そもそも、いったい何をしているのだろうか…「生物界において、右に出るものがない」装置の、じつに驚くべきはたらき

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美しい二重らせん構造に隠された「生命最大の謎」を解く!

DNAは、生物や一部のウイルス(DNAウイルス)に特有の、いわゆる生物の〈設計図〉の一つといわれています。DNAの情報は「遺伝子」とよばれ、その情報によって生命の維持に必須なタンパク質やRNAが作られます。それゆえに、DNAは「遺伝子の本体である」と言われます。

しかし、ほんとうに生物の設計図という役割しか担っていないのでしょうか。そもそもDNAは、いったいどのようにしてこの地球上に誕生したのでしょうか。

世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。その本質を探究する極上の生命科学ミステリー『DNAとはなんだろう』から、DNAの見方が一変するトピックをご紹介しましょう。

DNAからタンパク質をつくる手順はいくつもの段階を踏んで行われます。その流れを追ってみましょう。

*本記事は、講談社・ブルーバックス『DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり』から、内容を再構成・再編集してお届けします。

転写からはじまる

DNAは4種類の塩基の配列だが、タンパク質は20種類のアミノ酸の配列になっているので、DNAの塩基配列をもとにタンパク質をつくる場合には、まるで英語を日本語に翻訳するかのように、塩基配列をアミノ酸配列に〈変換〉するしくみが必要となる。それが「コード(指定)」という概念である。

では、いったいどのようにして、DNAの塩基配列である遺伝子から、タンパク質がつくられるのだろう。

DNAの塩基配列である遺伝子からタンパク質がつくられる際に最初に起こるのは、「メッセンジャーRNA」が遺伝子の塩基配列を鋳型(いがた)として、それが〈コピー〉のように合成される「転写」とよばれる現象である。木版画をつくるときの紙への転写とほぼ同じイメージで、これを司るのは、「RNAポリメラーゼ」というタンパク質である。

メッセンジャーRNAは、〈木版〉にあたる遺伝子の塩基配列(センス鎖)の相手、つまり、相補的に結合しているもう一方の塩基配列(アンチセンス鎖)を鋳型としてつくられる。そのため、結果的にメッセンジャーRNAの塩基配列は、遺伝子のそれ、すなわちセンス鎖の塩基配列と同じになる(図「転写」)。

ただし、DNAの塩基でチミンだったところは、RNAではウラシルになっている。「なんだ、簡単じゃん!」と思うのは、いささか性急に過ぎる。

じつは、僕たち真核生物の場合、それぞれの遺伝子は、まるで瀬戸内海に浮かぶ小島のように、短いいくつかの塩基配列に断片化している。その遺伝子の断片は「エキソン」とよばれ、エキソンどうしを分断している塩基配列は「イントロン」とよばれる。ちなみに、エキソンよりも、このイントロンのほうがうんと長い。

一人前のメッセンジャーRNAにする「スプライシング」

メッセンジャーRNAが最初に合成されるときには、まずはこのイントロンも含めてすべて転写される。いうなれば、合成されたてのメッセンジャーRNAは、ホントは「メッセンジャーRNA前駆体」とよばれる〈青二才〉状態なのである。

このイントロンにはアミノ酸配列の情報が含まれないため、このままではタンパク質をつくれない。したがってこの〈青二才〉は、転写後すぐにイントロン部分を除去され、エキソンどうしが連結されて、晴れて〈一人前〉のメッセンジャーRNAとなる。

イントロンが除去されるこの過程を「スプライシング」という(図「スプライシング」)。

要するに真核生物では、つくられたメッセンジャーRNAはそのままでは使い物にならず、スプライシング(他のプロセスもあるのだが、メインはスプライシングである)を経て、初めて使えるようになる。この場合「使える」というのは、細胞内のタンパク質合成装置である「リボソーム」でタンパク質合成に供されるにふさわしい、成熟した状態になるということである。

一方、ほとんどの原核生物の場合は、遺伝子は真核生物のように分断されてはいないので、スプライシングは起こらない。転写されたメッセンジャーRNAは、生まれ落ちた仔馬がすぐに立ち上がって歩きはじめるがごとく、転写されたそばから、すでにして〈一人前〉なのである。

翻訳とはなにか

先ほど、「英語を日本語に翻訳するかのように、塩基配列をアミノ酸配列に〈変換〉する」と述べたが、これはつまり、本当に〈翻訳する〉ということであって、この場合の「翻訳」はれっきとした生物用語である。

スプライシングを経て「使える」状態になったメッセンジャーRNAは、細胞質に無数に存在するタンパク質合成装置「リボソーム」へとたどり着く。

リボソームは、それ自体が3〜4種類の「リボソームRNA」と、数十種類ものタンパク質(リボソームタンパク質)からできた巨大な粒子である。巨大とはいっても、RNAやタンパク質に比べて巨大というだけで、僕たちから見ればまったく小さなツブツブにすぎない。

リボソームは、メッセンジャーRNAの塩基配列をアミノ酸配列へと翻訳する、文字どおり、タンパク質をつくるための「翻訳装置」なのである。リボソームの重要さは、生物界においてその右に出るものがない。生物であるかそうでないかは、リボソームがあるかないかで決まる、といってもいいくらいだ。

メッセンジャーRNAがリボソームにたどり着き、所定の場所に落ち着くと、こんどはそこに「トランスファーRNA」という別のRNAがアミノ酸を1個ずつ運んでくる。そのアミノ酸が、リボソームの中でメッセンジャーRNAの塩基配列が指定するとおりの順番で次々とつながり、タンパク質がつくられていく(図「翻訳」)。これが「翻訳」である。

英語を日本語に翻訳するときには、たいていの場合〈翻訳者〉がきちんといて、その人が最初から最後まで文章を翻訳するが、「リボソーム」の場合は多少事情が異なる。実際は、リボソームが〈翻訳者〉であるというよりも、昨今のアプリや人工知能などのように、リボソームで〈自動翻訳〉がおこなわれると考えたほうがよい。リボソームは単なる「翻訳の場」なのである。

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次回は、DNAの主要なはたらきである複製についてさらに掘り下げていきます。

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