■「政権選択選挙」に近い地殻変動

衆議院選挙2024(10月15日公示、27日投開票)が執り行われ無事終了しました。論戦を戦わせた各党議員の皆さま、秘書、党職員ほかスタッフの皆さま、また各市区町村・選挙管理委員会の皆さまも、投票所に足を運んだすべての皆さまに深く感謝を申し上げます。

結論から申しますと報道の通り自由民主党・公明党両党による与党の合計が勝敗ラインの目安とされた衆議院議席過半数(233議席)を下回る215議席ということで、今後無所属での当選議員の動向などもありますが与党石破茂政権の敗北という総括になりますでしょうか。

他方で、今回の選挙は大きなコンテクストの中で行われた国政選挙であり、実質的には思った以上に「政権選択選挙」にも近い地殻変動が見て取れた内容でした。公示前に行われた自由民主党総裁選(9月12日告示、27日開票)と立憲民主党代表選、公明党代表選も踏まえた動向を踏まえながら振り返ってみます。

本稿の執筆は10月28日午後で、その後の政局・情勢の変化によっては、もろもろ事態が変動するかもしれません。また、各種調査については、断りのない限り戸別訪問、出口調査、RDDおよびネットパネルについては楽天インサイト、モニタスと、共同で調査を行ったマスコミ社を含む独自調査網の結果に基づいております。

写真提供=共同通信社
メディアのインタビューに答える国民民主党の玉木代表=2024年10月27日午後10時、東京都新宿区 - 写真提供=共同通信社

■立憲民主の獲得票数は「ほぼ横ばい」

今回の議席数単体で言うならば、自由民主党が191議席(選挙前247議席・56議席減)、公明党が24議席(選挙前32議席・8議席減)と大幅に議席数を減らしたのに対し、立憲民主党が148議席(選挙前98議席・50議席増)、国民民主党が28議席(選挙前7議席・21議席増、ただし比例代表で候補者リスト不足により当選3議席を喪失)と、連合・旧民主党を中心とした野党勢力が議席を伸ばしました。

他方で、議席数の面では躍進したはずの立憲の得票率は約28.7%で、実際には獲得票総数ではほぼ横ばいという結果となりました。これは、単純に自由民主党の獲得票数が前回比11%減の38.2%(自民単体で見ると約2割減)に落ち込み、公示前の情勢調査で当落・惜敗率70%から130%程度の幅になると予測された激戦区では61選挙区中18勝43敗(立憲は33勝7敗)という点からも、自民党支持の伸び悩みにより立憲候補に競り負けたのが大敗の直接の原因と言えます。

比例に目を転じれば、今回の選挙の投票率は53.84%となり、前回の選挙を2.08ポイント下回りました。投票が可能な有権者数は1億417万人余りで、投票総数は前回より216万票あまり少ない計算となります。

そのうえで、自由民主党の前回1991万票が今回は1458万(533万票減・27%減)となったのに対し、立憲民主党は前回1149万票が今回1155万票で、全体得票数で216万票少ないとしてもほとんど得票数は変わっていません。

■維新の票が国民民主、れいわ新選組に流れた

もっとも減少幅が大きく党勢の衰えが顕著なのは日本維新の会(805万から509万)で、金城湯池である大阪府と一部兵庫県の得票を除くと147万票から75万票と半減に近い得票となっていますが、これらの票の流れていった先はきれいに国民民主党(259万から616万)とれいわ新選組(221万から380万)になっています。つまり、3年前は自民、公明、維新へ投じられていた票が、国民、れいわに流れましたというのが今回衆院選2024の単純な総括になります。

現段階では、「立憲が大きく支持を伸ばした」わけではなく「自民党に長年投票していた人が、今回は投票に行かなかったか、国民民主党など他党に投票した」感じでしょうか。

個別の属性で言えば、国民民主党もれいわ新選組もインターネットによるメディア接触が多く、39歳以下の勤労層・若者層からの支持が厚く、どちらも所得層がやや低い人たちからの票が流れているという点で共通しています。国民民主党は明確に「手取りを増やす」という政策目標をスローガンに掲げる一方、具体的な財源や社会保障問題に対する政策主張は乏しくなっています。また、れいわ新選組もあまり具体的な政策論に踏み込まないイメージ戦略中心の選挙戦を行ってきたことから、ある意味で、自公政権のアンチテーゼ、一種のポピュリズム政党としての側面を色濃くしているというのが現状です。

