東大・京大・医学部に大量に合格者を輩出…開成・灘・渋渋の校長が今夏「子供に薦める1冊」その意外な共通点【2024夏のイチオシ】
※本稿は、『プレジデントFamily2023夏号』の一部を再編集したものです。
■灘中学校・灘高等学校 海保雅一先生
今森光彦『光の田園物語』(クレヴィス)
●里山再生を通して「人間は自然の一部」だと教えてくれます
日本の植物学の父と呼ばれる牧野富太郎博士(NHKの朝の連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデル)は、灘にも縁がある方です。川崎先生という本校初代の生物の先生が博士の愛弟子で、昭和の初めに、校内にロックガーデン(岩石を配した庭園)をつくりました。牧野博士は、灘中で講演もされています。
牧野博士は、とにかく植物が好きで好きで、日本中の野山を歩き回って調査、研究をしました。ドラマでも、草木に埋もれて観察している様子が描かれています。
私も、子供の頃から自然観察が大好きで、今も植物や昆虫の生態への興味は尽きません。
「人間は自然の一部であることを忘れてはいけません」
これは、灘中新1年生の1学期の「道徳」で、私が生徒に必ず伝える言葉です。
校長と教頭が道徳の授業を受け持っていて、私のテーマは「SDGs」です。私はもともと英語教師ですが、持続可能な社会の実現のための意識の持ち方や取り組みの重要性について、人一倍関心を持ってきました。
そこで、私が薦める一冊は、自然を愛する写真家・今森光彦さんの『光の田園物語 環境農家への道』(クレヴィス)です。今森さんが農家となり、荒れ果てた土地を里山として蘇らせる過程を写真と文でつづっています。
里山は、人間の生活の「生産・消費・廃棄」システムが自然の循環に組み込まれていて、まさに持続可能な環境の理想形とされています。本書は、里山再生の過程を美しい写真で伝えることで、「人間は自然の一部」であることを教えてくれます。
現在、特に都市部では、子供が自然に触れる機会がありません。そこでお薦めしたいのは、同じ今森さんの『昆虫記』(福音館書店)です。1700枚の写真が収められ、日記風に月ごとに出合える昆虫や花が紹介されています。私も初版発売時に購入し、子供と何度もページをめくりました。
親子で読んでほしい本がもう一冊。『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)です。
『沈黙の春』(新潮文庫)で知られるR・カーソンさんの人生最後の作品で、主人公が幼い大甥(おおおい)を連れて海岸や森の中に出かけ、ともに自然の美しさや神秘に感嘆します。大人が子供に教えるのではなく、感動を共有する。そんな大人のあるべき姿勢も学べます。
子供の、“ワンダー(不思議、驚異)”に対する感受性が豊かになれば、学んだ知識や情報がより深く定着するだけでなく、自然への畏怖の念も抱くことにもなる。それは、自然の一部である“自分という存在”を粗末にせず大事にすること、命を全うしようという生き方にもつながると、私は考えています。
■渋谷教育学園渋谷中学高等学校 高際伊都子先生
ファラデー『ロウソクの科学』(KADOKAWA、三石巌:訳)
●論理的に考えるってこういうことかとわかります
自宅にたくさんの本が揃っていたこともあり、私は子供時代から本が大好きでした。小3のときは、学校の図書館にあったアルセーヌ・ルパンのシリーズ全巻を読破し、小5のときは『平家物語』(岩波現代文庫)の現代語訳にハマりました。伝記本がマイブームのときもありました。
表紙や書名から直感でピンとくる本を選んで、やっぱり面白かったとか、ちょっと残念とか、そうした本との出合いを楽しんでいたので、人に薦められた本を読むタイプではなかったのですが、小4の夏休みの学校の推薦図書『極北の犬トヨン』(徳間書店)は強烈に刺さりました。
厳寒のシベリアに住む猟師一家とトヨンという名の犬が大自然の中で助け合い、互いの絆を深めていく話。著者の実体験に基づいた物語で、「地球上にはいろんな環境があって、いろんな人がいるんだ」「昔話でもなくおとぎ話でもなく、今に近いリアルな話が物語になるんだ」、そして「生きるって大変なことなんだ」と、小4の私に強烈に響いたのです。自分では選ばない本だからこそ、新しい視点を得たのだと思います。
どんな本にも、次の世界の扉を開ける力があります。だから、ジャンルを問わず、いろんな物語、知らない世界に触れてほしい。そんな気持ちを込めて、今回お薦めするのが、角川文庫の『ロウソクの科学』です。
1861年に出版された古典的名著で、イギリスの科学者マイケル・ファラデーによる科学好きの大人に向けた講演録ですが、小学生でも読める内容です。いえ、小学生にこそ読んでほしいと思います。
ロウソクの火はなぜ燃えるのか。それは、空気中に酸素があるから。でも、酸素は見えないのに、なぜそう言い切れるのか。それを、ファラデーは実験に実験を重ねて、論理的に証明していきます。ロウソク1本で、科学的思考の入り口を教えてくれるのです。
理屈だけで物事を理解した気になっていた大学生の私は、本書に出合い、盲点を突かれた思いでした。論理的に考えるって、こうやって事実を積み上げていくことなのだと。
今の時代、インターネットで検索したり、AIに問いかけたりすれば、答えはすぐに見つかります。でも、それで終わりにせず、「それって、本当かな?」とちょっと疑って、自分でも確かめてみることが、今後ますます必要になるのではないでしょうか。
そのときに必要なのが、論理的な思考です。理系文系を問わず、事実を積み重ねて論立てていく作業や、プロセスを経て検証していく姿勢は、これからの時代を生きる子供たちにとって必要不可欠なものです。本書はそうした力を養ってくれるはずです。
■開成中学校・高等学校 野水勉先生
ジャック・アンドレイカ、マシュー・リシアック『ぼくは科学の力で世界を変えることに決めた』(講談社、中里京子:訳)
●膵臓がんの早期発見法を開発した高1生の物語
科学好きな少年が、高校1年生で膵臓(すいぞう)がんを早期発見する安価な検査方法を開発し、2012年インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)の最高賞であるゴードン・ムーア賞を受賞しました。その後もさまざまな賞を受賞し、現在も活躍している著者の物語です。
中学時代に、自身がLGBTQ(性的少数者)であることを告白(カミングアウト)してさまざまないじめに遭います。自傷行為に至った経験もある中で、家族に支えられ、良き相談相手だったおじさんが膵臓がんで亡くなったことを契機に、がんの中でも致死率の高い膵臓がんを早期発見できる検査法を開発したい、という夢と目標を達成したエピソードが紹介されています。
小学生の頃から好奇心と夢をもち、それを探究し発展させていけば、高校生でも世の中に変革をもたらす大きな研究成果をつくり出すことができるという、科学の未来を期待させる元気が出る物語です。
一方、現在の学校教育の中での、LGBTQへの無理解やいじめ問題による当事者の悲鳴を考えさせ、いじめ問題解決への方策、多様性への理解をより深めていかなければならないことを考えさせる啓蒙(けいもう)の本でもあります。
末尾に、家庭でできる科学実験の紹介もあります。
(プレジデントFamily編集部 構成=プレジデントFamily編集部 撮影=梅田佳澄(灘)、市来朋久(渋渋)、小松士郎(開成))