【天使のたまご】作画監督・名倉靖博が明かしたアニメーションへのこだわり
そんな名倉靖博が作画監督を務め、監督の押井守も絶賛する繊細なアニメートを手がけた1985年発売のOVA『天使のたまご』が、4Kリマスター版となって全世界で公開される。
そこで今回は、『天使のたまご』において重要な役割を果たした名倉靖博さんに、本作の舞台裏についての話を伺った。
――OVA『天使のたまご』の公開40周年を迎える2025年に4Kリマスター版の制作が決定しました。このプロジェクトを聞いたとき、どのような感想を持たれましたか?
名倉 40年前に制作されたOVA『天使のたまご』が令和に甦ることは、とても感慨深いです。今回のDolby Cinema版では、『天使のたまご』を知らない世代の方たちにも観ていただける機会が増えるのではと期待しています。
――名倉さんが『天使のたまご』の制作参加依頼を引き受けたのは、どのような仕事をされていた時期だったのでしょうか?
名倉 自分は25か26歳のころで、TVアニメ『とんがり帽子のメモル』(現・東映アニメーション)の作業を終え、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』(グループ・タック)の劇場作品に参加していました。
――制作に携わることになった経緯について、また当時の押井監督の印象についてお聞かせください。
名倉 きっかけは、アニメージュ編集部の鈴木敏夫さんから「押井さんの新作『天使のたまご』に参加しませんか」とお電話をいただいたことです。すでにアニメージュに連載されていた『天使のたまご』の記事に惹かれていたこともあったので、驚きましたし、たいへん嬉しかったです。
押井さんについては、『うる星やつら』以外の活動についてはほとんど存じ上げませんでしたが、いざお会いしてみると、理路整然とした話しぶりと、クリクリした目に人懐っこさを感じて好印象を受けました。
――押井監督らしさ満載なオリジナル作品ということで、設定やストーリーメモをご覧になってどんな印象をもちましたか?
名倉 押井さんにとって初のオリジナル作品として、いままで表現するタイミングを逸していた物語が、長い"待ち"の間に凝縮されて一気に世の中に放たれたように感じました。企画段階から参加していたわけではなかったので、アニメージュに掲載されていた天野(喜孝)さんのイメージ画からある程度は世界観を知っていましたね。
参加当初は原画のみの予定でしたが、作画監督が難航していたようで、ある日押井さんから「作画監督やらない?」と唐突に聞かれました。自分の描いたレイアウトを気に入ってくれたことが決め手になったようです。
――本作でキャラクター含め作品世界のデザインをされた天野喜孝さんについて、当時の印象などをお聞かせください。
名倉 それまで天野さんの絵からはアメリカンコミック的なスタイルを強く感じていましたが、『天たま』のイメージ画は西洋と東洋が混在した筆致と色彩を感じ、とても惹かれました。天野さん自身は、イメージ画の作業を終えて西荻窪にあったスタジオディーンをすでに退去されていたので、お会いできたのは初号試写を終えたあとだったと思います。
――天野さんのキャラクターをアニメとして動かすことに際して、どのようなこだわりを持って作業されましたか。
名倉 イメージ画とアニメーション画には相当な隔たりがあるため、キャラを似せようとすると途端に固い絵になってしまい、表情は失われてしまいます。そこで似せることは最低限とし、キャラの持つ空気感や雰囲気を一番に考えて作画に臨みました。
少女の髪の動きは、タイミングなどを変えて意図的に印象付けようと作業しましたが、少女の存在そのものには儚い印象を持たせたかったので、ほつれ毛を色トレスにして重い動きにならないよう注意しました。
対照的に、少年のほうは出来るだけクールでシャープな印象になるよう、影を多めに入れて描いていきました。
――押井監督からはどのような作画指示があったのでしょうか。
名倉 押井さんからは、少年が"静"で少女は"動"という説明が初期段階からありました。
背景については美術の小林七郎さんのこだわりで、一度仕上げた背景のうえにさらにセルを一枚重ね、その上からタッチを入れることで重厚に仕上げていきました。暗いシーンや雨や水の多彩な表現も、作品全体に陰鬱な空気や緊張感を漂わせていたと思います。あまりの完成度に、その背景をはじめて見せられたときは、大変な作品に関わったのだと覚悟を決めました。
――少女の動きについては、どのような工夫をされましたか。
名倉 少女は大人びて見えたり、幼く見えたりと、表情や仕草も含めてシーンごとに描き分けてほしいと押井さんから指示がありました。大人びたシーンでも知り尽くした表情にならないよう注意し、閉ざされた世界でひとり生きてきた気丈で健気なところにも気づいてもらえるよう、凛とした空気感を大切にしました。
――少女の作画については、森のなかで髪が風に舞うシーンなど、一本一本描かれた髪の毛がとても印象的です。あの細かい線や影を描く際には、どのようなこだわりがあったのでしょうか?
