実はなるのも大変な警備員という仕事

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 連載でお伝えしている「はたらく人たち」。第1回目のレジ係に続き、今回は街を歩くと、必ずといっていいほど目に入る「はたらく人」、警備員について紹介していきたい。

「令和5年における警備業の概況」(警察庁)によると、日本国内で活躍している警備員は同年12月現在、約58万4868人(うち女性は4万975人:全体の7.0%)。工事現場やショッピングセンター、駐車場の出入口など、外に出ればどこかで何かを守っている彼らの姿を見ない日はない。

 しかし、そんな身近な存在の人たちの実態を知っている人は、経験者以外ではあまりいないのではないだろうか。

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実は厳しい警備員になる為の条件

 ブルーカラーの職業は、往々にして働き手を受け入れる門戸が広い。

実はなるのも大変な警備員という仕事

 とはいっても、決してそれぞれの職業が「誰でもできる簡単な仕事」というわけではなく、例えば過去に失敗をした人でも、現在失敗中であっても、もちろん何事もない人でも、「来る者を選ばない」という傾向をもっている。

 しかし、実はこの警備業においてはその傾向に反し、仕事に就くうえで「欠格事由」(職に就けない人の条件)が存在しており、警備業界の関連法規である「警備業法」にもしっかりと明記されているのだ。その欠格事由とは以下の通り。

1.18歳未満
2.破産手続開始の決定を受けて復権を得ない人
3.過去に禁固以上の刑、または警備業法の規定に違反し罰金刑となり、処分から5年以上経過していない人
4.直近5年間で警備業法に違反した人
5.集団・または常習的に警備業の規則に掲げる罪にあたる行為を行う恐れがある人
6.反社会勢力と関わりがある人
7.アルコールや薬物の中毒者
8.心身に障害を抱え、警備業務を正しく適切に行うのが難しい人

 さらに、これらに該当していない証明として、警備員は採用後に「本籍地記載の住民票」や「健康診断書」、「運転記録証明書」、さらには成年被後見人として「登記されていないことの証明書」といった聞きなれない書類までをも提出しなければならないのである。

1号から4号

 警備員として働くまでの道のりはまだ続く。正社員やパート・アルバイトなどの雇用形態に関係なく、必ず「研修」を受けなければならないのだ。初めて警備業に就く人たちに定められているのは、「基本教育」と「業務別教育」。これを合わせて20時間以上受講する義務がある。

「基本教育」で学ぶのは、警備員の資質、関係する法律、事故発生時の対応や応急措置、そして護身用具の使い方や護身方法など。

 そして、もうひとつの「業務別教育」。

 警備員とひと口に言っても、実はその業務は以下の4種類に分けられており、それぞれの業務内容に関する教育を受ける必要がある。

1号業務:「施設の警備」
 事務所や住宅、商業施設、病院、駐車場、遊園地などでのトラブル発生を警戒・見回りしたり、出入口の人やクルマの管理を行ったり、防犯カメラの映像を監視したりする業務

2号業務:「雑踏・交通誘導の警備」
 道路工事の現場やイベントや祭など人が多く集まる場所での交通誘導や雑踏整理などを行い、事故やトラブルを未然に防ぐ業務

3号:「運搬の警備」
 運搬中の現金、貴金属、美術品などに対して盗難や事故の発生を警戒し、防止する業務

4号:「身辺警備」
 一般で言うところの「ボディーガード」。著名人だけでなく一般人においても、契約者の身体に対する危害の発生を警戒し、事故やトラブルを防止する業務

 こうした研修は、採用時だけ受ければいいというわけではない。すでに警備員として働いている人たちも、職務遂行に必要な知識や技術をアップデートするために年度ごとに「現任研修」を受ける義務もある。

 警備員はよくドラマなどで「簡単に就ける仕事」という位置付けで描かれることが多いが、同職に就くには、これらのように様々な関門を突破する必要があるのだ。門戸はブルーカラーのなかでは狭いといっていい。