■持続的な「二大政党制」につながるのか

ただし、これらの若い人たちからの支持層を稼いだ国民、れいわ両党とは異なり、立憲も日本共産党も支持層の不可逆的な高齢化に悩んでおり、党支持層の構築からすると国民、れいわは立憲共産の補完的なポジションに来ていることは注目されます。本来、立憲や共産が増やすべき若い支持者はおおむね国民やれいわ両党に流れてしまっているのは、2015年に集団的自衛権行使を認める安全保障関連法案に反対する国会デモに絡んで学生主体の左派団体「SEALDs」が躍動したものの党派への組み入れに失敗した経緯は思い返しておく必要があります。

立憲民主党の野田佳彦代表(新宿駅前)(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

そこへ、前回の都知事選や自民党総裁選、立憲代表選でも明らかとなったように既存政党への有権者の忌避感、政治不信という土壌がある中で、政治とカネの問題が今回立憲民主党側(およびそれを支援するメディア)により大きな争点となったことが自民党の苦戦を象徴するような大物議員や現役閣僚の落選につながっていたのは間違いありません。もっとも、立憲が主張した政治とカネの争点は、自民党の得票を削って激戦区での野党(主に立憲)候補の勝利に寄与したものの、必ずしも立憲への投票行動を促す動きには至らなかったことは特筆されるべきとも思います。

これが、中長期的な立憲民主党の支持率改善に貢献するかどうかは今のところまだよくわかりません。後述しますが、投開票日後の各調査では、自由民主党への支持が10%以上減少し、立憲民主党や国民民主党への支持率は倍増近くになっています。これが持続的な「二大政党制への道」になる過程にあるのかは、数カ月連続して支持率の動向を見ない限りわからないでしょう。

■「悪夢の民主党政権」を連呼すべきだった

ただ、確実に言えることは今回の立憲ほか野党の善戦が、実質的な「アベ政治(安倍晋三さんによる長期政権)の終わり」を意味し、自民党を中心とした一強他弱の政党・情勢構造を打破する可能性が出てきたとは言えます。自民党も、本来であればもっと声高に「悪夢の民主党政権」を連呼するべきであったし、裏金議員とのレッテルについても政治資金規正法上の未記載については立憲幹部の安住淳さんやれいわ新選組の大石晃子さんなど野党も処分されずそのまま立候補している人物がいるという対抗ネガキャンは行うべきであったと思います。

なにより、今回自民党の苦戦については、序盤は自民党公約のできの悪さ、終盤は支部への2000万支給問題という、戦術的に「それはもっとやりようがあったんじゃないの」というしょうもない理由で出口調査での激戦区取りこぼしを起こしていたのは印象的でした。特に、自民党公約においては「ルールを守る」という、実に石破茂さんらしい抽象的だが力強いテーマが前面に出たものの、野党がマスコミと結託して進めてきた「裏金議員」「政治とカネの問題」から自民党政治を終わらせるというロジックには到底対抗できませんでした。

裏金問題で自民党候補が苦戦する中、自民党が「ルールを守る」と公約で連呼しても「あなたがたがまずルールを守りましょうよ」と有権者に思われてしまうのは至極当然のことです。また、国民民主党も特に政策実現の根拠はないけど国民の生活にダイレクトに響く「手取りを増やす」というスローガンに浮動票を奪われて、政治家個人の主張する力に依存した選挙戦に終始せざるを得なくなったのは決定打でした。

石破茂首相(2017年9月25日撮影)(写真=さかおり/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■「手取りを増やす」は、手柄の横取りである

よくよく自民党の公約を見ればいいこともたくさん書いてあるのですが、野党が仕掛ける本格的な「政治とカネ」批判攻勢に対抗できるのは「自民党が政権を維持すれば、あなたの生活はここまで良くなるのだ」という政策の実現力を背景にした納得感しかなかったのは明確です。実際、7月8月の国民所得が物価上昇を上回ったのは岸田文雄前政権の成果であって、国民民主党の「手取りを増やす」連呼はある種の手柄の横取りであり、財源も示さないポピュリズム的なばら撒きにすぎないという反論、批判は自民党からもっとしていかないとならなかったのも事実です。

各選対でも「国民民主党がここまで伸びるとは思わなかった」と敗戦後の反省で述べていますが、実際には国民民主党が無党派の勤労層から幅広い支持を掴んでいることは明らかで、言い方は悪いですが国民民主党と似たようなことを有権者に訴えかけなければならなかったのは当初から想定をされていました。

■隠れた争点だった「防災と安全」

また、今回は隠れた争点として「防災と安全」というテーマが有権者に刺さることがわかっています。それは2024年元日に発生した能登半島地震とその後の豪雨・洪水被害に対する直接の支援を岸田文雄政権でやり切って相応の高評価を得ているにもかかわらず、このあたりの発言をうまく主張できた自民党候補が少なかったのは残念なことです。また、これらの防災の問題は、実は能登だけの問題ではなく、常に大型地震に怯える首都圏ほか都市部の有権者でも関心上位に入っていたことから考えても、安心して暮らせる政策を実現する与党という主張は繰り返し行わなければならなかったでしょう。

