作新学院の小針崇宏タイプか、仙台育英の須江航タイプか。背格好がどことなく似ているから、つい甲子園優勝監督たちと比べてしまう。93年ぶりにチームをベスト8へと導いた大社の指揮官・石飛文太監督には小針監督や須江監督が登場した時のような、高校野球の新しい監督像を感じずにはいられなかった。

「自分たちがやってきたこと、仲間を信じて、しっかりブレずにやっていこうと。本当に仲間を思って、一人ひとりが行動する野球をしています。最後は、点は取れませんでしたが、8、9回はよくつないで、自分たちのやりたいことをブレずにできたと思います」

 どこまでも選手を称える言葉は、試合に勝っても負けても、石飛監督が貫いた姿勢だった。


準々決勝で神村学園に敗れたが、93年ぶりのベスト8入りを果たした大社ナイン photo by Ohtomo Yoshiyuki

【強豪校を次々と撃破しベスト8】

 大会前、32年ぶりに出場した島根の県立高校がベスト8に進出するなど、予想した人はいなかっただろう。しかも1回戦でセンバツ準優勝の報徳学園(兵庫)を破り、2回戦では九州の新進気鋭の強豪・創成館(長崎)に競り勝ち、3回戦では全国制覇の経験もある早稲田実業(西東京)を破ってしまったのだ。

 彼らの戦いぶりを見ながら思ったのは、「旋風」や「ミラクル」といった勢いよく勝ち上がった公立校につけられがちなフレーズは当てはまらないということだ。

 守備でのカバーリング、攻撃での走塁などの徹底事項。試合での状況判断、サインプレーに至るまで、甲子園で勝つチームが有している選手のポテンシャル以外の部分を、ほぼ備えていたからである。

 見る側としては、どうしてもエースだったり、4番であったり、選手の能力に目が向いてしまいがちになってしまうが、どんなにいい選手がいようとも、甲子園で勝つには組織としての取り組みが必要になる。チームとして徹底すべきことが整理されていれば、選手たちも迷いなく戦うことができる。

 今大会の大社にとって、エースの馬庭優太、3番・捕手でキャプテンも務める石原勇翔、俊足のリードオフマン・藤原佑たちが選手として注目を集めたが、個々の能力だけに頼ることは決してなかった。

 そんな大社のチーム力が存分に発揮されたのが、延長11回タイブレークの末に勝利した3回戦の早稲田実業戦だ。

 1対1の7回表に、中堅手の藤原がなんでもないセンター前ヒットを後逸。打者走者が一気にホームまで還ってきて、大社は致命的な1点を許してしまう。それでもチームが沈むことはなかった。

 再三の好守備を見せた三塁手の園山純正が証言する。

「積極志向というのをチームのテーマにしていて、藤原がああいうプレーをしてしまったんですけど、『大丈夫、大丈夫』って、チームで前へ、前へという思考がある。それが勝利につながっているのかなと思います」

 9回裏、相手のミスに乗じて同点に追いつくと延長に突入。大社はタイブレークでも攻守にわたり躍動した。

【選手たち主導で考える勝つための準備】

 タイブレークは無死一、二塁からのスタートとなる。ほとんどのチームがバントで走者を進めるが、10回表、早稲田実業も当然バントでの進塁を狙った。だが大社は、攻撃的守備で進塁を許さなかった。過去には、2019年夏の甲子園で智辯和歌山が星稜(石川)とのタイブレークでやった"ピックオフプレー"だ。

 走者一、二塁でのピックオフプレーは、投手が投球モーションに入ると一塁手と三塁手がチャージをかけ、遊撃手は三塁へ、そして二塁手が一塁のベースカバーに入る。

 早実の打者・灘本塁が三塁側へバントすると、三塁手の園山が打球を捕球して三塁へ送球し封殺。早稲田実業のチャンスを消した。

 園山は言う。

「あのプレーは、自分たちで決めてやりました。普段から自分たちで試行錯誤しながら練習してきました。自分たちで研究してきたことが、あの場面でのプレーにつながっていると思います」

 さらに11回表、早稲田実業はバントをせず強行策に出るが、得点を奪うことはできなかった。これは10回表の大社の守備が影響したことは間違いない。

 そして11回裏、ドラマは起きた。無死一、二塁から6番・高橋蒼空に代わり安松大希が代打で出て、送りバントを成功させた。これはのちに石飛監督がベンチで立候補を募ったというエピソードが紹介されている。

 じつはこの時、早稲田実業の内野手は10回表の大社と同じようにピックオフプレーを仕掛けている。しかし投手がボールを投げてしまい、失敗に終わっている。このプレーを成功させるのがいかに難しいのかがわかるシーンだった。

 バントシフトが緩くなったところで、安松は三塁線に絶妙なバントを成功(結果は内野安打)させた。無死満塁となったところで、真庭がセンター前へ弾き返し、大社が勝利した。

 投げる、打つ、走るといったレベルはもちろん、どうやって得点を挙げていくか、失点を防いでいくかといった戦い方がチームとして整理されていた。つまり、大社は甲子園で勝つための準備をしていた。しかも、それらが監督ではなく選手たち主導で行なっていたところに、このチームの強さがある。

 石飛監督は言う。

「どう守るか、どう点を取るかは、選手と一緒に相談しながらやっています。ただその意見交換というのは、状況などを考えて、まず選手たちで話し合います。そこに僕が入る感じで、選手たちの話を聞きながら、迷っている選手がいれば声をかけます。(早実戦の)代打バントの時もそうです。立候補があって、『オレはいけると思う。どうだ?』っていうような会話がありました」

 大社ナインの思い切ったプレーは、監督の指示のもとに動くのはなく、選手自らが決めて実行しているところがベースにある。

 甲子園での戦いを振り返り、石飛監督に「3つの勝利で見えたものは何か?」と問うと、こんな答えが返ってきた。

「やはり目標に対して、ブレずにいることだと思います。そして、その目標に対して現在地がどこで、何が足りなくて、これからどうしていけばいいのか......それを主体的に考えて行動すること。これは間違っていなかったと思います。選手がどうしたいか、チームとしてどうしたいか、これを常に問いながらやっています。そのなかでリーダーシップのあるキャプテンの石原や、ショートの藤江(龍之介)が引っ張ってくれました。選手の主体的な取り組みには手応えがあります」

 これまで高校野球、なかでも甲子園に出場するようなチームは、指揮官の力によるところが大きかった。しかしこの夏、大社が実践した選手主導の戦いは、新たな高校野球の可能性を示したと言えるだろう。

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