横浜ゴム製レーシングタイヤの知られざる世界 日本最速のモータースポーツ「スーパーフォーミュラ」から8つの疑問で知る

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SFは横浜ゴムのワンメイクタイヤ! 一体どんなタイヤなのか?

 日本のレースでもっとも速いカテゴリーといえば「スーパーフォーミュラ」です。市販車のような見た目のマシンで戦う「スーパーGT」とは異なり、F1のようなスタイルをした「フォーミュラーカー」で戦う、国内最高峰のシリーズです。

2024年10月12日に行われた「スーパーフォーミュラ Rd.6 FUJI SPEEDWAY」

 スーパーフォーミュラの車体はワンメイクで、2024年のシーズンはトヨタとホンダが供給する排気量2.0リッターのターボエンジンを搭載。どちらのエンジンも550馬力以上を発生し、車重はドライバー搭乗時で677kg以上。タイヤとショックアブソーバーはそれぞれ1社からの供給として、イコールコンディションを整えています。

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 その速さは世界的にみても「F1に次ぐ」とされていて、言い方を変えれば「世界で2番目に速いレース」といっていいでしょう。

 実は、そんなスーパーフォーミュラに2016年からタイヤを独占供給しているのが「ADVAN(アドバン)」というスポーツタイヤブランドでおなじみのヨコハマ(横浜ゴム)です。

 今回はそんなヨコハマから10月12日、スーパーフォーミュラのRd.6 FUJI SPEEDWAYに招待してもらいました。その会場で「レーシングタイヤ勉強会」も開かれたので、筆者(工藤貴宏)が見て、感じたスーパーフォーミュラ用のタイヤに関する8つのトリビアを紹介しましょう。

●レーシングタイヤって普通のタイヤとどう違うの?

 いろんな環境で幅広いユーザーに使われる市販タイヤは、あらゆる環境や天候において安全性や快適性、さらには経済性を考慮して作られます。しかしレーシングタイヤは「限られた条件下での“速さ”」を追求しています。

 具体的にいえば、長期使用における性能の持続をはじめ耐久性、耐候性、快適性などは犠牲にしつつ、“限界時の操縦性”と“高い摩擦力”を優先して作られているのです。そもそもの考え方の方向が市販タイヤとは全く違うと言っていいでしょう。

●レーシングタイヤにはどうして溝がないの?

 レーシングタイヤはパワーを受け止めつつコーナリング性能を高めるために、接地面の高い摩擦力が求められます。その大きな手段はふたつあり、ひとつは摩擦係数の向上。コンパウンド(ゴム)の特性により、表面を柔らかくして路面へしっかりと食い付く性能を高めるというわけです。

 もうひとつは接地面積の確保。レギュレーションで定められた範囲で、路面に接する面積を最大限に広くすることが求められます。そのため、ドライタイヤ(スリックタイヤ)と呼ばれる晴れた路面用のタイヤでは、路面に接する場所がない「溝」を排除し、接地面積の最大化を図っているというワケです。

レーシングタイヤは軽くて柔らかい…それはどうして?

 ただし、溝がないタイヤは排水性がないので雨の路面ではしっかりグリップせず走れません。そのためレースの日が雨などのぬれた路面では「ウエットタイヤ(レインタイヤ)」と呼ばれる、溝付きのレーシングタイヤを使います。

スーパーフォーミュラ用ドライタイヤ「ADVAN A005 A」と「ADVAN A005 B」

●レーシングタイヤが軽いのはどうして?

 今回、実際にスーパーフォーミュラ用のタイヤを持ってみて驚きました。市販タイヤでは考えられないくらい軽いのです。ヨコハマのスタッフによると「同じサイズで比べると、一般的なタイヤに比べて6〜7割の重さしかない」とのこと。フォーミュラマシンの大パワーや強力なダウンフォースを受け止めるためにはタイヤの剛性が必要な気がしますが、どうして軽く作っているのでしょう?

 まず「軽い」理由ですが、とにかく速く走るためです。車体全体の重量が軽ければ加速性能やコーナリング性能が高まりますし、軽いタイヤは遠心力が減るので加速性能やブレーキ性能も高まります。だからレーシングカーのタイヤは軽く作る必要があるのです。

 ではどうやって軽く作るのかですが、タイヤの断面を一般的な市販タイヤと比べてみると、まずトレッド面(地面に接する部分)の厚みが薄いことがわかります。溝がないのでゴムを厚くする必要がないし、レーシングタイヤでは市販タイヤほどのロングライフを求めていないので、擦り減ったらタイヤ交換することを前提に可能な限り薄くし、重量を抑えています。

 また接地面だけでなくサイドウォールと呼ばれるホイールと接地面を結ぶ「壁」にあたる部分も薄くなっています。軽量で高剛性の素材を使うことで、薄い設計を可能にしているのです。ちなみに、レース中のタイヤは温度が上がりすぎるとグリップ性能が落ちますが、ヨコハマのエンジニアによると「ゴムを薄くすることで温度上昇を抑える効果も高まる」そうです。

 もちろん、レーシングタイヤで培った知見が、スポーツタイヤのADVAN(アドバン)をはじめとした市販タイヤの設計にフィードバックされるのは言うまでもありません。

●でも、雨用のタイヤはあまり軽くない?

 一方で、同じスーパーフォーミュラ用のタイヤでも溝がある雨用のタイヤは晴れの日用のスリックタイヤほど軽くありません。その違いがどこにあるかといえば、溝の存在。溝の深さを確保するために、雨の日用のタイヤは接地面のゴムが厚くなっていて、ゴムを使う量が増えるために重量が増しているのです。

●トレッド面は意外に柔らかくない?

