山中慎介が井上尚弥の次戦を予想 ファンが望む中谷潤人との対決は「想像するだけでも楽しい」
山中慎介インタビュー 前編
米『リングマガジン』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングで2位に名を連ねる"モンスター"井上尚弥と、同9位の"ネクストモンスター"中谷潤人。井上はスーパーバンタム級、中谷はバンタム級と現在は階級が違うが、ふたりが圧倒的な強さを見せ続けるにつれ、ファンの間で対決を望む声が大きくなってきている。
中谷は7月20日、ランキング1位の指名挑戦者ビンセント・アストロラビオ(フィリピン)を1ラウンドでKO。井上は9月3日(東京・有明アリーナ)にTJ・ドヘニー(アイルランド)との防衛戦に臨む。井上の次戦の展望、中谷の前戦や井上との対戦が実現した場合の展開などについて、元WBC世界バンタム級王者の山中慎介氏に聞いた。
2023年の年間最優秀選手賞に選出され、今年6月に表彰された井上尚弥 photo by Kyodo News
――まずは9月3日の、井上尚弥選手とドヘニー選手の4団体王座防衛戦から伺います。ドヘニー選手は現在37歳で、WBOスーパーバンタム級2位。2018年8月には、かつて山中さんと激闘を演じた岩佐亮佑さんにも勝利していますね。
「岩佐のあとも高橋竜平(IBFタイトル防衛戦)、中嶋一輝(WBOアジア太平洋タイトルマッチ)で勝っていて、ここまで日本人に負けなしです。それでも、尚弥を相手にするのはしんどいでしょう」
――ドヘニー選手の特徴は?
「老獪なテクニックと、一発のパンチが怖い。昨年の10月には、元アマチュア全米王者の(ジャフェスリー・)ラミドをKOしていますね」
――体に厚みがあって、ガッシリした印象がありますね。
「計量が終わってから試合までの体重増加が、相当にあるんじゃないかと思います。『10キロ以上増やしている』という情報もありますね。体が強くてパワーもあり、30戦26勝(20KO)4敗と戦績も立派。これまでKO負けは一度もありません。
ただ、相手が尚弥となると、厳しい展開が予想されます。スピードが違うので尚弥に触れることも難しいかもしれません。圧倒的なスピード差で、ドヘニーは初回からついていけなくなるはず。ドヘニーがパンチを打ち出したところに尚弥がカウンターを合わせて、一発で終わらせることもあり得ます。いずれにせよ、序盤でKO勝利する可能性が高いと見ています」
――ドヘニー選手は、年齢がパフォーマンスに影響している部分もあるでしょうか。
「直近3試合をKO勝ちして尚弥と試合をするチャンスを掴みましが、37歳となると徐々に落ちてくる年齢だと思います。試合までの調整でも体重が落ちなかったり、疲労が抜けなかったりという場面が出てくるでしょうね」
――尚弥選手がスーパーバンタム級で戦ってきたスティーブン・フルトン選手、マーロン・タパレス選手、ルイス・ネリ選手と比べていかがですか?
「その3選手に比べると少し見劣りします。決してドヘニーが弱いというわけではなく、尚弥の相手として考えるとどうか、ということですね」
――現在のスーパーバンタム級で、尚弥選手にとって最も難敵といえる選手は?
