パナソニックは新型VRヘッドセット「MeganeXsuperlight8K」を産業VRで展開する(筆者撮影)

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新型VRヘッドセット「MeganeX superlight 8K」(筆者撮影)

パソコンがオフィス向け、ゲーミング、モバイルと用途が広がっていったように、VRデバイスも多様化している。「VR SNS」と「ビジネス」という2つの異なる顔を持ったVRデバイスが誕生した。

シフトールとパナソニックは共同開発した新型VRヘッドセット「MeganeX superlight 8K」を10月10日に発表した。この製品は、ソーシャルVRプラットフォーム「VRChat」のヘビーユーザー向けに開発されながらも、同時にビジネス用途の厳しい要求水準も満たしている。

パナソニックは元々シフトールに出資していたが、2024年1月末で資本関係を解消。以降も業務提携を続けてきた。シフトールはコンシューマー向けVRゴーグルの開発に特化し、パナソニックは法人用途でのVRの展開に注力してきた。「MeganeX superlight 8K」は、この両者の異なる専門性が交差する中で生まれた製品だ。

VR市場の多様性とVRChatの特殊性

VR市場には多様なアプリケーションが存在する。フィットネスアプリでは安定性と軽量性が、シューティングゲームでは高リフレッシュレートと低遅延が重視される。各アプリケーションはそれぞれ異なるユーザー層と要求水準を持ち、ユーザーもアプリケーションごとに分かれる。

そんな中、VRChatは特異な位置を占めている。VRChatは、VRChat Inc.というアメリカ企業によって開発・運営されているソーシャルVRサービス。ユーザーは自分のアバターを通じてほかのユーザーとコミュニケーションを取ったり、さまざまなバーチャル空間でのイベントに参加できる。バーチャル空間をユーザー自身で作成できるなど、自由度の高さが特徴だ。


VRChatはアバターをまとって交流するソーシャルVRサービス(筆者撮影)

シフトールCEOの岩佐琢磨氏は、ゲームプラットフォームSteamVRでのVRChatの同時接続者数のデータを示した。そのデータはここ2ヵ月でVRChatの同時接続者数が急速に増加している傾向を示していた。9月時点ではSteamVRだけで平均で3万人程度に達しているという。この数字はMeta QuestやPICO等の単体VRヘッドセットからの接続は含まれていないため、実際の利用者数はさらに多い可能性が高い。


自身もVRChatのヘビーユーザーという岩佐氏(筆者撮影)

この長時間利用という特徴と急速に拡大するユーザー基盤が、VRChatユーザーの要求水準を押し上げている。高画質、軽量、長時間使用への対応といった要素が、彼らにとって必須となっているのだ。

VRChatに特化した新製品の設計

MeganeX superlight 8Kは、VRChatのヘビーユーザーのニーズに徹底的に応える設計となっている。その特徴は、現在主流のVRヘッドセットと比較するとより際立つ。

最も注目すべき点は、その軽量設計だ。MeganeX superlight 8Kは、わずか185グラムという軽さを実現している。これは現在最も普及している無線VRヘッドセットであるMeta Quest 3の515グラムと比較すると、約36%の重量、つまり3分の1強に抑えられている。この大幅な軽量化により、ユーザーの負担が劇的に軽減される。


額の部分だけで保持でき、顔面への負担が少ない(筆者撮影)

劇的な軽量化を可能にしたのが、時代に逆行する“有線接続”という選択にある。バッテリーや無線通信ユニットは搭載せず、有線に割り切ることで、大幅な軽量化と小型化を実現した。決断の背景には、VRChatユーザーはバッテリー駆動より装着の快適さを優先するという確信があったからだ。


無線接続を省くなど割り切った仕様となっている(筆者撮影)

重量を抑えたことで、長時間の使用時も首や顔への負担が大幅に軽減される。Meta Questのようなヘッドセットでは目の周辺全体に押し当てるように固定していたが、MeganeX superlight 8Kでは額と頭部のみで固定できる。従来のVRヘッドセットでは、長時間使用時の疲労が課題となっていたが、MeganeX superlight 8Kはこの問題に正面から取り組んだ。


シリコン製の囲いは没入感を高めるためのもので、それ自体で機器を固定しているわけではない(筆者撮影)

画質向上への強いこだわり

画質については、BOE製の片目4K高解像度OLEDディスプレイを採用している。岩佐氏によると、このディスプレイは製品原価の約3分の1を占めるという。この高コストな部品の採用からも、画質向上への強いこだわりがうかがえる。有線接続により、安定した高帯域通信が可能となり、高精細な映像をストレスなく楽しめる。無線接続の場合、電波環境によっては画質の劣化や遅延が生じる可能性があるが、有線接続ではこの問題も解消される。いい画質を、そのまま見えるというわけだ。


片目4Kで色再現性の高いBOE製ディスプレイを採用している(筆者撮影)

光学系においては、パナソニックが新たに開発したレンズを採用している。このレンズは、高解像度ディスプレイの性能を最大限に引き出すよう設計されており、歪みの少ないクリアな視界を実現している。

音響ではあえてスピーカーは搭載せず、デュアルマイクのみ搭載した。クリアな音声キャプチャーが可能で、VRChat等でのコミュニケーションの質が向上する。スピーカーを非搭載としたのはVRChatユーザーの多くが好みのイヤホンやヘッドホンを使用する傾向があることと、徹底的な軽量化を図るためだ。代わりに外部オーディオデバイスとの接続が可能となっており、ユーザーは自身の好みや用途に合わせて音響環境をカスタマイズできる。