 レース用のタイヤは、しなやかに路面を捉えて粘るように張り付くために接地面のコンパウンドが柔らかいのでは? そう考えている人も多いでしょう。しかし驚くことに、実際のレーシングタイヤのトレッド面に触れても柔らかくはありません。これはどうしてでしょうか?

 実は、レース用のタイヤはある程度発熱した状態ではじめて性能を発揮するように設計されています。逆にいうと、ある程度の熱を持たないと柔らかくならず、高いグリップを発揮できないのです。そのため、熱が入らないときちんとグリップしないと考えて良いでしょう。

レース活動で得たヨコハマの技術は市販タイヤにフィードバック!

 レースでは、スタート前のフォーメーションラップやタイヤ交換直後、セーフティーカーが入った時などにドライバーが車両を左右に振ってタイヤを暖めている様子を見かけます。タイヤウオーマーを使ってある程度まで温度は上げられていますが、実際の走行でさらにタイヤの温度を上げて、最もグリップを発揮するベストな状態へ持っていくためなのです。

Kids com KCMG Elyse SF23の福住仁嶺選手 タイヤはワンメイクタイヤの「ADVAN A005 A/B」だ

●サイドウォールが柔らかいのはなぜ?

 先ほどはレーシングタイヤのトレッドは柔らかくないと伝えましたが、サイドウォールは暖めなくてもかなり柔らかいのです。それは市販車のタイヤよりもずっと柔らかいのだから驚きです。

 柔らかい理由は、耐久性を考えず可能な限り薄く作られているから。そんな薄くて柔らかいサイドウォールで車両のパワーや重さを支えられるのか心配になりますが、実は大丈夫。適正な空気圧を入れることでタイヤに剛性が生まれ、柔らかいサイドウォールでもしっかりと車体や走りを支えられるというわけです。

 レーシングタイヤはサーキット専用のタイヤのため、耐久性は最低限の性能で作られています。市販タイヤでは、公道にありがちなギャップや凸凹のダメージからタイヤを守らなければいけませんし、点検の習慣がない一般人ドライバーが規定よりも低い空気圧で走ってしまった場合でも、車両の重量を支えられるように作らなければいけません。

 レーシングタイヤは「グリップが落ちたらすぐ交換」という短いサイクルが前提だから、耐久性は最低限まで柔らかく作れるということです。

●レーシングタイヤにも再生可能素材が使われているってホント?

 レース用タイヤの開発は、新しい技術のチャレンジとも深く結びついています。たとえば再生可能資源の活用もそのひとつ。

 ヨコハマが供給するスーパーフォーミュラ用のタイヤですが、2022年シーズンまではサイドウォールのストロボロゴに赤色が使われていましたが、2023年シーズンからは緑のストロボロゴに変わっています。この緑のストロボロゴのレーシングタイヤは、トップフォーミュラでは世界初の試みとなるサステナブル素材(再生可能原料&リサイクル材料)を33%取り入れたレーシングタイヤなのです。

 ヨコハマでは極限の状況で戦うタイヤでありながらも、バイオマス由来ゴムや天然由来のオイル、さらには骨格に当たる部分に廃棄物から再生した亜鉛を使うなど環境にやさしいタイヤを目指しています。現時点で再生可能原料の比率は33%ですが、ヨコハマは今後さらに高めていく計画を立てているとのことです。

 ちなみにこの日は、スーパーフォーミュラを取り仕切る日本レースプロモーション(JRP)の近藤真彦会長がレース決勝前に大勢の観客の前でデモ走行をおこないましたが、その時履いていたタイヤ(通常使われているものではなく試作品)の再生可能原料比率はなんと60%ということでした。半分以上が再生可能原料なんて驚きですね。

●1回のレースに何本のタイヤを持ち込むの?
 スーパーフォーミュラは毎戦21台のマシンが戦いを繰り広げています。

 レギュレーションでは、1レースにおいて予選から決勝までを通してドライタイヤ(スリックタイヤ)を新品3セット、使用済みタイヤ3セットの合計6セットを使用可能。ウエットタイヤは新品6セットまで使用可能で、計算上は1台あたり最大48本のタイヤを使えることになります。

 ヨコハマが1レースに持ち込む本数は、ドライタイヤが400〜500本で、ウェットタイヤが600〜700本。ウエットタイヤのほうが多いのは、1レースで使用可能な新品タイヤの本数が多いことに加え、排水性確保のためにタイヤの使用限界を迎える前にある程度擦り減って溝が浅くなった時点で交換することもあるからです。

 ちなみにドライタイヤもウエットタイヤも種類はひとつずつしか用意されておらず、「路面の温度にあわせて『ハード』と『ソフト』のコンパウンドから選ぶ」といったことは現在のスーパーフォーミュラではおこなわれていません。

 また、スーパーフォーミュラ用ドライタイヤの名称はフロント用が「ADVAN A005 A」で、サイズは270/620R13、リヤ用は「ADVAN A005 B」で、サイズは360/620R13。タイヤサイズの読み方は市販タイヤとちょっと違い、幅(mm)/直径(mm)/内径(インチ)となっていますよ。

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 ここまで8つのトリビアをご紹介してきましたが、今回の取材は筆者としてもためになる勉強会でした。ところで、ヨコハマではなぜモータースポーツ活動を積極的にやるのでしょうか?

 その理由は「技術開発」「ブランディング」そして「人材開発」とヨコハマは説明します。極限の状況で戦うレーシングタイヤはメーカーの技術の結晶であると同時に、新しいテクノロジーを試して育てていく場でもあります。

 加えて、幅広い知見を持つエンジニアを育てる場でもあります。それらが合わさった結果、レースという実践を通して、市販タイヤのレベルがより高められていくのです。