「ネリ戦のあと、次の対戦相手に挙がったサム・グッドマン(IBF&WBO1位)も厳しいでしょうし......挑発を続けていたジョンリル・カシメロ(世界3階級王者)も、負傷引き分けだった前戦の小國以載との試合を見た感じだとパフォーマンスはいまひとつ。最も見てみたいのはムラドジャン・アフマダリエフ(元WBAスーパー・IBF統一王者)ですが、いずれにしても尚弥の勝利予想は揺るがないでしょう」
【中谷潤人の進化】――そんななか、尚弥選手の将来的な対戦相手として熱い視線が注がれているのが、WBCバンタム級王者の中谷選手です。今年7月に、尚弥選手と同じ米大手プロモーションのトップランク社と契約したことも、実現に前進したことになるのではないでしょうか。
「トップランク社は、その対決を見越して契約した可能性が高いでしょう。中谷はバンタム級の統一戦線で、弟の井上拓真と戦いたいと口にしています。中谷が描いているストーリーは、まず同じ階級の拓真を倒し、階級を上げて兄・尚弥との対戦に向かうという流れでしょう」
――中谷選手と拓真選手の統一戦が実現したら、ビッグマッチになりますね。
「拓真もかなり実力がある王者ですからね。ただ、中谷のここ数戦の試合内容や勝ち方は、特にインパクトがありました。バンタム級4団体の日本人王者のなかでは、中谷が頭ひとつ抜けている印象です」
――山中さんが解説を務めたアストロラビオ戦(2024年7月20日・両国国技館)、中谷選手は1ラウンド2分37秒、左ボディーストレート一発でKO勝利。見事な初防衛戦でした。
「ランキング1位の選手を相手にあの内容ですからね。その前のアレハンドロ・サンティアゴ戦(6ラウンドTKO)も、相手に何もさせずに圧勝。バンタム級のトップレベルの選手をまったく寄せつけずに勝ち続けています」
――中谷選手はアストロラビオ戦の立ち上がり、距離を取りましたね。
「サンティアゴ戦と同じく、試合の入りはそうなるだろうと思っていました。相手は一発がある選手だから長い距離で戦うはずと。アストロラビオにとっては、どう距離を詰めてパンチを届かせるかがカギでしたが、その前に一発で決まりましたね」
――KOパンチのボディーストレートには、まったく反応できていませんでした。
「そうですね。2発、3発と上に打ったあとですし。アストロラビオは上のパンチにはしっかり反応してガードしていたのですが、上だと思っていたところに、タイミングよくボディーをもらった感じです。見えないところからの一発は本当に効くんですよ。当たったのは、おそらくみぞおちよりも下だったと思いますが、強烈でしたね」
――アストロラビオ選手は一瞬こらえようとしましたが、耐え切れずにダウンしてしまいました。
「一度こらえようとして、しゃがむ。ボディーが効いた時のリアルな動きでした。10カウントでも回復しないダメージでしたね」
―― タイミングのよさに加えて、一発の強さも増したでしょうか?
「中谷はアストロラビオ戦に向けて、『一発を強くする練習をしてきた』と言っていましたが、重みが出てきた印象です。今後、階級を上げるならさらにパンチは強くなっていくでしょう」
――中谷選手は、試合をする度に驚異的な強さを見せつけていますね。
「そうですね。まだ26歳で、バンタム級では2試合しかしていませんから、今後どこまで強くなるのか想像がつきません」
【井上尚弥vs中谷潤人が実現したら、試合展開はどうなる?】――尚弥選手は、7月16日の会見で「あと2年くらいはこの階級(スーパーバンタム級)でやる」と明言しました。中谷選手は、バンタム級統一戦線の進み具合によっては早めの階級アップの可能性もあるでしょうから、対戦が現実味を帯びてきました。
「本当にタイミング次第ですね。仮に1年後に実現するとすれば、そこまでの中谷の成長を考えても非常に面白い試合になるでしょう。ふたりはファイトスタイル、パンチの系統も違いますから、どんな試合になるのか楽しみです」
――仮に試合が実現した場合、勝負のポイントはどこになりそうでしょうか。
「距離でしょうね。バンタム級に上げてからの中谷は、まず距離を取って、体のフレームの大きさを活かして戦います。そこで尚弥に、どれだけ"やりにくさ"を感じさせることができるか。そこがカギになりますね」
――自分の得意な距離で戦えるかどうかがポイントになる?
「中谷は相手からすると、かなり遠くにいるように感じると思います。スタンスも広く取るので、なかなか中に入れない。尚弥がそれを苦にせず、自分の距離まで詰められたらペースを握るでしょう。ただ、中谷は近い距離でも強いんですよ。中に入ったからといって簡単には攻略できないはずです。そういった展開を想像するだけでも楽しいですね(笑)」
――もしかすると、スーパーバンタム級ではなくフェザー級でぶつかる可能性もあるでしょうか。
「タイミング次第では、それもあり得ますよね。中谷の骨格を考えると、今のバンタム級よりスーパーバンタム級かフェザー級のほうが適正な階級だと思います。本来のパワーをしっかり発揮できるという意味では、フェザー級が適しているかもしれません。ただ、尚弥はフェザー級に上げることには慎重ですし、さまざまな条件が噛み合えば、という感じでしょうか」
――8月3日付の『リングマガジン』のPFPランキングでは、尚弥選手が2位で中谷選手が9位。それもふまえて、ふたりが対戦するとなれば間違いなく盛り上がりますね。
「間違いないですね。会場はまた、東京ドームになるのかなと。無敗の日本ボクシング界の宝が対決するのはもったいない気もしますが、今後のふたりの成長を楽しみながら、行く末を見守りたいです」
(後編:ボクサー那須川天心の才能を絶賛 対決の機運が高まる王者・武居由樹の次戦の展望は?>>)
【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)
1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。