私たちは「死ぬまで働かないといけない」のか? 意外と誤解している「定年後の実態」
年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。
10万部突破のベストセラー『ほんとうの定年後』では、多数の統計データや事例から知られざる「定年後の実態」を明らかにしている。
「死ぬまで働かないといけない」という誤解
数々の統計データや多くの当事者の方々からのヒアリングを通して見えてきた定年後の「15の事実」。これに照らして、世の中に存在している定年後の仕事に関する誤解を解いていこう。
定年後をめぐる誤解の1つ目にあげたいのは、生涯現役時代においては「死ぬまで働かないといけない」というものである。
まずこれは当然のことながら、死ぬまで働くというのは言い過ぎである。一方で、このような意識が広まることの背景はよくわかる。日本社会で急速な少子高齢化が進行している中、過去の世代が受け取っていた高額の年金を受け取ることはもはや不可能になっている。実際には、高齢者に関しても死ぬまでというのは言い過ぎとしても、将来的には健康なうちであればますます働くことは当たり前になっていくだろう。
ただ、こうした議論は、「働く・働かない」という二項対立の意識が前提になっていると考えられる。
実際には、「働く」ということにはかなりグラデーションがある。つまり、総務省「労働力調査」上では、週40時間働く人も就業者であるし、週1時間働く人も就業者なのである。
多くの人がイメージする「働く」というイメージは現役世代の仕事を通じて形成されるものだと思うが、週20時間の仕事あるいは週10時間の仕事というのは現役世代の「働く」のイメージとはだいぶ違うのではないだろうか。そして、実際には、あくまでこうした短時間かつ短期間の「小さな仕事」が高齢期の典型なのである。
そうして考えてみると、現役世代の人々が抱く「死ぬまで働かないといけない」というイメージと実際の高齢期に働いている人々の姿には、かなり大きなギャップがあるのではないかというのが私の実感である。
「定年後は仕事を選べない」という誤解
第2の誤解は「定年後は仕事を選べない」というものである。
この誤解の背景にあるのは、現役時代には自由に仕事を選べているのだという思い込みがあるのだと思われる。
しかし、むしろ現役時代には多くの人に自身が守るべき家庭があって、お金のことは気にせずに自分のやりたい仕事を自由に選ぶことなどはできないというのが現実ではないか。
多くの現役世代の方の働き方を見てみると、特別なスキルがある人や配偶者が高額の収入を稼いでいる人などを除けば、家計経済上の事情から今いる会社で働く以外の選択肢は実質的に制限されているという人が多数派だと私は考えている。
一方で、定年後の人は、労働時間や時給などの労働条件や仕事内容などを見比べながら、様々な仕事の中から現在の自身の状態にあった仕事をその都度選んでいる。
たしかに、歳を取っても大企業の社員としてずっと働き続けられる人はほとんどいない。学生などに人気の高い大企業では、毎年若い人材を採用することができることから、シニアを外から積極的に採用したいという企業はほとんど存在しない。
しかし、本当にこういった仕事を定年後も続けることが自身の望みなのかはよく考える必要があるだろう。大企業で高い役職に就くことだけがキャリアの目標なのだという現役時代の先入観を取り払ってみると、定年後に無理なく働きながら社会にたしかに貢献できる仕事は、世の中にたくさんあることに気づく。
「生涯に渡って競争に勝ち続けなければならない」という誤解
これに関連して、生涯現役時代においては「生涯に渡って競争に勝ち続けなければならない」のだという考えも、かなり誤解が含まれている。たとえば、現役時代に大企業で出世をし、定年退職後も企業の顧問に就くというような働き方を理想とする人がいる。しかし、そんな人は世の中にどれだけ存在しているのだろうか。
これからの時代において、現役時代に努力をして人との競争を制し、定年後にはキャリアの上りを目指そうと思うことは間違いである。
人口ピラミッドが成立していたかつての日本社会では、現役時代における競争で優位な立場を築き、歳をとったときには論功行賞で報いられるようにするという戦略は有効だったかもしれない。
しかし、生涯現役時代を迎えている日本社会において、多くの企業では人口ピラミッドが崩壊し、むしろ年齢にかかわらず、多くの人に一プレイヤーとしてシニアに活躍をしてもらう必要性が高まっているのである。
だから、現役時代に他者との競争に勝ち残り、定年後は人にアドバイスをするような立場でのみ仕事をしたいという考え方は現代においてはもはや通用しなくなっていると考えたほうがいいだろう。
だから、専門性を磨き続き続けなければならないのだという議論もある。これは正しい面もあるが、そうでない部分もある。
というのも、定年後はそんなに多くの稼ぎがなくてもそれなりに豊かな生活ができるため、専門性を磨き続けて誰にも代えられないような仕事に就かなくてはならないというところまで気負わなくてもいいと思う。
実際には、多くの定年後の就業者は、生活に身近な「小さな仕事」で無理なく人の役に立つ仕事をされている人が大半である。そして、定年後の豊かな生活と両立する「小さな仕事」は、多くの人にとって無理せずに長く働くことができる現実的な選択肢なのである。
定年後は、人との競争に勝ち残ることが望ましいという現役時代の先入観に囚われず、自身の幸せな生活と両立する仕事で無理なく稼いでいくことを考えていくことが肝要だと思う。
つづく「多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体」では、失われた30年を経て日本経済はどう激変したのか、人手不足が何をもたらしているのか、深く掘り下げる。