米利下げなのに、円高から一転ふたたび円安に…!米大統領選がどう転んでも「ドル高・円安圧力」と「物価高」は続くといえる理由

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7月から8月にかけて急激な円高が進んだが、その後、ふたたび円安が進んでいる。この原因は、日本側というよりは、主としてアメリカ側にある。FRBの大幅利下げにもかかわらず、長期金利が低下しないのだ。その背景には、次期政権で予想されるバラマキ財政政策がある。

7月には米景気落ち込み予想から円高に

今年の初めから、顕著な円安が進んでいた。しかし、7月に状況が急転し、急激な円高が進んだ。9月14日には、1ドル=140.8円になった。

ところが、9月末から再び円安が進んでいる。10月12日には、1ドル=149.1円までの円安が進んだ。

為替レートはなぜ円安になるのか? 今後どうなるのか?以下ではこうした問題を検討したい。そのためにまず、8月以降の状況を追っていくことにする。

7月まで顕著な円安が進んでいたのは、日米の金利差が開いたことから、「円キャリー取引」という投機取引が増加したためだ。その背景には、米FRB(連邦準備制度理事会)が政策金利を引き下げるのはかなり遅れるという見通しがあった。つまり、日米の金利差は、早期には縮小しないと見通しがあった。

ところが、7月にアメリカの雇用統計が悪化した。そこで、景気の落ち込みを防ぐため、FRBが、従来考えられていたスケジュールよりは早く利下げを進めると見られるようになった。

アメリカの金利が下がれば、日米の金利差は縮小し、円キャリー取引は損失を被るだろう。このため、円キャリー取引の大規模な巻き戻しが生じ、それまでの円安から、円高に転換したのだ。

8月にはすでに円キャリーが復活?

ところが、8月になって、追加利上げを控えることを示唆するメッセージが、日本銀行からつぎつぎに発信された。内田真一副総裁は、8月7日、金融市場が不安定な状況では利上げしないとの考えを示した。植田和男総裁は、8月23日、衆院財務金融委員会の閉会中審査で、株式や為替等の動向はまだ不安定な状況にあるとし、当面は「その動向を極めて高い緊張感を持って注視していく」と述べた。氷見野良三副総裁も、8月28日の記者会見で同様の考えを示唆した。

日銀が利上げをしないのなら、円キャリートレードの魅力は再び増す。そこで、8月にはすでに円キャリー取引が復活していたとの見方もある。

さらに、9月5日に成立した石破首相が利上げに否定的な見解を示したことも、日本が早期に利上げしないという見通しを強めた。

円安の背景には、以上のような日本側の事情もある。しかし、基本的には、以下に述べるアメリカ側の要因の影響のほうが大きいと考えられる。

アメリカが政策金利を引き下げ

FRBは、9月18日の連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利の誘導目標を、5.25%〜5.5%から0.5%引き下げた。これによって、アメリカの政策金利は4.75〜5%となった。

利下げは、2020年3月に、新型コロナのための経済の落ち込みを防ぐため、政策金利をゼロにまで引き下げた以来、4年半ぶりのことだ。エコノミストの大部分は、通常の利下げ率である0.25%の利下げを予想していたので、0.5%という下げ幅は、市場予想を大きく上回るものだった。

利下げは大幅過ぎた?

ところが、0.5%という下げ幅は大きすぎたとの評価がある。利下げは必要だが、インフレ率がいまだに高いことや、失業率が低いことを考慮すれば、0.25%の引下げが適当との考えだ。実際、FRBの理事の1人は、0.25%の値下げを主張して、理事としては2005年以来の反対票を投じていた。

それにもかかわらず0.5%の引下げが支持されたのは、その時点の雇用統計が雇用情勢の減速を示していたからだ。

しかし、10月4日に公表された9月の雇用統計では、非農業部門の就業者数が前月比25万4000人増になり、市場予想を大幅に上回った。

だから、今回の大幅利下げは間違いだったという評価もある。そして、今後の利下げを急ぐ必要はないという考えが強まっている。

アメリカ長期金利は下がらず

FRBが政策金利を引上げたにもかかわらず、市場では長期金利が上昇した。

アメリカの長期金利(10年債利回り)は、9月はじめのFOMC会合の直前には、3.6%台まで低下していたが、その後3週間ほどで、0.4%程度上昇した。さらに、10月7日には、約2カ月ぶりに4%を上回った。

これは、FRBが利下げを急がないとの見方が広がったためだ。さらに、後述のように、新政権下で財政赤字が増加する懸念があるからだ。

伝統的な金融政策は、「政策金利を動かせば長期金利にも影響が及ぶ、つまり、政策金利を下げれば長期金利も下がる」という前提で行われている。しかし、2022年以降、アメリカのイールドカーブは「逆イールドカーブ」になっていた。つまり、短期金利である政策金利が、長期金利に比べて高くなっていた。

アメリカの政策金利が、中立的な水準金利に比べて高すぎるのは事実だ。だから、いずれはもっと下がる。そしてそれが均衡になるだろう。

ただし、政策金利を下げても、イールドカーブが正常な形に近づいていくだけの効果しかなく、長期金利を下げることにならない可能性がある。

次期米大統領はバラマキ政策を行う可能性が高い

アメリカの長期金利が下がらないのは、高金利が続いてもアメリカが経済が失速しないだろうことを示している。これが、利下げを急ぐ必要はないという考えの根拠だ。

これに加え、連邦政府の巨額の財政赤字の問題がある。

アメリカの財政赤字は、新型コロナの期間中に、給付金の増大などにより急拡大した。しかし、コロナの混乱が収束しても、財政赤字は圧縮されず、コロナ前の2倍近い額にとどまっている。

米議会予算局(CBO)は、2024会計年度の財政赤字は、前年度比13%増の1兆8340億ドル(約270兆円)にのぼるとの試算を、10月8日に発表した。

ところが、ハリス氏もトランプ氏も、財政赤字削減計画を示していない。 それどころか、いずれの候補者も、バラマキ政策を標榜している。

ハリス氏は、児童税額控除の拡大や、住宅取得促進策など、低中所得層の生活支援を提案している。トランプ氏も、残業代やチップ、社会保障関連の給付金への非課税を打ち出している。

こうして、どちらが次期大統領になるとしても、財政赤字が今後さらに膨張する恐れがある。すると、長期金利には上昇圧力が加わるだろう。そして、ドル高・円安圧力が働くことになる。

日本はどうする?

日本は、以上で述べた見通しにどのように対応したらよいか?

円安が進めば、消費者物価が上昇する。したがって、名目賃金をいくら上げても、実質賃金は上がらない。

日本の実質賃金は、今年の5月まで26か月間、下落を続けた。6、7月にやっと対前年比がプラスになったが、8月には0.6%減と、再びマイナスの伸び率になった。今後どうなるか、予断を許さない。

石破内閣は、個人消費の回復のため「持続的な実質賃金の向上に取り組む」という政策目標を掲げているので、こうした状態を放置できないはずだ。

8月の消費者物価の対前年比は、6、7月を上回る3.5%と、かなり高い。インフレがとまらない状態を、日銀も「物価と賃金の好循環」とポジティブに評価し続けるわけにはいかないだろう。

少なくとも言えるのは、「いまは利上げをする環境ではない」などとのんびり構えているわけにはいかないということだ。

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