スタートアップという言葉に、多くの人がポジティブな印象を持っているのではないだろうか(写真:metamorworks/PIXTA)

学士会YELL主催によるミニプレゼン会にて、『Z世代化する社会』の著者・舟津昌平氏らによる出版記念シンポジウムが行われた。

本記事では、『スタートアップとは何か』を上梓した関西学院大学経済学部教授の加藤雅俊氏による講演をベースに、スタートアップへの誤解とその実像を解説する。

スタートアップへのポジティブ・バイアス

スタートアップには、どのようなイメージをお持ちだろうか。


そもそも、スタートアップという言葉を聞き慣れない人もいるだろうが、多くの人がポジティブな印象を持っているのではないだろうか。マクロ的な観点で見れば、イノベーションを生み出す経済成長のドライバーとして期待されているし、起業家のキラキラしたサクセス・ストーリーは非常に華やかなものだ。

ただ、研究者としてはポジティブな面ばかりが注目されていることに違和感を持っている。スタートアップ支援のために、2022年度には1兆円という莫大な公的資金が投入されているのだから、その結果を検証し、より効果的な支援を考えるのは当然のことだ。そしてそれは、利害関係者ではない研究者だからこそ、客観的に伝えられることもある。これから述べることは、批判めいた論調に聞こえるかもしれないが、あくまで、スタートアップ支援を適切に前に進めるための提言として聞いていただきたい。

まず、なぜ政府がこれだけスタートアップ支援を推し進めているのだろうか。下記は、政府(経済産業省)がよく使うグラフである。日本株(TOPIX)とGAFAMを除いたアメリカ株(S&P500)、そしてGAFAMの株価の推移を、2013年9月を100として表したもので、GAFAMがなければ、日本とアメリカの間でパフォーマンスの成長率はほとんど変わらないとの主張だ。つまり、GAFAMが登場したことでアメリカ経済は潤っている、だから日本もこうした企業を生み出す必要がある、というわけだ。


しかし、それによってスタートアップ支援の必要性を説くのは無理があるように思う。というのは、MicrosoftやAppleは、創業からすでに50年ほど経過しているし、GoogleやAmazonは30年、Facebookも20年ほど経過している。つまり、近年のGAFAMの成長は、大企業がさらなる拡大を遂げたにすぎないのである。支配的企業による過度な集中をさらに進めることには異論があるはずだし、何よりこれは長年繰り広げられた「競争」の結果であり、アメリカ政府が作り上げたものでも何でもない。政府がこういった支配的企業を作り上げることを意図しているかのような誤解さえ与えかねない。

また、スタートアップが生み出す経済効果についても、明確に効果があるとは首肯しがたい部分もある。下記の図は、国内のスタートアップによる経済効果を表したもので、直接効果だけでも10.47兆円、52万人の雇用を創出したとされている。


出所:経済産業省「スタートアップによる経済波及効果」

一見すると、多大な効果があるように思うが、これにはカラクリがある。これは創業数年の企業だけの数字ではなく、1995年以降に外部出資を受けた企業(たとえば楽天)すべてを含んでいるのだ。つまり、実態としては、ここ30年ほどで創業して現在生存している企業の生み出す富が、直接効果で10兆円ほどということである(参考までに、楽天の連結での直近1年間の売上総額は約2兆円である)。これが大きいか小さいかは一概に判断できないが、印象操作と言われても仕方がない。

そのうえで、政府による支援の実績としても大きな効果があるとは言いがたいのが現状だ。2013年から日本におけるスタートアップへの投資額が10倍になっていることや、東京のスタートアップエコシステムランキングがTOP10に返り咲いたとされている。しかし、これは用いている統計に疑問が残る。10年前とは収集されているデータの質(情報収集能力など)が異なる。そして、そもそも長年公的資金を投入しているのだから投資額(投資対象企業)が増えているのは当然であるともいえるだろう。エコシステムランキングもあくまで東京で限定的に効果があったと言えるにすぎない。政府にとって都合の良いデータを並べている印象は拭えない。

スタートアップに期待されている役割

以上のデータも踏まえた筆者のスタートアップ研究から得た教訓は2つ。

1つ目は、スタートアップが経済活性化における「起爆剤」となる可能性は低いということ。もちろん、一握りのスタートアップがある程度の成長を実現することは間違いないが、多くのスタートアップは経済活性化に貢献しない。そもそも、アメリカ以外の国はGAFAMを出せていないし、それが政府の支援によって簡単に実現できたら、失われた20年、30年はなかったかもしれない。

2つ目は、スタートアップの成長に「特効薬」はないということ。成長はランダムで「運」の要素が強いことはおおよそわかっており、「こうすれば、成長できる」という単純な図式はない。ただ、「創業時の条件」は創業後に影響が持続することがわかってきており、詳しくは拙著を読んでほしいが、たとえば経験のない学生起業よりも、スピンアウトした場合やシリアル・アントレプレナーのように、業界経験や起業経験をもつ個人が起業するほうが成功率は高いことも研究から示唆されている。

では、スタートアップに期待されている役割は何なのか。それは、特に驚くべきことではなく、市場に「新たに競争をもたらす」ということである。

競争はイノベーションを生み出す源泉である。つまり、スタートアップ自身が生き残るためにイノベーションを起こす可能性があるし、既存のプレイヤーもスタートアップからの競争のプレッシャーによって、新たなイノベーションを生み出すことが期待されている。ただし、スタートアップは競争をもたらすだけでなく、大企業にとってはイノベーションにおける「分業」のパートナーにもなりうるのだ。この意味では、両者は補完的な関係にあるとも言えるだろう。そうした相互作用を起こすことも期待されているということだ。

競争というファクターが作用する環境を整える

スタートアップ支援を考えるうえで大事なことは、新しく市場に参入する企業への入り口を整えるだけではなく、市場から退出する企業の出口(倒産/廃業/M&Aなど)も整えることである。新しい企業が出てこないのは、市場から退出する企業が少ないから、人も金も技術も市場に流れてこない側面もある。競争というファクターがより作用する環境を整えるのである。


その視点で考えると、政府がスタートアップに対して創業から5年、10年手取り足取り支援を続ける必要はない。保護的な過剰な支援によって、学習機会や成長への自助努力の機会を奪ってしまい、結果的にスタートアップをゾンビ化とまではいかなくても、政府や自治体による支援に「依存」させてしまうおそれがあるからだ。公的支援は、あくまで創業間もない段階での成長への「足掛かり」となるような支援にとどめ、その後はフェアな競争にさらす必要がある。

また、起業活動は起業家「個人」だけで生まれるものではなく、起業に対する社会的規範や制度によるところも大きい。起業家になりたくない人に起業をしろと言っても起業するはずがないし、家族の理解を得られなければ、起業したくても起業できないこともある。そうした社会的規範は、短期で変わるものでもないので、たとえ「5カ年計画」だとしてもすぐに明確な効果が出ることを期待してはいけない。

スタートアップに対して期待したくなる感情は理解できるが、現実を直視して、地に足をつけた支援を行うことのほうが、結果的には長期的な視点では良い効果を見込めるのではないだろうか。

(加藤 雅俊 : 関西学院大学経済学部教授)