田市とのパイプ役になると訴えた冨樫氏。

冨樫博之氏
「秋田が元気になれば、日本の国はもっと成長して豊かな国になる。そして、豊かな国になれば、このふるさと秋田が本当に幸せな県になると思います」

投票日の事務所には前の秋田市長穂積志氏もかけつけました。

小選挙区制度の導入後最も多い6人が立候補した秋田1区。

冨樫氏が他を寄せ付けない強さを見せ、6回連続で当選しました。

■2区

記録的な大雪の中選挙戦が行われた秋田2区。

自民党の福原淳嗣氏のもとには愛知から駆け付けたという支持者も。

福原淳嗣氏
「我がふるさと、大館市役所は挑戦し続けてきました」

長年勤めた大館市長を辞めて臨んだ前回の衆院選は選挙区で落選。

比例での復活当選でした。

演説には自民党の県議会議員や、県の北部の市長、町長。

そして金田勝年元衆議院議員も。

能代市の齊藤滋宣市長は、農林水産大臣などを歴任した野呂田芳成氏の秘書を、時期こそ違えど、同じく務めた経歴を披露し演説会を盛り上げました。

能代市・齊藤滋宣市長
「福原代議士は“野呂田学校”の生徒でありまして。」

32年にわたって参議院議員、衆議院議員を務めた野呂田氏。

野呂田芳成氏
「秋田を日本並みの水準にすることが利益誘導だっていうならば、私はこれから夜叉ともなり阿修羅ともなって利益誘導やって秋田を発展させるつもりです」

野呂田氏の秘書を経て国会議員や自治体のトップになった政治家は数多くいます。

能代市・齊藤滋宣市長
「私が一番最初の秘書で。彼ケツから2番目なんですよ。今では私より上いってますから威張ってますけどね。彼がここまで成長できたのは野呂田の親父さんのおかげでありますけども、間違いなく私のおかげでもあります、わっはっは」

その福原氏との2度目の対戦が一騎打ちとなった、中道改革連合の緑川貴士氏。

緑川貴士氏
「元気もらいます。しゃっけっすべ?しゃっけっすべ。しゃけ弁って聞こえたっす。しゃけ弁が食べたい」

埼玉出身、17年前に秋田でアナウンサーになりました。

その後政界に転じてこれまで衆議院議員を3期務めてきましたが、新たに加わった“仲間”への浸透はいま一つだったのか…

公明党秋田県本部・松田豊臣代表
「決戦日までに何としてもえー2区は、細川たかし候補(会場笑い)そして…。あのー実はですね。先日の出陣式の時もついつい、北海道出身なものですから細川たかしのイメージがあってですね」

緑川貴士氏
「みなさまこんにちは。細川たかしです(会場笑い)」

支持者
「よく頑張って。ほれ~手冷たくて。あいーかわいそう」

丁寧に支持者と接する姿勢は変わりませんでしたが、立ち上がったばかりの党は暗雲に包まれていました。

緑川貴士氏
「厳しい情勢が報道で躍っておりました、悔しい気持ちと、また、次、何とか挽回していきたいという思いで、その一喜一憂する気持ちを何とかこらえながら日々、スタッフとミーティングをしながら、過ごさせていただきました」「この中道勢力が結集させることによって、真の地域活性化策もしっかりと議論することができる。こうした施策の実現にもつなげることができると私は考えております」

福原淳嗣氏
「ねえさん」
鈴木真実議員
「絶対勝とう。絶対。あしたも来ます」

秋田2区では最終的に全15市町村長が福原氏を応援。

大館市・石田健佑市長
「福原先生は国土交通省のほうにも一報入れていただいたと伺っております。そのおかげで、この大館の除雪もしっかり進んでまりました」「国が、福原淳嗣という男を、必要としています。私たちは」