令和6年能登半島地震に関する非常災害対策本部会議に参加する岸田文雄首相(※肩書は当時)(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

突き詰めると、確かに立憲が設定した「政治とカネ」は大事な話だけど、それへの反省は述べたうえで、しかし政策面で国民・有権者の生活をどれだけ良くできるのかという主張を行う必要があったのは間違いないのです。

そして、今回複数の出口調査では、限られた投票所ではありますが「政治とカネの問題はあなたの投票に影響しましたか」という問いと、投票先候補と比例投票先政党名を聞いています。ここでは、「政治とカネ」について強く関心を持つのは所得の低い高齢層と一部勤労層が中心で、言い方は悪いですがこの問題が無くても自民党や公明党には投票しなさそうな有権者が主体であったことは注目するべきです。これは、結果的に「比例では、立憲民主党への得票はほとんど増えなかった」ということと符合しています。

■「政治とカネ」を抜きにしても、支持を失っている

これらの投票状況の背景には、政治とカネの問題を争点にされる前から、自由民主党自体は中期的に支持層が融解し、徐々に支持を失ってきているトレンドにあることは理解しておくべきです。言い換えれば、有権者からすれば「自民党に投票しなければならない」動機がなくなりつつあり、いまや自民党候補に投票する理由を喪失しているのです。自民党で今回のような逆風でも盤石な選挙戦を通して問題なく当選しているのは世襲ほか過去のつながりからしっかりと根を張っているか、地元での運動量が抜群に多い候補ばかりであることは考慮に入れておく必要があります。

今回自民党のやらかしの巻き添えを食う形で重要な選挙区で多くの議席を失うことになってしまった公明党には、自民党からすると多大なご迷惑をおかけした形になったかと思います。特に、埼玉14区では公明党代表に選任されたばかりの石井啓一さんが、また大阪では佐藤茂樹さん、国重徹さん、伊佐進一さん、山本香苗さんと全滅を喫してしまい、非常に大事な政治家を(一時的にであれ)失ってしまったのは痛恨の極みと言えます。

■「地方創生」は地方ではウケないという現実

一方で、比例票から逆算した自公両党の構造からすると、公明党との関係がなくなると自民党は最大60議席ほどを無条件で失う計算になります。実際には、もっと勝てないかもしれません。公明党や支持母体の創価学会の支援がなくても勝てる自民党候補はせいぜい30名から40名前後なのであって、公明党との選挙協力なしにいまの自民党が勢力を維持することはもはや困難と言えます。ここの立て直しは自民公明両党が胸襟を開き、選挙結果を踏まえて真摯に反省して議論し、立て直していかなければならないでしょう。

今回、石破茂さんは地方創成予算倍増を掲げて地方経済の立て直しを強く主張しました。ところが、実際には都市部で苦戦すると思われた自公においては、神奈川を除き当初の予測よりも都市部で議席を確保することができました。むしろ、地方の経済を立て直すと地方創成の話を強弁しても、いまや人口減少の局面に入りバリバリ働くわけでもない地方の高齢者の票田には刺さらないのだ、ということはよく念頭に置いておく必要があります。

■本来、総裁と幹事長の責任が問われるべきだが…

森山裕幹事長(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

自民党がここまで敗戦した背景には、裏金問題で攻めてくる野党への対抗が組織的にできず、特に違法でもないが時宜的に不適切の極みではある支部2000万円支給問題を赤旗に書かれて万事休したという背景があります。ここには、早期解散論を条件に幹事長に就任し、ちょっとそれはと思うような組閣人事を進め、最後は幹事長室が時期的に適切とは到底言えない2000万円支給で期日前出口の数字を崩壊させて激戦区を15議席以上落とした森山裕さんの責任が、第一義的には問われるべきとは思います。

ところが、実際には選挙対策本部長であった小泉進次郎さんが先に自ら責任を取って辞任する運びになり、石破茂さんは総裁として何らの責任も取らず、幹事長とともに留任という展開になってしまいました。常識的には、全体の2割以上にあたる56議席も失い自民単独過半数どころか友党・公明党と合わせても過半数割れになって、おめおめと総理に残留するというのはどういうことなんだ、という意見が党内や支援団体から出てもおかしくありません。

