『あんぱん』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説、いわゆる「朝ドラ」は、日本の朝に流れる“物語の原風景”とも言える存在だ。半年という長い時間をかけて描かれるヒロインの成長には、時に涙し、時に励まされる。その中で、劇中に登場する“歌唱シーン”は、時にセリフを超えて視聴者の心に迫る強さを持つ。

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 2025年春スタートした『あんぱん』では、原菜乃華が演じるヒロインの妹・朝田メイコの歌声に注目が集まっている。近年の朝ドラには『ちむどんどん』(2022年度前期)の上白石萌歌、『ごちそうさん』(2013年度後期)の高畑充希らがその透明感や力強さを伴った歌声で話題を呼び、朝ドラという枠を超えた評価を得た。なぜ、彼女たちの歌はこれほどまでに心に響くのだろうか。

 『ちむどんどん』で上白石萌歌が演じた比嘉歌子は、歌とともに物語を紡いだキャラクターだった。病弱ながらも、歌を心の支えにして歩む姿は、ドラマのなかでも静かで確かな感動を呼んだ。劇中で歌われた「椰子の実」「翼をください」は、ただの挿入歌ではなく、歌子自身の生き方そのものだった。とくに、姉・良子の出産時に歌われた「椰子の実」は、“祈りのようなもの”と本人が語ったように、ドラマ全体に深い余韻を残す名場面となった。歌手活動も行う上白石だからこそ成し得た、感情と楽曲の高度なシンクロ。セリフでは描ききれない心の揺れを歌で補完する演出は、まさに「歌うヒロイン」の真骨頂だった。

 “歌うヒロイン”の系譜を語る上で欠かせないのが、『ごちそうさん』で西門希子を演じた高畑充希の存在だ。作中で披露された「焼氷有り〼の唄」は、キャラクターの変化とドラマの空気を一気に転換させた。内気だった希子が、歌によって殻を破り、自分の気持ちをまっすぐに届ける。そんなシーンに、日本中が心を掴まれた。高畑はもともとミュージカル出身で、歌唱力には定評があったが、それを“ドラマのなかで使う”ことの可能性を、この作品が証明してみせた。後に『とと姉ちゃん』(2016年度前期)でヒロインへと躍進したのも、視聴者の記憶にあの歌声が残っていたからこそだろう。たった一度の歌唱シーンが、女優としての道筋を大きく変えた例と言っても過言ではない。

 『あんぱん』で、今田美桜演じるヒロイン・朝田のぶの妹として登場するのが、原扮すメイコだ。三姉妹の末っ子として生まれ育ったメイコは、明るく人懐っこい性格の持ち主で、物語の中でも一家に笑顔をもたらす存在として描かれている。そんな彼女がこれから見せていくであろう“歌う”一面に、放送当初から視聴者の期待が寄せられていた。

 というのも、原といえば、2024年に放送された実写ドラマ&映画『【推しの子】』での有馬かな役が記憶に新しい。原作でも屈指の人気キャラとして知られる“元天才子役”でありながらプライドと葛藤を抱えるアイドルという難役を、原は抜群の説得力で演じきった。特に劇中アイドルグループ「B小町」としてのライブシーンでは、ダンスや表情管理だけでなく、楽曲ごとの感情の揺れまで丁寧に表現し、俳優としての表現の幅広さを印象づけた。

 5月8日放送の第29話では、祖父の弟子である豪(細田佳央太)の壮行会にて、のぶ(今田美桜)、蘭子(河合優実)、メイコの三姉妹がよさこい節を歌うシーンが描かれた。幼い頃から歌が好きだったことがうかがえるメイコが、姉たちとともに地元の唄を披露する姿は、どこか懐かしく、そして家族の絆を感じさせる温かな場面となった。

 続く5月13日放送の第32話では、いよいよメイコがソロで歌声を披露するシーンがやってくる。アンパンを売り歩きながら、軽やかに鼻歌を交えて歌うメイコ。陽気で人懐っこい彼女のキャラクターと、その歌声がぴたりと重なる瞬間だった。さらにギターを奏でる健太郎(高橋文哉)の伴奏に合わせて、メイコが「椰子の実」を歌い出すシーンでは、穏やかな波音と共鳴するような、透明感のある原の歌声がやさしく響き渡った。

 原の歌声が真に魅力的なのは“にじみ出る素直さ”にある。『あんぱん』のメイコというキャラクターを通じて、彼女は歌うことが特別ではない世界の中で、“歌うことのかけがえなさ”を表現してみせた。その力強さとやさしさが共存する歌声は、今後の物語の中でもきっと何度も、誰かの心をそっと揺らしていくだろう。

 登場人物が劇中で歌うという演出は、単なる演技の一部ではない。そこには、物語のエモーションが凝縮されている。言葉にならない気持ち。誰にも届かないと思っていた声。それらが旋律にのって視聴者に届いたとき、朝ドラというフォーマットは、ただのテレビドラマを超えた“体験”になる。

 『エール』のように音楽がテーマの作品であってもなくても、印象的な歌唱シーンは確実に視聴者の記憶に残る。『虎に翼』のような社会派作品ですら、挿入歌の選曲と配置は極めて戦略的であり、ヒロインの心情を強く補完していた。

 だからこそ、『あんぱん』における原菜乃華の歌唱が、今後の物語のどこで、どのように響くのかが問われている。ヒロインが歌うという選択は、キャラクターに深みを与えるだけでなく、作品そのもののトーンを左右する。歌声がもたらす“リアル”が、私たちの心に届く日を待ちたい。(文=川崎龍也)