届け出ないといけない「制服」

 なぜここまで厳しいかといえば、やはり業務上「人や物を守(護)る仕事」であるがゆえだろう。

 そういう意味では、もう一つ厳しく管理されるのが「制服」だ。第3者の手にわたり悪用されてしまわぬよう、警備員と一般人、警察官との差を明確にする必要がある。

 実は警備員の制服(警備服)は、他のブルーカラー職種のように会社が勝手に決めたり市販の作業服を気軽に作業員へ支給すればいいものではない。警備会社が以下のような内容についてどのようなデザイン・色なのか「服装届出書」に記載し、公安委員会に提出・承認を得る必要があると、こちらも「警備業法」に記されているのだ。

・頭(帽子、ヘルメット)
・上衣(シャツ、ジャケット、防寒コート、空調服、ネクタイなど)
・下衣(ズボン、スカート、防寒ズボンなど)
・標章ワッペン(胸部、上腕部)
・標章ワッペン原寸大の面積図
・服装の着用写真
・その他(警備に必要な小物など)

 一つ一つの記載内容も非常に細かく、例えば上衣では、それぞれのポケットの位置やボタンの数まで報告しなければならない。こうした細かなたくさんのルールに対して、現場の警備業経営者からはこんな声もある。

「警備業法は昭和47年にできた法律。何度か改正はされているものの、時代に合っていないと感じます。反社会勢力の警備員が多く存在した当時は、警備員による犯罪が頻発していたうえ、統一した誘導などがなく分かりづらかった。つまり同法は、警備員に相応しくない者の排除や、統一基準による運営が目的だったんです」

 また、警備服の価格の高さも足かせになるという。

「例えば、盛夏シャツですと2万円。新しいデザインの制服を作り認定されると、古い制服はもう使えません。もちろん制服は必要ですが、ワッペンなどの細かい規定や届出、認可まで必要なのかと思うことも。会社の宣伝も兼ねて背中辺りに社名を入れたデザインにすればいいと思う」

安すぎる給料

 他のブルーカラー職種の状況に違わず、現在、警備業界でも「人手不足」と「低賃金」が深刻化している――こう書くと「人手不足で売り手市場ならば、給料は上がるのでは」と聞かれることがよくあるのだが、ブルーカラーの多くの現場では、「ただ単純に人が足りていない」のではなく「低賃金で働いてくれる人手」が足りていない状況にある。

 つまり発注者側が工賃を上げ、雇用者が給料を上げない限り、人手不足は絶対になくならないのだ。

「交通警備員の単価は安すぎます。家族なんて養える状況にない。これは、発注元である国や地方公共団体の単価設定に問題があると思います」

 総務省「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、「きまって支給する現金給与額」は27万9800円。しかもこれは従業員が10人以上の1〜4号の警備業務を担う企業を合わせた平均額だ。

 3、4号警備についてはまた回を改めて仕事内容を紹介するとして、本稿ではこれ以降、「施設の警備」や「雑踏・交通誘導の警備」に該当する1、2号警備の現場を紹介していく。そのなかでも特に、工事やイベントに立つ警備員たちは、天候によって仕事が潰れることがあるため、給料が安定しない。今回の1、2号警備経験者への取材では、年収は300万円前後と答える人が多かった。

「給料はほぼ最低賃金。世間では月払いが一般的ですが、私のいた会社では週払い。それくらい金がない人が多かった」

「警備業界は給料の支払いが週払いのところが多いのも特徴。それに慣れてしまうと金欠状態から抜け出すのが難しくなります」

「年度末が近づくと、発注先の国や自治体が予算消化のため工事を増やす傾向があり、警備の仕事も同時に11月から3月頃は繁忙期に。一方で、新年度が始まる4、5月はまだ予算が決まっていないため、閑古鳥が鳴き続ける。給料は日給制。この時期は本当に生活できない」

高齢者がカラダを酷使する仕事

 これでは家族など養えるわけがなく、若手が参入してこない。前出の「賃金構造基本統計調査」では、警備員の平均年齢は51.6歳。これも1〜4号警備全体の数字で、より瞬発力や判断力が問われる3、4号に若手が集まりやすいことなどを勘案すると、1、2号の平均年齢はより上がるだろう。