■来年の参院選までに「石破降ろし」は起きる

そもそも、石破茂さんは国民からの総理待望論が高く、党内非主流派として、ときには安倍政権など政権のあるべき姿を正論で論じてきたがゆえの声望と人柄への信頼があったのは間違いないのです。ただ、各調査で見ると石破政権への支持率自体が47%(不支持が48%)という世論調査の数字を筆頭に、地域別・選挙区別で見ると「投票所に足を向けた人からの評価」である出口調査では20%台後半の支持率のところも珍しくありません。

また、石破茂さんへの評価では、60代以上の地方在住者の支持率こそ60%台と高いものの、都市部勤労層ではかなりの選挙区で4割を切っています。これでは、派手な総裁選で国民の期待を集め、勝てる選挙の顔として立てて早期解散総選挙を遂行した自民党の戦略自体が間違っていたといわれても仕方がない状況になります。「石破茂には国民的人気がある」という話は何だったのか、虚心坦懐に振り返る必要に迫られているのです。

こうなりますと、総理総裁の留任を決意した石破茂さんが、特別国会を経て少数与党の苦難もわかって続投を強行しても、来年7月に予定される重要な参議院選挙と東京都議会選挙は戦えないことは間違いありません。党内融和は望むべくもなく、閣僚は別としても早期の退陣を求める「石破降ろし」は起きることでしょう。

■高市氏の前回推薦人の過半数は「裏金議員」

また、少数与党として、日本維新の会や国民民主党と協調できる政策分野で部分的な連合を組んで対処していくとしても、予算成立では重大な局面が起きる可能性があり、バーターとして内閣総辞職を条件に予算審議に応じる、予算に賛成するという屈辱を踏む可能性があります。その場合は、追い込まれて退陣後に自民党は改めて総裁選を行うことになるでしょう。そうでなくとも、通常国会の会期末で不信任案を出される前に辞任に追い込まれることになり得ます。

高市早苗氏(写真=内閣府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

いわば、もはや選挙の顔として機能しないことは明白になっている石破茂さんを、自由民主党はいつまで総理総裁として引っ張るべきなのか、降ろすにしても誰を代替で総裁に選任するかという、非常に困難な状態に陥ります。

また、高市早苗さんへの声望は一部党員に高いことは事実です。これは、自由民主党が結党以来支持者の一角として持ち続けている清和研究会(保守傍流)特有の、日本土着の新自由主義的価値観を持つ自民党員・党友の皆さんがかなりおられることの証左です。思想としては明らかに「働かざる者、食うべからず」であって、一貫して自民党の根底にある考え方を持つ人たちであると言えます。ただ、前回総裁選でも石破茂さんと共に決選投票まで残ったことは高く評価される一方、高市さんを支えた前回推薦人は20名中13名までもが報告書未記載議員(裏金議員)で、今回極めて強烈な国民からの審判を受けたことは忘れてはなりません。

■「玉木雄一郎首相」という展開もあり得る

新潟5区・高鳥修一、大阪19区・谷川とむ、長野1区・若林健太、愛知7区・鈴木淳司、宮城1区・土井亨、埼玉13区・三ツ林裕巳ら各氏は落選。杉田水脈さんは衆院選立候補を断念し、比例復活が奈良1区・小林茂樹と北海道4区の中村裕之ら各氏で、順調に勝てたのは古屋圭司さんと関芳弘さんだけです。「もしも、総理が石破茂さんではなく高市早苗さんだったら」という話も多数聞かれましたが、今回の選挙結果を見る限り、自民党内の保守層の一部はある種のカルトであって、有権者全般からの支持を集めなければ勝ち残ることのできない衆議院選挙では高市早苗さんでは荷が勝つのではないかと思います。

そうなると、石破茂さんを降ろしても次の総理総裁に誰を推せば党勢を回復し有権者の信頼を勝ち取ることができるのかという難題もまた立ちはだかることになります。前回、9名も総裁選に出馬し、フルスクラッチで自民党の持つ人材を全力で審議したにもかかわらず、出てきた石破茂さんがこうであったことはよく考える必要があります。党員・党友の皆さんからの声望が高かったとしても、必ずしも国民の人気には直結するわけではなく、勝てる総理総裁とは限らないのだと学ぶこともまた大事なことではないかとも思うのです。

翻って、維新や国民民主党に思い切った譲歩をして、例えば総理を玉木雄一郎さんに、というような形で、「自社さ政権モデル」で乗り切る、という展開も出てくることでしょう。

国民民主党の玉木雄一郎代表(横浜駅前)(写真=Noukei314/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■外交の場で「どうせ辞める首相」の話は聞いてもらえるのか

