これまで組織の中で一定の成果を出してきたにも関わらず、リーダーとなった後は仕事を自分で抱え込み手一杯になっている、またはチームをうまくまとめられず能力が十分発揮できていない。そのような悩みを抱えるリーダーは少なくない。では、行き詰まるリーダーには何が不足しているのだろうか……
12年間経営コンサルティングに従事し、WEBメディアの運営支援、記事執筆などを行うティネクト株式会社の代表、安達裕哉さんに、「プレイングマネージャーの落とし穴」について伺った。

「自分がやったほうが早い」のワナ

「頼むなら自分でやったほうが早いな…」と感じたことはないでしょうか。
特に仕事ができるリーダーや新任マネージャーにおいては。

しかし、この「自分がやったほうが早い」という考え方は、実は大きなワナです。最初は効率的に見えるかもしれませんが、長期的には自分自身やチームに、確実に悪影響を及ぼします。

そもそも、リーダーが全ての仕事を自分でこなすことは不可能であり、できてもせいぜい、2,3人分といった所でしょうか。しかも、仕事を抱え込んだリーダーの時間的な余裕はなくなり、ストレスと疲労によって、最終的にはリーダー自身のパフォーマンスが低下します。

また、リーダーの個人的な問題よりもさらに影響が大きいのが、リーダーが全ての仕事を自分でこなすことで、チームメンバーの成長に大きなデメリットがある点です。

例えば、チームメンバーが新しいアイデアを提案する機会が減る、仕事の進め方を覚えることができない、タスク管理ができるようにならない、品質の確認をする機会を失う、などです。
メンバーのスキル向上なくして、チームのパフォーマンスを向上させることは不可能であり、また、チームのパフォーマンスの限界がリーダーの限界と同じであれば、そのリーダーにリーダーたる資格はないと言えます。

また、リーダー自身が「人を使う」技術を身につけることもできません。
リーダーシップは他者を導く能力であり、他者に仕事を任せることで初めて発揮されるものです。

ハーバード・ビジネス・レビューでは、リーダーが全てを自分でやろうとすることの危険性について警告しており、リーダーの仕事量が増えると、不安や燃え尽き症候群が生じ、より価値の高い仕事が未完了になること、また、従業員は信頼されていないと感じ、士気とエンゲージメントが低下し、成長の機会が不足すると従業員の離職につながることについて警告しています。価値の高い仕事が未完了になること、また、従業員は信頼されていないと感じ、士気とエンゲージメントが低下し、成長の機会が不足すると従業員の離職につながることについて警告しています。

なぜ任せられないか?

このように、「リーダーシップの欠如」のデメリットは、いくらでも挙げることができますし、 「リーダー自身もそれを認識している」ことが殆ど でしょう。

にも関わらず、「任せることのできないリーダー」が存在し続けているのはなぜでしょうか?
巷でささやかれている理由は、主に下の二つでしょう。

一つは、 リーダー自身が非常に優秀なプレーヤー で、他の人に任せると時間がかかり、質が落ちると感じている場合です。
自己効力感が高いリーダーは、自分がやることで最も効率的に仕事が進むと信じています。しかし、これは、短期的には事実ですが、半年、年単位で観察すると結果が変わるでしょう。

そしてもう一つは、 リーダー自身のスキル不足によって他者への依頼が苦手 で、他人に任せるとストレスが増えると感じる場合です。
適切な指示やフィードバックを行うことができないリーダーや言語化能力が低い上司は、他人に仕事を任せることが難しく、結果として「自分でやったほうが早い」と思うことが多くなります。
さらに、チームメンバーに対する信頼が不足している状態であると、リーダーは自分で全てをこなそうとします。信頼関係が築けていないと、他人に任せることが不安になるからです。

これら二つは、納得感がある理由です。

しかし。

もう少し突っ込んだ話をすると、上の二つは「表層的な理由」と言わざるを得ません

そもそも 「何で任せられないのですか?」とリーダーに聞いたとき、上の二つはリーダーも認識しており 、今更言うまでもない、と思っているリーダーが殆どではないでしょうか。
結局のところ、

「わかっているけどできない」
というのが、権限移譲の問題の解決が難しいところなのです。

なぜ「わかっていてもできない」のか

では、一体なぜ、「わかっているけどできない」、「わかっていてもできない」のか。
例えば営業のマネジャーのケースを仮定してみましょう。

ある企業の営業部のマネジャーがいます。
部下は4名。
一人当たり50社程度の担当を抱えていますが、自分でも50社程度の担当を持っているプレイングマネジャーです。
期首に与えられた売上の目標はチーム全体で1億円です。

そして、マネジャーは期首に目標達成のシナリオを、いくつか考えるでしょう。

シナリオ1
自分一人で5,000万円は何とか作れそう。そのためには売上の見込みがある顧客を自分に集中させる必要がある。
残りの5,000万円は、4名の部下で2,000万(ベテラン)、1,500万(中堅)、1,000万(若手)、500万(新人)と言う形に割り振って、何とかやらせる。 

シナリオ2
自分が5,000万もやるのは部下の成長のために良くない。自分は上限1,000万円にする。
残りの9,000万円は、4名の部下で3,500万円(ベテラン)、2,500万円(中堅)、2,000万円(若手)、1,000万円(新人)と、全員に高めの目標を持ってもらい、危なそうなら自分がカバーする。

さて、この2つのシナリオ、どちらを選択するでしょうか?

当然、シナリオ2のほうが「任せている」ことになりますが、実際には部下に対して、達成できるかどうかわからない「高い目標」を課すことができるのは、かなりの腹決めが必要です。なぜなら、

部下が達成できなかったら自分の責任になる 自分が抱えている良いお客さんを、部下に渡していかなければならない 全員の仕事の進捗を気にしなければならない 部下に目標をやりきる能力があるかどうか未知数

といった、 「不確定要素」が大きい からです。

シナリオ1は、ほぼ期首に「やれる」ことがわかっていますが、部下が育たない。
シナリオ2は「やれるかどうかわからない」けど、部下が育ってくれば、チームはもっと強くなる。

この 「やれるかどうかわからない」リスクを取るのが本質的にはリーダーの役割 です。

すなわち「任せられない」事の本質は、リーダーが部下に任せるリスクをとっていない。
つまり、自分の責任を放棄しているところから、端を発しているわけです。

「任せられない」ことの本質は技術ではない

ここまでくるとお判りでしょう。
「任せられない」のは、技術がないからではありません。

未知のことに対して「ビビっている」からです。

高い目標を部下に与えることに、ビビっている。
しかも、そこから逃げている。

そうしたことを部下は全部、見透かしています。
ビビっているリーダーには誰もついていきません。

腹を決めてください。
こいつらと心中するのだ、と。

プロフィール

安達裕哉

1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、デロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。 品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。 大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。
現在はマーケティング会社「ティネクト株式会社」および生成AIコンサルティング会社「ワークワンダース」 の代表として、コンサルティング、webメディアの運営、記事執筆などを行う。

代表著書 『仕事ができる人が見えないところで必ずしていること(日本実業出版社)』
『頭のいい人が話す前に考えていること(ダイヤモンド社)』 X(旧Twitter) 安達裕哉