ふたを開けてみれば福原氏は全ての市町村の得票で緑川氏を上回り、比例復活当選も許しませんでした。

2回目の当選を果たし、初めて小選挙区の議席を獲得しています。

高市政権への追い風は秋田にも吹きました。

大館市・石田健佑市長
「どうも、ありがとうございます」
福原淳嗣氏
「いつでも来て、要望活動」
石田市長
「まずは本当にあの除雪の支援、本当に助かりました」
福原氏
「その通りでしょ、しっかりやりますから」
石田市長
「そのお礼も込めてまず行きたいと思っています」
福原氏
「よろしくお願いします。あのあれだ、東京で飲も」
石田市長
「いいんですか」
福原氏
「いいよいいよ」

■3区

同じく雪深い中での選挙戦となった秋田3区。

自民党の御法川信英氏は今回の衆院選に、ある思いをもって臨みました。

御法川信英氏
「平成2年。投票日は2月の18日だったんですけどもね。という選挙以来この2月の選挙。平成2年の2月18日に私の父、御法川英文が初当選をさせていただきました。そこから36年たちました。今回はその2月だなと。親父が初当選した2月だなということを毎日ここにこう持ちながら皆さんに訴えているところでございます」

「小泉進次郎さまです。どうぞ盛大な拍手でお迎えください」

長靴の御法川氏の後押しに革靴でやってきた小泉防衛大臣。

今回も各地の応援演説に引っ張りだこでした。

小泉防衛大臣
「私は大仙市もう、今までたびたび来ているんですけども。選挙の応援だけなんですよね。花火大会一回も来たことなくて。もういつかうちの家族で日本一とも言われる花火大会を見たいと」
客席
「来年来い」
小泉防衛大臣
「ありがとうございます」
「御法川さんはですね。国会ってよく永田町って言うじゃないですか。永田町内会長なんですよ」「絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に落とせないのが御法川さんなんです」

地面も凍る寒さの中遊説していた村岡敏英氏。

秘書
「そこ滑るよ」
村岡敏英氏
「滑らないようにしてください。選挙には滑らないように頑張りますから」

国民民主党の選挙対策委員長として臨んだ衆院選。

村岡敏英氏(様々な場所でアピール)
「NHKのニュースウォッチ9という番組があります」
「各党の選挙対策委員長が集まって討論会します」
「東京のスタジオでNHKでやりますんで、もしよかったら見てください」
「秋田県人の誇りを失わずに。負けないように各党の選挙対策委員長と話し合いますので」
「討論会に出ますんでよろしくお願いいたします。ABSさんはそれは宣伝してくれないみたいですね」
「あした途中で遊説を抜けて東京に向かって夜9時から出ますんで、もしよかったら見てください」

初めて選挙期間中に秋田を離れて党務にあたった村岡氏。

村岡敏英氏
「勇気100倍です。これNHKでこうやってもいいべか(笑)」

御法川氏との対決は7度目にして初めての一騎打ち。

村岡敏英氏
「この秋田から出た国会議員が、全国の中でしっかりと発言している、姿をしながら皆さんに理解を得て、課題を解決したいこの思いです。ぜひ託してください、私に」

支持者
「いつもの母ちゃんです」
御法川信英氏
「ごめんな、手ひゃっこくてさ俺ごめんね」

御法川氏は政権与党の実行力を強調しました。

御法川信英氏
「国会議員というのは声を届けるだけでは足りないと言っている。声を届けるだけではなくて、皆さんから聞いた声に対して、答えを持って帰ると。これがわれわれの仕事なんですよ。それができるのはどっちの候補だと」

結果の判明が深夜までもつれ込んだ秋田3区。

御法川氏は今回も激戦を制することはできませんでした。

8回目の当選も前回と同じく比例復活です。

選挙前6人だった秋田の衆議院議員。

県内の課題解決は次の総選挙まで4人に託されました。

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

衆議院議員の任期は4年。

自民党の大勝で当面、解散は考えにくい状況です。

解散総選挙がなければ、約2年半後の参議院選挙が次の国政選挙となります。