そして、目下政権構想をめぐって多数派争いが行われています。本来であれば、早々に特別国会が開かれるべきところ、政治日程的に11月15日からAPEC首脳会議、17日に兵庫知事選、18日からG20首脳会議が行われます。石破茂さんがこの惨敗でも早期退陣することなく幹事長の森山裕さんと残留をしたとしても、このまま自由民主党・公明党の連立による少数与党で押し切ろうとするならば、当然来年の通常国会で年度末の予算成立とバーターに内閣総辞職を突き付けられるか、6月の会期末に不信任案を出されて7月に衆参ダブル選挙となるかという命運が待ち受けています。

つまり、日本近隣で戦争や災害でも起きない限り、石破政権は今後特に見せ場もなく淡々と追い込まれ辞めざるを得ない状況が約束されているのです。それであるならば、まだ責任を取って自ら辞めるという名誉ある勇退ができる判断をするべきだったのではないかとも感じるところです。そもそも辞めることが不可避の石破茂さんを総理としてAPECや日米首脳会談など重要な外交日程で送り出すべきなのかという難題も残ります。どうせ辞める総理を迎えた各国が、石破さんの話を聞いてくれるのかという素朴な疑問を持たざるを得ません。

■「紙の健康保険証を復活させろ」で大丈夫?

また、来年1月の通常国会よりも前に、物価高に対応するための国家公務員の給与を引き上げる給与法(一般職の職員の給与に関する法律)の改正を行うための臨時国会を召集しないといけません。少数与党で乗り切ろうとする場合、ここの採決ができなくて年末にいきなり議会運営が行き詰まって総辞職というハードルも出てきます。「石破さんは選挙に負けてパッと降りていれば自民党としても禊になったのに、変に粘ったので一層グダグダ感を国民に見せてしまい、ますます追い込まれる」という事態にならないことを祈ります。

これから自公政権のオルタナティブとして、立憲民主党中心の大型野党連立が二大政党政治に移り変われるかが焦点となります。得票数はともかく議席数では躍進し、ご祝儀的に有権者からの支持が増えた立憲民主党が、スマホ全盛でネット利用大前提のこのご時世に「紙の健康保険証を復活させろ」などと言い出し正直大丈夫なのかという気持ちも抱きます。

そもそも今回の衆議院選挙では野田佳彦さんの方針として「政治とカネ」の問題を中心とする自民党政治批判にフォーカスを当て勝ち切った一方、具体的な経済政策や目の前に迫る社会保障改革(26年診療報酬改定や薬価・薬が届かない問題など)も安全保障問題も論戦の中に組み込まずに政権交代を目指そうとしています。確かに自民党はだらしないし約束も守らないしどうしようもない面も多いのですが、その代わりに立憲民主党が本当に政権担当可能なレベルできちんとした諸政策を幅広く見ていける優れた代替先なのかという保証は、まだ国民の前に提示されていないというのが現実でもあります。

そのまま過去の立憲民主党のように一桁パーセントの支持率に戻っていくのか、一定の存在感を国会で示しながら政策面での支持を集めて二大政党までもっていけるのかはまだよく分かりません。国民民主党や日本維新の会も含めて野党大連立で自民党を下野に追い込めるのかどうかは次の特別国会と臨時国会ですべてが決まりそうな気がします。

写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■17年越しに返ってきた「ブーメラン」

最後に、筆者的な見解で述べるならば、2012年の第二次安倍政権以降足掛け12年ほど、曲がりなりにも安倍、菅、岸田各氏が継続的で安定した政権運営により政策を次々と実現することができて、国民にとって文句はありつつも穏やかな政治が続いてきたと言えます。安定した政治こそ国益という面があり、これからまた日本は00年代以降のような不安定な政権が次々と潰れては野合するような状態になりはしないか、非常に心配するところでもあります。

しかし、これはあくまで民意によってこのような状況になったものであるし、そのトリガーは自民党の緩みや自滅、傲慢が背景にあったことは理解しておく必要があります。いみじくも、政権運営で苦境に陥っていた麻生太郎さんに対し、石破茂さんが総理辞任を求める発言をしたブーメランが、17年越しに返ってきて石破さんの眉間に当たらないよう祈るばかりです。

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山本 一郎(やまもと・いちろう)
情報法制研究所 事務局次長・上席研究員
1973年、東京都生まれ。96年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。東京大学政策ビジョン研究センター(現・未来ビジョン研究センター)客員研究員を経て、一般財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員。著書に『読書で賢く生きる。』(ベスト新書、共著)、『ニッポンの個人情報』(翔泳社、共著)などがある。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も。
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(情報法制研究所 事務局次長・上席研究員 山本 一郎)