名倉 少女については儚さのなかに存在感も欲しかったので、髪の動きは打ってつけの素材でした。なので髪の動きも3コマ撮りのところを2コマ撮りにするようタイムシートを書き換えたりして、それに気づいた押井さんから「作画枚数が増えてない?」と軽いお灸を据えられることもありました。
――少年の作画については、どのような工夫をされたのでしょうか。
名倉 少年には謎めいた雰囲気がキャラクターに求められていました。そのため、能楽の面(おもて)に通じるものをイメージして、できるだけ少年の表情は変えず、影によってそのわずかな心の変化を見せられるよう作画していました。
――名倉さんの印象に残っているシーンについてもお聞かせください。
名倉 少女に関しては、タイトルバックのモノトーン寄りの映像が印象に残っています。当初は本編自体も影をブラックで塗りつぶしたスタイルで貫かれる予定でしたが、押井さんが途中でその考えを変えられたようでした。
他には、廃墟で少女が佇んでいる横位置の止めカットも印象深いですね。押井さん自身もこだわっていたカットでした。
あとは、少女が落下して水鏡越しに自分と対面するカットは、波紋の動きを1コマ撮りに変更したことを思い出しますし、原画が江村豊秋さん、作監と動画を自分が担当した、ベッドの上で少女が目を覚ますアップショットも印象的です。
――当時の制作現場での出来事について、いまだから明かせるエピソードはありますか?
名倉 作業に苦労していた当時、色彩設計の保田道世さんが、おにぎりしか食べていなかった自分やスタッフの方に素麺を湯がいてくださったことがあります。とても美味しくて心に沁みました。
それから、あまりにも机にかじりついていて自分を不憫に思ったのか、スタッフがいきなり「ボーリング場へ行こう」と自分を拉致してくれたこともありました。その後の作業のモチベーションが上がりましたね。
あとは、質問があって別室にいらした押井さんを訪ねたとき、机の上に「人事を尽くして『天たま』を待つ」と書かれていたことがありました。静かな圧を感じて、すばやく退散しました(笑)。
――押井監督作品のルーツともいえる『天使のたまご』はどんな作品だったと思いますか? また振り返ってこの作品に参加したことは自分にとってどのような経験、キャリアになったと考えていますか?
名倉 押井さんのオリジナルな感性が隅々まで行き届いたこの作品は、押井さんがこれからどのような景色を見せてくれるのかという期待を抱かせるものでした。個人的にも一つの山を越えられた感覚があり、映像づくりの新たな可能性を感じました。
――今回の4Kリマスター化のニュースも大きな注目を浴びるなど、国内外で高い評価を得ている本作の現状を、どのように受け止めていますか?
名倉 難解な作風だったため、以前は敬遠されがちでしたが、長い時間を経て国内外で高い評価を得られたことは大変喜ばしく思っています。このような作品に自分が関われたことは、いまでもかけがいのない経験として自分の一部になっています。
――4Kリマスター版をご覧になった感想をお聞かせください。
名倉 映像や音楽、音声がバージョンアップされたことで、当時は気づけなかった背景のディテールや混声合唱の荘厳さ、そして俳優さんの微かな息づかいが、すべてクリアになって届きました。
作画に関しては、タイトなスケジュールだったこともあって心残りも多く、40年前の作画に未熟さを感じて目を逸らしたところもあります。
――最後に4Kリマスター版の公開を楽しみにしている方々に向けてメッセージをお願いします。
名倉 40年の時を経て、OVA『天使のたまご』が新たに生まれ変わりました。作品の存在すら知らなかった若い方にも届くことを願っています。物語の深い意味や結論は急がず、まずはご自分の感性を総動員して映像と音を楽しんで頂けたら嬉しいです。
最後になりますが、今回のOVA『天使のたまご』4KリマスターとDolby Cinema化のプロジェクトに関われた全ての方々に御礼申し上げます。ありがとうございました。
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