大谷翔平が「40−40」達成、30球団最高勝率もドジャースの現状は苦しい? カギは山本由伸の完全復活
大谷翔平が好調なだけに、ドジャースは万全の状態でポストシーズンに臨みたいphoto by ZUMA Press/AFLO
メジャー史上6人目の40本塁打・40盗塁を自身初のサヨナラ満塁弾で達成した大谷翔平。その活躍は際立つばかりだが、本当の勝負になるポストシーズンに向け、ドジャースの戦力は、なんとかやりくりしながら乗り越えている印象だ。
特に先発二枚看板の戦線離脱は大きく影響を与えているが、その一方でどのように苦しい状況を乗り越えているのか。あらためて検証する。
ロサンゼルス・ドジャースは8月25日(日本時間26日)終了時点で78勝53敗、勝率.595。30球団で最高の成績である。とはいえ、これがポストシーズンの成功を保証しないのは、過去3年を見れば明らかだ。その失敗から学び、昨オフは山本由伸に投手として史上最高の12年総額3億2500万ドル(約487億5000万円)を与え、タイラー・グラスノーと5年総額1億3650万ドルで契約した。彼らがポストシーズンで相手チームを圧倒してくれる先発投手と判断したからだ。しかし今、ふたりとも負傷者リストに入っている。
ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は8月21日、その現状について「Not ideal(理想的ではない)」と話した。ふたりとも復帰の見込みは9月中旬から下旬。21日、山本は6月の右肩の負傷以来2度目のシミュレーションゲーム(試合の状況を想定した投球練習)を行ない、2イニングを投げ、96マイル(154キロ)が出た。次は26日にブルペンに入り、それで問題がなければ28日にマイナーの実戦で2イニングを投げる。マイナーで何試合投げるかは不明だが、山本は「細かい技術はまだなところはありますけど、9月に(公式戦で)投げると思いますし、一つずつ順調に段階を踏んでいます」と説明している。
グラスノーは右ヒジの腱炎で8月16日に負傷者リストに入り、チームは時間をかけて慎重に復帰させる予定。ケガをした11日から13日が経過した24日に初めてキャッチボールを再開させた。ロバーツ監督は「彼がイライラしているのはわかっている。でも、自分の身体の声に耳を傾ける必要がある」と話している。現時点で公式戦が終わるまでに復帰できればというところだ。キャリアを通してケガが多かったグラスノーは、2023年の120イニングがシーズンの最多投球回数、今季はすでに134イニングを投げている。
このような有様だから、ドジャースのポストシーズンのローテーションがどうなるかは現時点で全く予測がつかない。次によい投手はトレード期限で獲得したジャック・フラーティで今季10勝5敗、防御率3.00、その次は新人のギャビン・ストーンで11勝5敗、防御率3.44、ベテランのクレイトン・カーショーが2勝2敗、3.72といった状態。ちなみに他チームのローテーションも多かれ少なかれケガに悩まされているが、現状で比較すれば、ナ・リーグのライバル球団、フィラデルフィア・フィリーズ、アリゾナ・ダイヤモンドバックス、アトランタ・ブレーブス、サンディエゴ・パドレス、ミルウォーキー・ブルワーズのほうがずっとよく見えるのである。
【打線はより強力に】とはいえ、野球は先発投手がすべてではない。打線がけん引するチームもありうる。今季のメジャーリーグは全体的に攻撃力が低下しており、たいていのチームの打線にはよい打者が3、4人程度しかいない。ゆえに今季5得点を挙げたチームは、80.3%の確率で勝利を挙げている。
ドジャース打線は、このところ強力になってきた。前半はMVPトリオを擁する上位打線はよくても、下位打線が弱かったが、改善された。少なく見ても強打者を7人揃えているし、パワーがあり、出塁能力も高く、スピードも備え、左右のバランスも取れている。メジャーナンバーワンの打線かもしれない。これまでケガでベストメンバーが揃わなかったが、それでも1試合平均4.9得点はナ・リーグ2位。今後、コンスタントに5点以上を挙げると期待できる。
