2対1で関東一を下し、初優勝を飾った京都国際ナイン photo by Ohtomo Yoshiyuki

【バント→バスター変更の理由】

 ストライクがほしかった。いや、取らなければいけなかった。

 0対0で迎えた10回表。無死一、二塁から始まるタイブレークで関東一は勝負をかけた。初球を投げる前。ファースト、サードが本塁、ショートが三塁ベースへ走る。ブルドッグシフトと見せかけ、セカンドが二塁ベースに入るけん制を見せる。二塁走者に思いきったスタートを切らせない準備をしたところで、初球にブルドッグシフトをかけた。

「(シフトは)いつも練習しています。(甲子園でプレーしていない)下の学年もみんなやっています」(関東一・伊藤慎二コーチ)

 ファースト、サードが本塁へチャージをかけ、ショートが三塁ベース、セカンドが一塁ベースへ走る。左打者に対し、投手は外角にストレートを投げ、三塁手の前にバントをさせるのが狙いだ。ところが、坂井遼の投げた133キロの外角直球はバントの構えをする左打者の外側に外れるボールとなった。

「ボールから入ったのが痛かったですね。ボールから入るとヒッティングの確率が上がる。一番悔しい部分ですね」(関東一・米澤貴光監督)

 思いきってチャージをかけるブルドッグシフトは、ヒットゾーンが大きく広がる。リスクが大きい作戦だ。基本的には何度もかけるシフトではない。だからこそ、ストライクを投げ、1球でバントさせたかった。

 打席に立っていたのは、9番の投手・中崎琉生(るい)の代打・西村一毅だった。同じ投手だが、小牧憲継監督は西村の打撃に信頼を置いている。2年生の三塁手・清水詩太は「(先輩なので)言いづらいんですけど......」と前置きをしたうえで言う。

「小牧さんはいつも『中崎が投げていると打線が落ちる』と言うんです。西村のほうがバッティングはいいですし、バントもうまい。西村を信頼していると思います」

 9回まで4安打無失点。実質"完封"の好投を見せた3年生エースに代わりに打席に入った2年生の西村はバントの構えで見送る。この時点で、ベンチの小牧監督は「ファースト、サードがチャージをかけてきたら打て」というジェスチャーを見せていた。

 2球目。関東一はもう一度シフトをかけるが、またもボール。3球目、西村はバスターの動きを見せて見送りストライク。そして、4球目。その前のバスターの構えにもひるまず、ファースト、サードがチャージをかける。それを見た西村は、4球続いた外角のストレートをレフト前にはじき返した。

「プレスをかけてきたので、裏をかいて打ちにいきました」

 そう言ったのは西村。小牧監督はこう補足する。

「基本はバントのサインです。年間を通じて(相手野手が)出てきたら打つ練習はしています。もし失敗しても怒りません。任せているこちらに責任がありますから」

 もちろん、関東一もバスターは頭にあった。だが、打者有利のカウントにしてしまったことで、余裕がなくなっていた。坂井は言う。

「(初球ボールで)カウントを悪くしてしまった。(4球目は)カウントを取りにいった球です」

 投じたのは、134キロのストレート。最速151キロの坂井からすれば、明らかに球威のない球だった。

 無死満塁で前進守備。裏の攻撃があるとはいえ、坂井には「1点もやれない」という意識が働く。1番の金本祐伍に対し、坂井はギアを上げて148キロの速球を投げ込むが、制球が定まらない。9回にスライダーで死球を与えた影響もあり、変化球を投げる余裕はなく、すべて直球でフルカウント。6球目は147キロのストレートがワンバウンドとなり、押し出し。守護神として必ず最後のマウンドにいた男が、背番号11の大後武尊にマウンドを譲った。

【京都国際が2点目を取れた意義】

「『勝ったな』と思いました」

 そう言ったのは、三塁走者の清水だ。「勝った」というのは、試合の勝敗ではない。ライトの成井聡に対してだ。大後がマウンドに上がった10回表無死満塁。ひとり目の打者・2番の三谷誠弥の打球はライト右への浅いライナー性のフライになった。タッチアップするには、飛距離は足りない。だが、清水は果敢にスタートを切った。

「浅かったですけど、ライトの捕った体勢を見たら(体が)浮いていた。いい球を投げる体勢じゃないなと思いました。自分は今日打てていなかったし、やれることは走塁と守備で貢献すること。腹をくくって、迷わず強気でいきました」

 清水の見立てどおり、ライトからは好返球は来ず、ファーストに低い送球を返すのが精一杯。背番号5は悠々とホームインした。結果的に、この1点が勝敗を分けた。ライトは強肩の成井。なぜ、いい送球ができなかったのか。

「2番で体が大きくない。前に落ちる打球が多いので、浅く守っていました。打球はライナー性だったんですけど、思ったより伸びてきて、ジャンプする感じで捕りました。打った瞬間は、(タッチアップは)来ないかなと思ったんですけど、ランナーには(捕球した時の)体勢を見られたんだと思います」

 じつは、成井は9回裏の打席で右腕に死球を受けている。当たったのはエルボーガードがある部分だったが、「ちょっと違和感がありました。それで、ワンバンになってしまった」。死球を受けた直後のイニングだったのが、送球にも影響した。

 無死一、二塁から始まるタイブレーク。1点で終わるか、2点目を取るかで、戦況は大きく変わってくる。2点が入ったことで、10回裏、京都国際は投手・西村がバント処理をミスして無死満塁になっても、内野陣は前進守備ではなく定位置で守ることができた。

 ショートゴロの間に1点を失い、その後、四球で一死満塁になった時も、二遊間は前進守備を敷かず、ベースライン上に守った。一打サヨナラ負けの場面ではあったが、ゴロを打たせ、一つひとつアウトを積み重ねればいいと思えたことが、苦しい場面を乗り越えることにつながった。

 試合中、ベンチで小牧監督はこんなことを言っていたという。

「我慢比べだよ。あわてず、普段やっていることをやろう。普段やっていることをできないほうが負けるよ」

 タイブレークが始まった直後、ブルドッグシフトの初球。もし、あそこでストライクを投げられていれば......。いきなりのバスターはなかっただろう。いつもできていたことができなかった。関東一の歯車が狂った大きな1球だった。