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 21世紀に入って、アメリカが誇る普遍的なスーパーヒーロー『スーパーマン』の映画は何度も作られてきた。まず、ブライアン・シンガーが監督した『スーパーマン リターンズ』(2006年)が発表され、その後、クリストファー・ノーラン製作、ザック・スナイダー監督がリブートした『マン・オブ・スティール』(2013年)と続編の『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)の2本が公開された。

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 それから10年も経たずに、心機一転、DCの『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021年) を成功させたジェームズ・ガンを監督・脚本・製作に迎え、2億2250万ドル(推定)のバジェットで華々しく蘇ったリブート版が、『スーパーマン』(2025年)だ。すでに世界各国で大ヒットを記録し、批評面でも絶賛されている。それも納得である。誰もがその名を知るヒーローが主人公のスーパーヒーロー・ムービーということだけではなく、総合的に優れたスペクタクルなエンターテインメント作品に昇華されているからだ。

 まず、壮絶でクリエイティヴなアクションのノンストップな畳み掛け方が素晴らしいのだが、前半でいきなり巨大怪獣との熱いバトルが繰り広げられる。『ザ・スーサイド・スクワッド~』に続き、ジェームズ・ガンの「円谷プロ」ならびに「特撮」愛がたっぷりと感じられる大胆なシークエンスだが、昨今の『キングコング』シリーズや『ゴジラ-1.0』(2023年)のヒットの影響もあり、怪獣マニア以外の一般層にも「Kaiju」を受け入れられる下地ができていたのは大きい。しかも、ここでグリーン・ランタン、ミスター・テリフィック、ホークガールという個性的なヒーローから構成された「ジャスティス・ギャング」が登場。今作はスーパーマンの孤高の戦いではないことが明らかになり、団体戦的なボリューム感と厚みを出すことに成功している。

 そして、ポケット・ユニバースに囚われたスーパーマンの痕跡を追って、ロイス・レインとミスター・テリフィックがミリタリー・キャンプに到着、彼らの行く手を阻むルーサーの手下たちを相手に「バブル型の透明シールドの中で保護されたロイスの視点」で全方位にテリフィックが敵を一網打尽にするという、ダイナミックなシークエンスもクレバーで痛快極まりない。バックで流れるノア&ザ・ホエールの軽快なナンバー「5 Years Time」にもテンションが上がる。これは本作のハイライトであるだけでなく、ここ10年間のスーパーヒーロー・ムービーの中でもベスト5に入る、屈指の名シーンといっても良いのではないだろうか。このシーンだけでも何十回でも観たくなる。

 クライマックスの、野球場でのスーパーマンとウルトラマン(その正体はスーパーマンのクローン)の死闘。ここは奥行きのある広大な空間を生かしながら、スピード感に重きを置いており、さらに破壊力も抜群で、この終盤でスーパーマンが敗北することがないとわかっていても、手に汗を握りながらスクリーンに目が釘付けになる。ダークで幻想的なポケット・ユニバースからの脱出劇もスリリングでビジュアル的にも楽しい。強力なサイドキック、クリプトの活躍も忘れてはいけない。冒頭でもラストでもスーパーマンを助ける心強いスーパードッグだが、ルーサーコープ本社で大暴れする凶暴性に一瞬唖然としつつ、憎きヴィラン、ルーサーをコテンパンにする名シーンは今作で最もカタルシスを感じさせるユーモラスなシーンだ(クリプトのモデルはジェームズ・ガンの愛犬、オズ)。

 そう、ユーモアも『スーパーマン』の重要なキモとなっている。キュートで獰猛なクリプトの存在もそうだが、グリーン・ランタンのあの髪型(ちゃんと劇中でネタにされている)、はみ出し者のヒーロー集団ジャスティス・ギャングのヒーロー然としない協調性のなさ、そしてカラフルでテンションの高いルーサーのアシスタント兼恋人イヴのコミックリリーフも忘れてはいけない(彼女とジミー・オルセンのやりとりも含め)。ユーモアとあわせて、本作のホラー的要素も味わい深いものがある。巨大怪獣の登場もそうだが、地獄のような暗黒世界、ポケット・ユニバースで首だけで飛ぶメタモルフォのビジュアルも怪奇映画の趣きでギョッとさせられる。孤独の要塞でスーパーマンをケアするメタリックなデザインが美しいロボットたちが襲撃され残忍に破壊されるシーンも、ちょっとホラーだ。かつて『悪魔の毒々モンスター』(1984年)でお馴染みトロマ社でロイド・カウフマンの薫陶を受け、『ゾンビ』をリブートした『ドーン・オブ・ザ・デッド』(そういえば同作の監督は『マン・オブ・スティール』のザック・スナイダーだ)の脚本を執筆し、SFボディ・ホラー『スリザー』(2006年)で監督デビューを果たしたガンの出自をさりげなく感じさせてくれる。

 スーパーマンの葛藤や彼と地球上の両親の絆の深い親子の物語というドラマパートも秀逸だが、ラブストーリーも忘れてはいけない。クラーク・ケントとロイス・レインを演じた、デヴィッド・コレンスウェットとレイチェル・ブロズナハンのケミストリーが、とにかく素晴らしい。特にブロズナハンの芸達者ぶりはレインを演じた歴代の女優の中でも出色で、2人の宙に舞いながらのキスシーンは確かにアイコニックだが、それ以上に、両親が自分を地球に送り込んだ真意を知り傷心のスーパーマンがレインに初めて「I love you」と告げるシーンでは、薄暗い部屋のバックで巨大な目のクリーチャー(Fifth-Dimensional Imp)とジャスティス・ギャングが静かに戦っている。このカラフルで美しく幻想的な巨大異次元生命体を、例えばイギリスのロンドン・アイ(巨大観覧車)やニューヨークのマンハッタン・ブリッジのように、壮大な背景の装置として活かしながら、こんなに静謐で親密な、ロマンティックなシーンが生まれるとは予想していなかったので、驚愕するとともに心から感動した。そしてロイスは正義感たくましい記者としてレックス・ルーサーの悪行を暴きつつ、命懸けでスーパーマン=クラーク・ケントの救出に向かう。これぞ愛の力である。蛇足ながら、ブロズナハンは駆け出しの頃、アリ・アスター監督の2本の短編に出演したことがあり、タイプは異なるが元ホラー監督ジェームズ・ガンとは相性が良かったのかもしれない。

 視覚的に楽しいイマジナティヴで高度なアクションをこれでもかと畳み掛け、心の琴線に触れるドラマとロマンス、センスの光るユーモア(時にブラックな)で紡ぐ確かな手腕をジェームズ・ガンは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014年)でも披露していたが、今作はそれを上回ったのではないだろうか。アクションとドラマとコメディが高いレベルでバランス良く融合されたとき、傑作は誕生する。

 敗北から始まり、勝利で終わる『スーパーマン』。完全無敵な存在ではなく我々人間と同じように弱点も欠点もある、正義と希望の象徴であるスーパーヒーロー。それこそがスーパーマンが長年にわたって世界中で愛される要因だろう。

 2026年は本作にカメオ的に登場したスーパーガールを主人公に据えた『スーパーガール』が公開される。その先には必ず、『スーパーマン』の続編が待っているだろう。ジェームズ・ガンの『スーパーマン』ユニバースの行く末に大いに期待したい。

(文=小林真理)