70歳男性の約半数が働き続ける日本社会、多くの人が意外と知らない「大きな転換点」
年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。
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2000年代以降、就業率は反転上昇へ
総務省「国勢調査」を利用し、60歳、65歳、70歳、75歳時点の就業率の推移を追ったものが図表1-11となる。
1980年からの就業率の推移をみると、就業延長が進んだのは実はここ十数年のことである。男性の60歳時点就業率をみると、1980年には79.8%であったが、2000年には70.0%まで落ち込む。しかし、2010年には74.4%と10年間で4.4%ポイント上昇し、2010年以降はさらに上昇率が高まり2020年時点では78.9%にまで達している。65歳時点就業率も傾向は概ね同様である。2000年までは就業率が低下しているが、その後反転し、2010年以降急速に就業率が高まっている。
そのほかの性・年齢階層においても、若干の違いはあるものの、おおよそ2000年から2010年までの間に就業率は底を打ち、そこから2020年に向けて急速に上昇基調に転換している。つまり、定年後も働き続けるという潮流が高まったのは2000年代以降のことであり、特にこの10年でその流れは決定的になったのだといえる。
それにしても、なぜ2000年代が定年後も働く時代への転換点になったのだろうか。
仕事への捉え方は人それぞれ異なり、日々の生活費を賄うことを主眼として仕事をする人もいれば、働くことが好きで経済的な事由にかかわらず働きたいという人もいる。2000年代以降に、高齢期の就業率が高まった背景を振り返ると、そこにはやはり経済的な要因が少なからぬ影響を与えていると考えるのが自然である。
過去、日本経済が右肩上がりで成長していた時代においては、誰しも若い頃より中高年のときのほうが高い給与を得ることができたし、生活水準も日々向上していた。もちろん、自営業者の長期的な減少なども就業率低下の一因であったとみられるが、より本質的には、現役時代の賃金水準が向上して生活が豊かになれば、高齢期に無理をしてでも働く必要はなくなる。これが戦後から日本経済がバブル経済に沸いた20世紀末頃までの大きな流れであったと考えられる。この間も出生率の低下による人口動態の高齢化や平均寿命の延伸は着実に進行していたのだが、それを上回る速度で経済が成長していたから、高齢期の就業率が低下していたのである。
ところが、バブル経済の崩壊以降、人々の生活水準向上の歩みは遅々として進まなくなってしまう。経済成長率の鈍化や人口の高齢化によって、中高年の賃金や定年後の退職金は減少し、政府の厳しい財政状況から厚生年金の支給開始年齢引き上げなどによる公的年金の給付水準の引き下げも進んだ。
こうしたなか、寿命の延伸によって増加する老後生活費の原資を高齢期の就労なしに獲得することは難しくなってきている。昨今の経済的な事情が、働き続けることを選択する人が増加していることの主因になっているとみられる。
雇用制度も働き続けることを促す方向に変わる
定年後も働くことが当たり前になってきているのは、少子高齢化で財政状況がひっ迫するなか、国が働き続けることを促す方向へと政策を転換していることも影響している。
2021年4月に施行された高年齢者雇用安定法では、現状義務化されている65歳までの雇用確保に加え、65歳から70歳までの就業機会を確保するための高年齢者就業確保措置が企業の努力義務とされた。ここでは雇用の提供というこれまでの選択肢に加え、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の創設などの選択肢も提示されている。同改正法は、雇用であれ、業務委託であれ、70歳までの従業員の生活を保障してほしいという政府から企業への要請となっている。
70歳までの雇用は現状では努力義務とされており、その採否は企業に委ねられているが、政府としては年金財政の持続可能性確保のためにも将来的にこれを義務化する方向で考えていることは間違いない。
ただし、これまでの高齢法の経緯を考えると、すぐに義務化というわけにはいかないだろう。現在の65歳までの雇用確保措置が義務化されたのは2013年であるが、65歳までの雇用が努力義務化されたのは1990年であり、完全義務化まで20年超の期間を要しているからである。
企業とすれば、すべての高齢者が企業内で高いパフォーマンスを発揮してくれるのであれば、雇用制度の如何を問わずいつまでも雇用を提供しようと考えるだろうが、現実にはそうはいかない。そもそも企業からすれば企業活動への政府の規制は極力避けたいと考えるのが道理であり、従業員が生み出す成果の高低にかかわらず、雇用延長の希望がある従業員全員を70歳まで必ず雇用するというのは、総人件費の管理という観点からも難しいだろう。こうした事情から、高年齢者の雇用延長施策は、政府としても使用者側との調整が難しく、政治的なハードルが高い。雇用延長の施策は今後地ならしをしながら緩やかに一歩一歩進めていくことになるはずである。
年金水準の切り下げは今後も進むが、緩やかなものにとどまる
就業年数の延長は年金の動向とも密接に関係している。厚生労働省が毎年発表しているモデル世帯の年金給付額は、過去から現在に至るまで緩やかに減少している(図表1-12)。
少子高齢化によって日本財政がひっ迫するなか、将来の世代が過去の世代が給付されてきた高額な年金を受け取ることは、もはや不可能に等しい。
これまで行われてきた厚生年金の支給開始年齢引き上げの影響も大きい。過去は60歳時点で受け取れた厚生年金保険であるが、男性受給者については、2022年時点において定額部分が65歳から、報酬比例部分は64歳からの支給となっている。報酬比例部分の支給開始年齢は現在引き上げの最中であり、男性は2025年、女性は2030年をもって65歳で統一される。
こうしたなか、自分が定年を迎える頃には、年金はいつまでたってももらえなくなっているのではないかという懸念を聞くことがある。しかし、そのような不安は現実とは異なるだろう。
現在なおも進む厚生年金保険の支給開始年齢の引き上げであるが、そもそもこれが法令上定まったのはいつかをみると、定額部分については1994年の年金法改正、報酬比例部分については2000年の改正法で制度の改正が行われた結果として、現在の年齢での支給が決まっている。改正法の成立から、支給開始年齢の65歳まで完全に引き上げるまでには、実に30年近くもの経過措置が設けられていたのである。
これとは別に、同改正法が成立に至るまでも、年金の支給開始年齢引き上げを今やるべきかどうかの議論が長期にわたってなされている。高年齢者の雇用確保措置と同様に、厚生年金の支給開始年齢を60歳から65歳まで引き上げるためにも、過去30年以上もの長い年月を要しているのである(図表1-13)。
今後、我が国の高齢化がますます深刻化するなか、公的年金の支給開始年齢のさらなる引き上げは、年金財政の持続可能性を保つためには避けられない。しかし、年金制度のような国の根幹を担う制度について、入念な環境整備なしに即座に変更を加えることは現実的ではない。
こうした政策は、政府が長い期間をかけて世の中に対して入念な説明を行い、現下の経済財政事情を踏まえればやむを得ないものである、と多くの人が納得をして初めて実施されるものである。そう考えれば、良くも悪くも、10年や20年というタイムスパンで公的年金の支給開始年齢が70歳まで完全に引き上げられるという未来像は、現実的には実現しないと考えてもよいのではないか。
いずれにせよ、少子高齢化のなかで、定年後も働き続ける人が今後も時間をかけながら徐々に増え続けていくのは確実である。そして、平均的な労働者が直面する将来における選択肢は、もはや定年後に働くかどうかという範疇にはなくなる。そうではなく、定年後に働くことは所与として、そうした状況下でどのように働くかを考える。こうした姿が多くの日本人が直面する現実になるだろう。
つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。