今振り返ると、トレード期限でひとりの大物野手を取りにいくのではなく、経験豊富なベテランを複数補強、選手層を厚くして、チーム構成を柔軟に検討できる状態にしたのはよいアイデアだった。
具体的に書くと、6月にキャバン・ビジオ(二塁手)、7月にニック・アーメド(遊撃手)、トレード期限でケビン・キアマイアー(外野手)、ユーティリティ選手のトミー・エドマン、遊撃手のアメド・ロサリオを獲得。加えて、8月中旬にはムーキー・ベッツやマックス・マンシー(三塁手)がケガから戻ってきた。結果、ドジャースはメジャーの40人枠に、MLB経験を持つ18人のポジションプレーヤーを抱えることになった。プレーオフでは野手のポジションは13人分しかない。
ロバーツ監督は7月下旬から8月上旬、なかなか勝てなかった時期、士気を高めるために、「The cavalry is coming」というフレーズをよく使った。騎兵隊が援軍に駆けつけるという意味で、ケガをしていた選手や、トレードで獲得した新しい戦力がはせ参じるということだ。と同時に、ロースターが膨らんだことで、カットされる選手も出てくるとし、微妙な立場の選手に「緊迫感を持って競争に向かうべき。ポジションは全員に与えられない」と伝えた。
【ドジャースで起きた「ダーウィンの進化論」】『ロサンゼルスタイムズ』紙のジャック・ハリス記者は「野球のダーウィニズム(進化論)」と、うまい表現を使った。「ダーウィニズム」で、多様な才能を持つ個体が集まり、そのなかで環境に適応できた者だけが生存競争に勝ち残る。
その結果、ビジオ、アーメド、ロサリオが戦力外となり、若手外野手のジェームス・アウトマン、アンディ・パヘスはマイナーに降格となった。さらにベテランのジェイソン・ヘイワード外野手も戦力外になっている。
生き残ったユーティリティ選手のキケ・ヘルナンデスは、8月4日のオークランド・アスレチックス戦で2本の二塁打、2打点の活躍をしたあと、「微妙な立場にいることは受け入れているし、それについてあまり考えない。私にはコントロールできないことだからね。このゲーム(野球)は結果がすべて。結果が出なければ外されるだけ。頭にあるのは自分の役割を果たすこと。それができればチームは、もっとよい状況になる」と話していた。
チーム内の競争が激しくなるなか、伸び悩んでいた2016年のドラフト1巡指名選手ギャビン・ラックス(二塁手)がようやく結果を出し始めた。7月19日に.211だった打率は、8月23日までに.251と40ポイントも上昇。トレード候補から、逆に欠かせない存在になった。「プレッシャーはあるけど、毎日それを考えながらプレーしているわけではない」と説明している。
移籍してきたキアマイアーは、ア・リーグ東地区最下位だったトロント・ブルージェイズから来たことで、当然モチベーションが高まった。「ここに来て、(ナ・リーグ西)地区首位で毎日戦うのは本当に楽しい。守備のためにここに呼ばれたから、7番〜9番を打つ私のバットを、他チームは警戒しないかもしれないけど、それは構わない。攻撃面で私ができることはボーナス、やれるときにしっかりダメージを与えられれば」と話した。15試合に出て、1本塁打を含む9安打5打点である。
8月12日、左手骨折から2カ月ぶりに復帰したベッツは、ドジャースが最高のラインナップを組めるよう、首脳陣のリクエストを受け入れた。ドジャース移籍後530試合の先発出場のうち、507試合で1番打者を務めてきたが、2番での起用について快諾し、ポジションも本職の右翼手に戻るとした。「(1番と2番では)確かに大きな違いがある。でも私の姿勢は変わっていない。ただ勝ちたいだけ」ときっぱり言いきる。大谷、ベッツ、フリーマンとなったことで、上位打線は左打者、右打者、左打者の順に並び、相手投手にとっては攻略しづらい構成になった。