 こうして現場には高齢警備員が多く集まり、さらに給料は上がらないという負のスパイラルに陥る。あまりにも高齢者が多いことから、現場経験者からは「警備業は、老人のセーフティネットにすらなっている」という声もあるほどだ。

 そんな高齢者の多い1、2号の警備で最も必要なもの、それが「体力」だ。体を使った仕事の多いブルーカラーのなかでも、重たい荷物を運ぶことがほとんどないために警備業は「体力がない人が就くブルーカラー業」、と思われがちだか、そんなことはない。

 基本、仕事が始まれば立ちっぱなし。外での仕事が多いため、夏は暑く、冬は寒い。直射日光に晒されようが木枯らしに吹かれようが、自分の持ち場を離れることができない過酷な仕事。筋力は必要なくとも体は酷使するのだ。

「現場はとにかく高齢の警備員ばかり。本当に何かあった時に対応できるのか不安」

「ひとりのポストで交通誘導する時はトイレに行けないので、膀胱炎率が高いと聞きます」

「現場にいる警備員の多くは歯がないかボロボロです。クルマがない。あってもこちらもボロボロの軽自動車です。どれもこれも、やはりお金がないからです」

見送られた外国人労働者の受け入れ

 この「人手不足」は、人口が減少しつづける日本においては由々しき大問題だ。その対策として、各業種では昨今「外国人労働者」を積極的に受け入れる傾向があり、すでに建設業や製造業、コンビニなどでも外国人労働者を目にすることがある。

 その一方で、外国人が警備をしている姿はあまり見たことがないのではないだろうか。

 結論から言うと、外国人でも警備員にはなれる。

 冒頭で紹介した通り、警備業には欠格事由が定められているが、外国人であってもその条件をクリアしていれば警備員にはなれるのだ。だが、外国人が日本で警備員になろうとした時、最も高いハードルになるのが「ビザ」だ。

「学生ビザ」を保有している留学生の場合、資格外活動許可があれば週28時間までアルバイトは可能だが、報酬や条件が高くない警備業は、彼らにとっても他業種を押しのけて選択する理由が乏しいのが現状だ。

 また、正社員として働くには「就労ビザ」が必要になるが、警備業においては就労ビザが出ることはほとんど不可能に近い。もし外国人が警備をしていた場合、彼らの多くが「留学生アルバイト」や「定住者」などである可能性が高いといえる。

 警備業界としては外国人労働者受け入れには前向きで、全国警備業協会の検討部会では、特定技能の新分野としての指定を数年前から目指していた。しかし今年3月、自動車運送業、鉄道、林業、木材産業の追加が閣議決定されるなか、警備業は選ばれず。5年後の指定を目指し、引き続き業界の意向の調査・研究を継続するとしている。

たかが棒振り、されど棒振り

 現場に立っている時、警備員はどんなことを思うのだろうか。世間に知っておいてほしいことを聞いてみた。

「警備員は現場で監督や作業員に怒鳴られることが多いので、自尊心が低くなってしまいます。なので道路で見た時は優しくしてあげてほしい」

「世間からは低く見られる仕事。『この棒振り野郎』と言われる場面もあります。たかが棒振り、されど棒振り。積極的に工夫し考えるのがプロです。水道をひねって水が出るのは当たり前ではない。それと同じく気付かれないし感謝もされないけど、なくなればこの世の中は混乱します。現場にはあなたたちの仕事はそういうもだと言っております」

 ひたすら街や施設で立ち続ける仕事。通行人に「ありがとう」や「ご苦労さま」と言われると非常に嬉しいという。

「ビル前で通勤してくる社員さんたちを毎朝ビルの入口で見守っていますが、挨拶してくれる人はいつも同じ人たち。そりゃ覚えてますよ、何せ僕ら警備員ですからね」

 本稿読後、外で見る警備員の見え方が少しでも変わっていればいい。現場の警備員各位には、最大の敬意を送りたい。

橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

デイリー新潮編集部