尖閣沖「中国漁船衝突事件」があらわにしたもの…終焉を迎えた「歪な日中関係」

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2000年代前半、日中間の政治と経済は切り離されて考えられていた。しかし、中国の驚異的な経済的発展に伴い、その影響は政治・軍事にまで着実に手を伸ばしていくことになる。

2000年代前半まで、日中関係は国家間政治と民間の経済活動はイコールで結ばれないという理解のもとに繁栄していた。しかし中国研究者であり「月間中国ニュース」編集長の中川コージ氏は中国の経済発展により、日本は中国の経済の優位性がもたらす政治的・軍事的な影響力の強大さを突き付けられることとなる、と語る。その深刻な実情を『日本が勝つための経済安全保障--エコノミック・インテリジェンス』より紹介する。

日本が軽視していた「経済安全保障」

経済安全保障とは、これまでは「政治と経済」「経済と軍事」など、切り分けられてきた分野を、互いに影響を及ぼし合う地続きのものとして考えることにより、切れ目なく国益を守り、国家の目標を達成するための体制を構築する概念です。

「『経済も国家の安全保障に影響を及ぼす』なんて、そんなの当たり前じゃないか」と思われるかもしれません。確かにアメリカや中国では、経済分野での発展がいかに国家の安全保障に影響するかという観点は、当たり前に意識されてきました。

経済学者でもある戦略論の大家、エドワード・ルトワックは冷戦後の世界について「国家が産業界に補助金という名の火力を投下することによって、他国を圧倒するという地経学(ジオ・エコノミクス)の時代になる」と1990年代から指摘していました。

しかし日本では、これまで「経済は経済で、民間の自由な経済活動で発展していけばいい」「安全保障はつまるところ軍事の領域であって、経済とは関係ない」という理解が大勢を占めていました。あるいは民間企業には外交的に何らかの問題がある相手国とでも、「政府のやる外交は政治の問題、民間が担う経済とは別」として、政治と経済を切り離すことで、政治に邪魔されることなく、経済活動を活性化していこうという風潮がありました。政治的にもそういった論調を大衆に蔓延させておいた方が政治リスクを低減できるため、政党や政治家にとっては好都合だったといえます。

2000年代の日中関係は「政冷経熱」

大企業はともかく中小零細の民間企業は、ビジネス現場では「政治タブー」を意識して政治問題に触れないことが一般的でしたし、ましてや外交課題を自分ごととして意識することはなく純粋な経済利益追求だけに邁進してきました。2000年代の日中関係が「政冷経熱」と言われたのが象徴的です。

また、米ソ冷戦崩壊後には、「自由貿易が発展し、国々が経済的なつながりを深めれば深めるほど、利害関係があらゆる国家間に構築されることになり、紛争や戦争の危険性が低減される」という言説も一般化しました。「相手が戦争で傷を負えば、利害関係の深いこちらも経済的損失を負うことになる。経済的結びつきの強い相手国に対して、そんな馬鹿な真似はそうそうしない、できないだろう」というわけです。

経済面で圧力をかける中国の強硬姿勢

ところが経済的な利害関係が深まったことを、逆手に取る国も出てきました。日本も関係する事例として象徴的なのは、2010年に尖閣沖で発生した中国漁船衝突事件です。

この事件では当時の日本の民主党政権が漁船の船長を逮捕・勾留しましたが、これに対し中国側は釈放を要求。日本が応じない姿勢を見せたところ、中国側は中国に駐在する日本企業の社員を逮捕・勾留するとともに、日本が多くを中国からの輸入に頼っていたレアアースの対日禁輸(輸出枠の削減による実質的な輸出停滞)を実行したのです。

政治・外交の場面での軋轢を、経済面からの圧力で自国に有利な形で解消しようとする中国の強硬な手法に、日本は当時、驚かされることになりました。

中国の経済発展で状況が一変

もちろんそれまでにも、政治と経済、経済と安全保障というつなぎ目の部分を意識せざるを得ない事例はありました。たとえば1980年代には日米間で貿易摩擦が激化し、安い日本製品に国内市場が席巻されることを危惧したアメリカとの間で、外交問題に発展しています。

しかしこの時は、「摩擦が生じた」とはいっても日米は同盟関係にあり、その後日本経済が長期不況に突入したこともあって、日本の政治の場面で「経済安全保障」が強く意識されるには至りませんでした。

ところがその後、中国が急速に経済成長を遂げ、安全保障上も周辺国に脅威と感じられるような台頭を見せている中で、中国が自国の市場や「世界の工場」としての立場を外交的・安全保障的圧力に使い始めています。また、これまで経済力、技術力、軍事力で他を圧倒していたアメリカに、中国が迫りつつあります。それにより、日本も経済安全保障をいよいよ意識せざるを得なくなりました。

「マスク外交」で認識した現状

また、そこには2020年から始まった新型コロナウイルスの世界的流行も影響しています。2020年の流行当初、マスクなどの物資の買い占めや、各国の物流網の停滞・混乱があり、必要な商品が必要なだけ手に入らない、といった事態が生じました。

これは必ずしも中国が「マスクを敵対国には輸出しない」という態度を取ったことに由来するものではありませんが(逆に「マスク外交」と称し、アフリカなどの国に対して不足しがちなマスクや防護服を提供する活動は行っていた)、「いざという時に、必要な物資が手に入らない」という事態に直面した日本は、自ずと自国の経済安全保障面の現状を見つめざるを得なくなったのです。

ゆえに自民党は党内に新国際秩序創造戦略本部を設け、経済安全保障に関する検討を行い、2020年末に提言「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」を発表。「提言」では経済安全保障を「経済的手段による国益の確保」と定義づけ、経済安全保障戦略構築の重要性を謳っています。

主に重視されているのは、日本の先端技術が海外に流出し、日本の産業的な価値を失うとともに、それが軍事転用されることによって日本にとっての脅威が増すこと。そして貿易相手国に特定品目で過度に依存することにより、その品目を盾にとって外交的・軍事的圧力をかけられた際にこれをはねのける力を持たなければならない、という二点です。

こうした発想に基づき、2021年9月に誕生した岸田文雄政権は、「経済安全保障体制の構築」を政策の目玉とし、経済安全保障担当大臣のポストを設置。2022年の関連法案成立に向けて走り出し、同年5月に経済安全保障推進法が成立しました。

つづく記事【「中国が技術を盗んでいる」アメリカが中国支援から一変…強い非難を浴びせた「深刻な事情」】では変容をつづける米中関係について解説しています。

「中国が技術を盗んでいる」アメリカが中国支援から一変…強い非難を浴びせた「深刻な事情」