「受け答えができない」「暴言・暴力」にも理由がある。認知症の人の心の中を知る

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私たちと認知症の人が見ている世界は同じじゃない

「認知症の人の気持ちに寄り添いたいと思っても、暴言や暴力が多くて、冷静に接することができない」

「何を聞いてもトンチンカンな受け答えばかりで……。真剣に受け止めていたら疲れてしまう。母とどう会話していいか、どう伝えればいいかわからない」

認知症の家族を持つと日々の対応にやきもきすることは正直多い。一生懸命ケアをしてもわかっていないのではないか、と思うと心が折れてしまうという声も少なくない。しかし、本当に認知症の人はすべてがわからないのだろうか。暴言やボーッとしてしまう行動にも実は理由がある。そんな認知症の人が見ている世界や思考について解説しているのが著書『マンガでわかる! 認知症の人が見ている世界』(全3巻/文響社)だ。

認知症の「なぜ?」「どうして?」がわかることで、認知症の人とどう接したらいいかがわかり、介護の負担や心理的ストレスも軽減できると、著者の理学療法士の川畑智さんは言う。前編『「場所がわからない」「家族が認識できない」認知症の人はこのとき何を考えているのか』に引き続き、著書から一部抜粋、再編集で、認知症によくある2つの症状を例に、マンガ+解説で認知症の人が見ている世界を紐解いていく。

【症状「相手の話が理解できない」〜言葉の理解力の低下〜】

ビデオの早送り状態で理解できないことも

私たちの会話が早送り(2倍速以上)で聞こえているといわれています

認知症が進むと、言葉を理解したり発したりする脳の領域が衰え、話を理解するのが苦手になります。これも、「失語」の症状の一つです。

認知症の人は、人の言葉がビデオの早送りのようになり、言葉が連続してつながって聞こえているといわれています。また、複数の情報を同時に理解することも難しくなっています。このような状況は、海外に行って周囲の人がみな外国語をしゃべっているという状態を思い浮かべると想像しやすいと思います。周囲の人と言葉が通じない……しかも、その相手が家族だとしたら、その不安はとても大きなものです。

特に、複数の人の会話についていくのは困難です。ご本人は、それでもなんとか話を理解しようと気持ちを集中させてがんばるため、とても疲れてしまいます。

こうしたことから、認知症の人に話を伝えるときは、私たちがふつうに話すスピードでは理解できないことがあるので、まずはゆっくりと話すことが原則です。また、会話に含まれる情報量を少なくするのもポイント。具体的には、(1)句点(、)と読点(。)を意識する、(2)わかりやすい単語で話す、(3)短い2、3語の言葉で伝える、という3点を意識してください。マンガの例でいえば、ご本人には「明日、外で、食べよう」と、重要なことだけを、ゆっくりと短い言葉で伝えるとよかったと思います。

また、認知症の人と話すときは、不安を感じさせないよう、優しく豊かな笑顔で話すことも大切です。認知症の人は、言葉の理解が苦手になっても、周囲の人の感情にはとても敏感で、人の表情や声の調子がとても気になっています。言葉が聞き取れなくても、周囲の人が「どうしたのかしら」と不審な表情を見せたり、棘のある態度を取ったりすると、認知症の人はそれを察してますます不安になってしまいます。

認知症の進行を防ぐには、ご本人の気持ちを考え、人とのコミュニケーションをできるだけ維持することが大切です。

対応のポイント

・言葉の句点や読点を意識して区切り、ゆっくりと落ち着いて話すようにしよう。

・2、3語ほどで、簡単な言葉で伝わるように話そう。

・不安を助長しないように、優しく豊かな表情で話すことを心がけよう。

【症状 「ひどい言葉をいわれ、たたかれた」〜暴言・暴力〜】

混乱から戸惑いや不安が強まってしまう

アルツハイマー型認知症の病状が進行し、混乱が強くなっているのかもしれません

暴言や暴力は、家族や介護者にとって大きな悩みのタネになります。暴言・暴力は、さまざまな要因が重なって起こりますが、特に起こりやすい時期があります。

それは、アルツハイマー病がやや中高度にまで進行したとき、専門的には、「FAST(Functional Assessment Staging Test)」と呼ばれるアルツハイマー型認知症の進行を測る指標で6に分類される時期(FAST6)です。この時期は、衣類の着脱が苦手になるほか、入浴や排泄にも介助が必要になり、言葉の理解も困難になってきます。

マンガは、そのような状態の中で、ご家族が着替えの介助をしようとしている場面です。ご本人は、ご家族から呆れたようなため息をつかれ、突然、服を脱がされようとしたと感じています。そのために、戸惑い、傷つき、思わず暴言・暴力につながってしまったのでしょう。ご本人は理由もなくたたいたり、暴れたりしたわけではありませんが、介護する側にとっては突然、暴言を吐かれて暴力を振るわれてしまった状態です。

介護をがんばっている人ほど、たたかれたり暴言をいわれたりしたらつらいと思います。とはいえ、ご本人も病状が進んで混乱が強くなり、自尊心が傷つきやすくなっていることは心に留めておいてください。この時期は、認知症の人は、状況を理解するために、相手の表情や雰囲気、口調に敏感になります。接するときは笑顔や優しい口調のほか、「この説明で伝わるか、この言葉でいいか」といったような細かな気配りを心がけてください。また、どのようなきっかけで暴言・暴力が起こったのかを振り返り、ご本人が混乱しやすい事柄には、よりていねいなサポートを行いましょう。

認知症は、調子のいい日も悪い日もありますが、根本的な改善は難しい病気です。昨日できたことが今日できるとはかぎらず、むしろ、できなくなることのほうが多くなります。「いずれは進行する病気」という心がまえを持ち、寛容になることも大切です。

対応のポイント

・暴言・暴力が増えたときは病状が重症化する入り口の時期かもしれず、ご本人は相手の表情や雰囲気、口調に敏感になっているため、穏やかな笑顔や口調、細かな気配りを心がけよう。

・認知症については、「いずれは進行する病気」という心がまえを持とう。