【豊臣兄弟!】“仮病の見舞い”で信長の罠に…弟・織田信勝、史実が伝える無情な最期
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第3回放送「決戦前夜」で、佐久間盛重に言及されていた織田信勝。
兄・信長と家督を争い、いったんは母のとりなしで赦免されながら、最後は“仮病を装った信長の見舞い”をきっかけに殺される……そんな波乱の生涯を史料『信長公記』が伝えます。
盛重「(うつけの信長よりも)信勝様の方がよかったか……」
この記事では、信勝が「なぜ信長と対照的に見られたのか」、そして「どのようにして最期を迎えたのか」を、史料の記述をもとに辿ります。
『信長公記』が記す、信長と信勝の決定的な差
織田信勝は天文5年(1536年)、織田信秀(のぶひで。弾正忠家当主)と土田御前(どたごぜん)の間に誕生しました。2歳年長の信長とは実兄弟で、すぐ下の弟に当たります。
江戸時代の系図類では織田信行(のぶゆき)と記されていますが、同時代の史料ではおおむね織田信勝・織田達成(みちなり)・織田信成などと記されていました。
通称は勘十郎(かんじゅうろう)、兄の信長とは違って「うつけ」な振る舞いをせず、よく対比されていたようです。
天文20年(1551年)に父の信秀が病床に臥すと、信長と共同で所領の統治を行うようになりました。このころから織田家の次期当主はどちらになるか?家中ではさまざまな思惑が交錯していたことでしょう。
翌天文21年(1552年)に信秀が亡くなると、父の葬儀で暴挙に及んだ信長に対し、信勝は礼儀正しく振舞ったことが『信長公記』に記されています。
……信長御焼香に御出其時信長公御仕立長つかの大刀わきさしを三五なわにてまかせられ髪はちやせんに巻立袴もめし候はて仏前へ御出有て抹香をくはつと御つかみ候て仏前へ投懸御帰……
※『信長公記』首巻九「備後守病死之事」
【意訳】信長が父の葬儀に現れる。そのいでたちは大太刀と脇差を腰に巻いた荒縄へ差し、頭は茶筅髷(ちゃせんまげ)をそそり立てて、袴すら穿いていない。仏前へ進み出ると抹香を「くわっ」と鷲掴みにし、父の位牌に投げつけて立ち去った。
……御舎弟勘十郎は折目高成肩灰袴めし候て有へき如くの御沙汰也 三郎信長公を例の大うつけよと執〳〵評判候し也其中に筑紫の客僧一人あれこそ国は持人よと申たる由也……
※『信長公記』首巻九「備後守病死之事」
【意訳】いっぽう弟の信勝は肩衣と袴の裃(かみしも)姿で礼儀正しく振舞った。参列者は「あれが例の大うつけか」と囁いたが、その中にいた一人の客僧が「あれこそ国を持つ器だ」と口にしたそうな。
母のとりなしで赦免されるが……

信長の弟・織田信行(信勝)。『絵本太閤記』より
さて、信勝は信長を織田家の次期当主として認めず、独自の行動をとって信長と織田の家督と権益をめぐる争いを繰り広げました。
他にも織田信友(のぶとも。大和守)や織田信光(のぶみつ。信長叔父)、織田信時(のぶとき。安房守)らが争いに加わりましたが、一人また一人と脱落。信長と信勝だけが、家督争いの舞台に残ったのです。
やがて弘治2年(1556年)に信長の舅であり支援者であった美濃の斎藤道三が、嫡男の斎藤義龍(DAIGO)に討たれると、尾張国内の各勢力が打倒信長で連携します。
苦境に立たされた信長にとどめを刺そうと、信勝は柴田勝家(山口馬木也)や林秀貞(諏訪太朗)、林美作守(みまさかのかみ)らを味方につけて挙兵しました。
同年8月に稲生(いのう。名古屋市西区)で両雄は激突しますが、信勝は2倍以上の兵力を備えながら、信長に逆転負けを喫してしまいます。
敗走した信勝は末森城(名古屋市千種区)に立て籠もり、信長に包囲されましたが、生母・土田御前のとりなしによって赦免されました。
しかしその後も信勝は信長を敵視し続け、永禄元年(1558年)に入ると今川義元(大鶴義丹)や織田信安(のぶやす。伊勢守)らと連携する動きを見せます。
また信勝家中では衆道(男色)関係にあった津々木蔵人(つづき くらんど)を寵愛して柴田勝家らを遠ざけ、勝家らを粛清しようとさえしていました。
勝家らに見限られた信勝は、仮病を装った信長の見舞いに清洲城を訪れ、そのまま殺されてしまったのです。
終わりに

中沢元紀演じる織田信勝。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
……是より信長作病を御搆にて一切而へ無御出御兄弟之儀候間勘十郎殿御見舞可然と御袋様並柴田権六異見申に付て清洲へ御見舞に御出清洲北矢蔵天主次之間にて
弘治四年戊午霜月二日
河尻青貝に被仰付後生害なされ候……
※『信長公記』廿五「家康公岡崎の御城へ引取之事」
【意訳】信長は仮病を患い、政務をとれなくなってしまった。「お見舞いに行かれるのがよいでしょう」と土田御前と柴田勝家が進言したため、信勝は清洲城へ信長を見舞いに訪ねる。すると北櫓天守にある次の間へ通され、信長の命を受けた河尻秀隆(かわじり ひでたか)と青貝某(あおがい)の手で殺された。
今回は信長の弟である織田信勝について、その生涯をたどってきました。稲生の決戦に敗れて母親に命乞いをしてもらい、なおも野望を捨てきれない図太さを備えていたようですね。
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では回想シーンで登場するようですが、人物紹介を見る限りでは大幅にアレンジが加えられることでしょう。
果たしてどのような信勝像が描かれるのか、中沢元紀の好演に期待です。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」でのプロフィール
■織田信勝 / 中沢 元紀
おだ のぶかつ / なかざわ もとき信長の弟
元は仲のいい兄弟だったが、父・信秀が亡くなると、信勝を擁立しようとする家臣たちに担がれる形で兄への謀反を企て……。※NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。
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※参考文献:
谷口克広『織田信長家臣人名辞典 第2版』吉川弘文館、2010年10月