【守備と走塁も武器もやはりカギは......】三塁ベースコーチのディノ・イベルは58歳。ドジャースのマイナー球団で17年間コーチを務めた後、メジャーではエンゼルスとドジャースで19年のコーチ経験を持つ大ベテランだ。彼は現在のドジャースの野手陣を高く買っている。まずは守備だ。
「ムーキーは今年遊撃手でプレーし、ポジションを学びながら頑張っていたけど、ケガをしてしまった。ムーキーの望みはただ勝つことなので、ゴールドグラブ賞の右翼手として戻ることも受け入れた。ミゲル・ロハスとラックスの遊撃、二塁でのプレーは素晴らしいし、フレディ・フリーマンもいい。外野は中堅にゴールドグラブ賞のキアマイアーが加わったし、中堅も遊撃も二塁もできるスイッチヒッターとしてやはりゴールドグラブ賞のエドマンが加わった。近年のドジャースでもベストの守備陣になったと思う」と目を細める。
8月10日のピッツバーグ・パイレーツ戦、相手投手は100マイル(160キロ)の剛腕ポール・スキーンズでポストシーズンのような雰囲気だったが、守備で好プレーが続き、1失点に抑え、打っては少ないチャンスをものにし、スキーンズから4点をもぎ取った。パイレーツのデレク・シェルトン監督は「守備の差で負けた」と悔しがっている。
シーズン序盤から大谷の「40―40(フォーティ・フォーティ/40本塁打・40盗塁)」を「本人が望めば達成できる」と予言していたイベルコーチは、キアマイアーとエドマンの加入は、足で得点する機会が増えると歓迎した。「翔平がやっているように、盗塁を狙ったり、単打で一塁から三塁へ積極的に進塁したりといったプレーが増える。そういうスピードを生かしたプレーが頻繁に出れば相手守備陣にプレッシャーをかけられ、ミスを引き出すこともできる。ポストシーズンでとても役立つ」と期待する。
キアマイアーは通算132盗塁で、成功率は77.2%。エドマンは107盗塁で86.3%である。プラスふたりともポストシーズンの経験も十分にある。「ベテラン選手をラインアップに加えることで、彼らの経験が生きる。勝つために何をすればいいか知っているし、大舞台のプレッシャーにも慣れているから」。キアマイアーはポストシーズンに31試合、エドマンは15試合の出場経験がある。
そんなチームの雰囲気のなか、大谷も勝つことに集中している。8月23日のタンパベイ・レイズ戦、9回裏の劇的なサヨナラ満塁本塁打で史上6人目の「40−40」を達成したが、試合後記録を意識していたかと聞かれると「それが目的にならないように。しっかりと勝つための手段として、盗塁もやりたいなと思っている。盗塁に関しては失敗しないことが第一」と話した。さらに「50―50(フィフティ・フィフティ)」についても「もちろん数が増えるということは、勝つ確率が高くなってくるということ。ここからもっともっと大事な試合が多いですし、自分の数字が上がると同時にチームが勝てるように頑張りたい」と真剣な表情で答えている。
一番に優先すべきは昨年12月の入団会見で話した通り、ポストシーズンに出て、勝ち進むこと。同地区のダイヤモンドバックス、パドレスも絶好調だし、気は抜けない。24日のレイズ戦は先発のカーショーが5回9安打5失点と攻略され、5回にはいったん逆転したものの、終盤にリリーフ陣が打たれ、延長10回の末8対9と敗れた。大谷が40−40を達成した23日の試合も先発のボビー・ミラーが序盤に3失点し、なんとか追いついて、9回裏の満塁本塁打でかろうじて勝った。
つまり今のドジャースは、不安定な先発投手陣を打線がカバーして、戦っている状態。ポストシーズンには進出できるだろうが、10月は、グラスノーや山本が復活して本来のピッチングを取り戻さない限り、厳しい戦いになるのである。