締め付け感が少ないVR体験

実際に体験してみると、その装着感の良さに驚かされる。従来のVRヘッドセットにあったな締め付け感がまったくないのだ。

装着してVRChatのワールドを歩いてみると、画質の素晴らしさを実感できた。有機ELは黒が綺麗なため、夜の街のワールドは特に鮮明に描写され、路面に落ちた水滴までもが美しく輝いて見えた。明暗の差がはっきりと表現され、暗い路地から明るい広場に出たときの光の変化など、まるで現実世界にいるかのようだった。

MeganeX superlight 8KではMR(Mixed Reality)機能を省略し、代わりに「跳ね上げ式」というシンプルな解決策を採用した。ユーザーは必要に応じてディスプレイ部分をクイッと跳ね上げることで、即座に現実世界を視認できる。この機能により、長時間のVR体験中でも、水分補給やスマートフォンの通知確認など、現実世界での必要な行動をすぐに取ることができる。例えば、VRChat内で長時間会話を楽しんでいても、喉が渇いた時にはディスプレイを跳ね上げて水を飲むといった具合だ。


現実世界の映像を画面に映すMRには対応していないが、手元を見たいときは本体を跳ね上げて肉眼で確認できる(筆者撮影)

MR機能の省略は、VRChatユーザーの実際のニーズに基づいた決定だ。岩佐氏は「MR機能は確かに魅力的ですが、実際にMRアプリを日常的に使っているVRChatユーザーは多くありません。それよりも軽量化と長時間使用の快適性を追求するほうが重要だと考えました」と説明する。

跳ね上げ式を採用したことで、カメラやセンサーを追加することなく現実世界との素早い切り替えを可能にし、同時に軽量化も両立できた。VRChatユーザーが時折行う、飲み物を飲んだり、スマートフォンの通知を確認したりするなどの現実世界の確認を行いやすくしている。

ビジネスユースもこなす性能

一方、ビジネス分野でもVR技術の応用が進んでいる。パナソニックの小塚雅之氏によると、ビジネスにおけるVR活用は多岐にわたり、それぞれのシーンで特有の要求がある。


パナソニックはMeganeX superlight 8Kを産業VRで展開する(筆者撮影)

自動車産業では、VRの活用が急速に進んでいる。デザイン段階では、実物大の3Dモデルを詳細に検討するため、高解像度と優れた色再現性が求められる。製造工程では、大型機械の動作確認や安全性検証にVRが用いられ、長時間の使用に耐える快適性が重要となる。「車の製造装置をシミュレーターで確認する際、長く着けられる軽いヘッドセットが必要です」と小塚氏は説明する。

建築業界でもVRの需要が高まっている。建築物の内覧や設計段階での空間確認には、高い没入感と視野角の広さが重要だ。同時に、複数の関係者で確認を行うため、素早く装着できる利便性も求められる。

CADやデジタルツインの分野では、複雑な3Dデータの可視化が主な用途となる。ここでは特に高い解像度が必要とされ、色の正確さも重要だ。小塚氏は「Autodeskとの協業では、ハイエンドモニターレベルの色解像度が求められました」と語る。


自動車産業では自動車の設計開発から、導入ソフトのモデリング、販売現場のデモンストレーションまでVRの用途が見込まれる(筆者撮影)

さらに、MeganeX superlight 8Kの「跳ね上げ式」機能は、このような3D設計作業において特に有用だ。設計者はVR空間で3Dモデルを確認しながら、必要に応じてディスプレイを跳ね上げてPC画面を見ることができる。VR空間での作業とPC上での作業をスムーズに切り替えることが可能になる。従来のVRヘッドセットでは、VRモードとデスクトップモードの切り替えに手間がかかっていたが、この機能によりワークフローが大幅に改善される可能性がある。

これらの用途に共通するのは、高解像度、優れた色再現性、長時間使用時の快適さだ。しかし、従来のVRヘッドセットでは、これらの要求を同時に満たすことが難しかった。「大きくて重いゴーグルは、性能は高いものの長時間の使用には適していません」と小塚氏は指摘する。


パナソニック システムネットワークス開発研究所 事業開発推進部 XR総括の小塚雅之氏(筆者撮影)

さらに、MeganeX superlight 8Kはビジネスユースを想定して、オペラグラスのような使い方も可能としている。本体下部にカメラ用一脚を取り付けられるアダプターを装備しており、VRヘッドセットを手で持って覗き込むように使用できる。この機能により、従来のヘッドマウント型デバイスでは難しかった「ちょっと覗く」ような使用が可能になる。展示会でのデモンストレーションや、製品プレゼンテーション、建築現場での確認作業など、短時間で多くの人がVR体験を共有する必要がある場面で特に有用だと考えられる。


一脚を取り付けてオペラグラスのように使える。自動車製造現場での確認などの用途が想定される(筆者撮影)

ニッチ市場とビジネスニーズの偶然の一致

シフトールとパナソニックの協業は、ニッチ市場への徹底的な特化が予想外の汎用性を生み出すという、逆説的な製品開発の成功例を示した。VRChatユーザーの厳しい要求に応えることが、結果としてビジネス用途にも適した高性能VRヘッドセットの誕生につながったのだ。

185グラムという軽さと4K高解像度ディスプレイの両立、そして跳ね上げ式という簡素ながら実用的な機能の採用は、従来のVRヘッドセットの常識を覆すものだ。大手企業が見落としがちなニーズを掘り起こし、新たな市場開拓につながる可能性がある。ニッチ市場と幅広い用途の融合という視点は、VR技術のさらなる進化と普及のカギとなるかもしれない。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)