なんと「つぶれた頭蓋」を復元して解明された日常…「湿地や沼地で暮らし、捕食者におびえていた」テスケロサウルス

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【シリーズ・小林快次の「極北の恐竜たち」】

今から何千万年も昔に、地球の陸上に君臨していた恐竜たち。シダ類やソテツ類の茂った暖かい地域で暮らしていたイメージがあるかもしれないが、彼らは地球上のあらゆるところに進出していた。南極大陸からも、北極圏からも恐竜の化石は発見されているのだ。

この連載では、北極圏のアラスカで15年以上にわたって調査を続ける筆者が、極圏での厳しい環境で、どのように恐竜たちが暮らしていたのか、その生態と進化の謎に挑むーー。

「胸部に遺された塊は、心臓の化石なのか」という話題で、広く知られるようになったテスケロサウルス。残念ながら、心臓の可能性は否定されましたが、頭蓋骨の化石から彼らの感覚機能を推測する試みがなされました。

テスケロサウルスの嗅覚

さらに、2023年には、ヘルクリーク層から発見されたテスケロサウルスの神経解剖学に関する研究が発表され、この恐竜の行動に関する興味深い知見が得られた。

この研究では、CTスキャンによって得られたデータを用い、テスケロサウルスの頭蓋内にある空洞の3D再構築を行い、脳の主要な領域や内耳の構造を詳細に分析した。化石の骨は、堆積物の重みによって潰れてしまうことが多いため、研究者たちは変形した骨を元の寸法と形状に戻す「頭蓋骨のレトロデフォーメーション」を行い、正確に再現した。

再構築された頭蓋腔のエンドキャスト(脳の形を模した鋳型)を作成し、そのサイズと形態を分析した。この分析では、嗅覚葉の大きさや嗅覚比率、聴覚範囲、前庭神経半規管の構造、エンセファリゼーション指数(EQ)の計算が行われた。

まず、嗅覚葉の大きさを測定し、テスケロサウルスの嗅覚の鋭さを評価した。嗅覚比率(嗅覚葉の直径と大脳半球の直径の比率)も計算し、他の恐竜や現生動物と比較したところ、テスケロサウルスの嗅覚葉は相対的に大きく、嗅覚比率も高いことが判明した。

このことから、テスケロサウルスは他の植物食恐竜(角竜類、剣竜類、ハドロサウルス科、鎧竜類、堅頭竜類)や現生の鳥類と比較しても特に鋭い嗅覚を持っていたことが示唆された。嗅覚の鋭さは、地下での食物探しや生息環境への適応において重要な役割を果たしていた可能性があると考えられた。

低周波に敏感な聴覚

次に、テスケロサウルスの聴覚範囲を推定するため、内耳の蝸牛管の長さを測定した。

その結果、最適聴覚範囲は約296〜2150Hz、最良聴覚周波数は約1100〜1200Hz、最大聴覚周波数は約3051Hzと推定された。これらの値は、カイマンワニの最良聴覚周波数約1150Hz、聴覚範囲300〜2000Hzと似ており、テスケロサウルスの聴覚範囲は比較的狭く、高周波数の音を区別する能力が限られていたことがわかる。

その一方で、他の小型植物食恐竜(例:ディサロトサウルス)と比較すると、テスケロサウルスの聴覚はより低周波に特化していた。この低周波に対する敏感さは、地下での食物探しや巣作りにかかわっていた可能性が考えられた。

速さより安定…優れた「バランス感覚」

さらに、テスケロサウルスのバランス感覚を評価するために、前庭神経半規管の構造を復元し分析を行った。前庭神経半規管は、動物のバランス感覚や空間認識に重要な役割を果たす。この研究では、前庭神経半規管の高さと幅を測定した結果、テスケロサウルスは非常に長く細い前半規管を持っていることがわかった。

これにより、テスケロサウルスはバランス感覚に優れ、特に頭の回転運動に対して敏感に反応し、敏捷な動きをする能力があったと考えられる。

一方で、後半規管が短く、側半規管が伸びていないことから、彼らは高速で移動するわけではなく、むしろ安定した動きをしていたと推測された。

優れたバランス感覚は、湿地や沼地などの不安定な地形での生活に適応し、頭の回転に対する敏感な反応は、食物探しや捕食者からの回避において重要な役割を果たしていた可能性がある。

さて、最後に、テスケロサウルスの「賢さ」を推定するための計算が行われた。その賢さはどれほどのものだったのだろうか。

この極北の地に、紛れもなく存在していた…この過酷な環境に生息していたのか。「謎」の解明をにぎる「心臓」