「マクドナルドが高すぎる!」…ビッグマック「2800円」論争が映し出す、「アメリカ人の悲惨な生活」と大統領選での「怒りの矛先」

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ビックマックと米大統領選挙

アメリカではビッグマックまでが庶民にとっては「ぜいたく品」となってしまった…。

前編「「ビッグマック」セットが2800円もするなんて高すぎる!…マクドナルドが火をつけた米「ハンバーガー戦争」の仁義なき戦い」でお伝えしたように、アメリカでは、そんなニュースが話題となっている。

この話は誇張された面はあるが、マクドナルドをはじめ、ファストフードチェーンやフランチャイズ店舗がポテトや飲み物など「必須」のサイドを大幅に値上げすることでもうけを出している構図が浮かび上がる。多くのセットメニューが新型コロナウイルス流行前の2倍近くに値上がりしており、低所得層を中心に客足が遠のき始めた。

これに慌てたマクドナルドは、おトクな5ドル夏季限定セットメニューの提供を開始し、客を呼び戻そうと必死だ。米国ではこの他にも、バーガーキングやウェンディーズなどライバルのファストフードチェーンをはじめ、ターゲットなど大手小売チェーンでも夏季限定の値下げを断行して、客をつなぎとめようとしている。

つい最近まで相次ぐ値上げをおとなしく受容してきた消費者が、にわかに売り手に対して強くなったように見える。

このマクドナルドへの怒りは、バイデン大統領に向かうだろう。

インフレに苦しむアメリカ庶民は、対照的に株価の値上がりで資産を膨らました富裕層からの支持の高いバイデンを11月の大統領選で投票するのか、いま注目されている。

アメリカ人の家計は火の車

値下げ競争が起こっているのは、ファストフード分野のみではない。4四半期連続で既存店売上が前年を下回った小売大手のターゲットは5月に、プレミア感で評判の食品プライベートブランド(PB) であるエバースプリングやグッド・アンド・ギャザーなど5000品目を、夏季限定で値下げをすると発表した。

無塩バター1ポンド(およそ450グラム)が3ドル99セントから20セント(32円)値引き、オーガニックほうれん草の5オンス(約140グラム)袋が3ドル29セントから30セント(47円)引きなど、小幅な値引きではあるが、5000品目をカバーすることで「塵も積もれば山となる」効果をもたらす。

ドイツ発祥のディスカウントストアであるアルディや、ドラッグストア大手のウォルグリーンズ、ネット小売大手アマゾンの生鮮部門であるアマゾンフレッシュまでもが追随して、夏季限定の値下げを相次いで打ち出している。

これだけ多くの売り手が一斉に値下げを断行するのは、もちろん慈善事業のためではない。低所得層を中心に多くの消費者の貯蓄が底を尽いてぜいたくがしにくくなり、息切れを起こしているからだ。実際に、ターゲットやスターバックスなどでは売上が前年比割れしている。

ほくほくの「富裕層」

一方で、富裕層ではインフレの悪影響はあまり大きくない。それを如実に示すのが、消費の統計だ。まず、米国内総生産(GDP)の約70%は消費が生み出している。そして、米労働統計局によれば、2022年に世帯年間収入の最も高い上位2つの五分位階級が消費額全体の62%を生み出す米消費の牽引役となっている。

つまり、米GDPの半分近く、43%が裕福層の消費によるものだ。そして、米GDPの堅調な成長が持続し、消費が衰えないのは、裕福層がサービスを中心にカネを落とし続けているからである。米調査企業ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミストであるマーク・ザンディ氏は、「高所得層が消費し続ける限り、消費関連指標は堅調だ」と述べている。

中間層や低所得層でも消費額は伸びているが、その大部分はインフレにより物価が上昇して、今までと同じ生活、あるいは切り詰めた生活をしても支出が否応なしに増えた結果である。

先述のように、多くの世帯が生活に必須の支出を優先させた結果、「ぜいたく」に属する外食やブランド品の消費を切り詰めている。ファストフードチェーンや小売大手は、こうした現実に対応して、売上を維持するために値下げをしているのだ。

民主党系のシンクタンクである米経済政策研究所によれば、低所得層の所得が2019年から2023年の間に12.1%上昇した。だが米労働統計局の調べでは、2020年3月から2024年3月の間に、米食品価格が24.6%上昇している。賃上げが物価上昇のペースに追いついていない。

家賃も保育費もすべてが「爆上がり」…

もちろん、問題は食費だけではない。

米住宅取引サイトのジローによれば、家賃は2019年から2023年の間に全米平均で30.4%も上昇した。月々の支払いが2000ドル(31万5000円)であった家庭は、単純計算で2600ドル(約41万円)が必要となる計算だ。

加えて、バイデン大統領が就任した2021年1月から2024年1月の3年間に電気代が30%近くも上昇していると米ブルームバーグが報じている。支払い月額が300ドル(4万7000円)であった家庭は、今や390ドル(6万1000円)が必要だ。

また、子供の保育費も値上がりが止まらない。金融大手の米バンクオブアメリカが自行の顧客にアンケート調査をしたところによれば、2019年から2023年の間に保育費が30%上昇している。

これが結果的に女性の労働参加率を抑制する一因となっており、米ワシントン・ポスト紙の経済記者であるヘザー・ロング氏は、「保育費値上がりの抑制をしなかったバイデン大統領が、今週の選挙で一部の票を失う要因となるかも知れない」と指摘している。

その他、米労働統計局が調べた自動車保険料は2023年1月から2024年1月の間だけで20.6%も上昇。住宅保険は2022年と2023年を合わせて20%上がり、2024年もさらに6%の上昇が予想されると、米ニュースサイトのアクシオスが伝えた。

また、医療保険や学費、通信代、クルマの価格やローン金利など、およそ考え得る家計の固定支出で大幅に上がっていないものはない。貯蓄の取り崩し、クレジットカードのリボ払い利用などで何とかしのぐ家庭が増えている。

ちなみに、米連邦準備理事会(FRB)の2022年消費者金融調査によると、トランプ前大統領の支持者が多い労働者層の中心を構成する高卒者では、平均貯蓄残高は2万3380ドル(約351万円)であるのに対し、バイデン大統領支持者の多い大卒者は11万6010ドル(約1740万円)と、およそ5倍の「クッション」を持つ。

不満が「怒り」に変わるとき

民主党の選挙プランナーであるブラッド・バノン氏は6月14日付の米政治サイト「ザ・ヒル」に寄稿し、現状を「米国人は怒り、悲観的になっている」と分析した。

そして、2016年の大統領選挙で共和党のトランプ候補と対決した民主党のヒラリー・クリントン候補が一部有権者の経済的な困窮を無視した一方で、トランプ候補はそれを自分に有利になるよう活用したと指摘し、今回の選挙でバイデン大統領が有権者の痛みを傾聴して認めなければ接戦に勝利できないと示唆した。

筆者の肌感覚としても、多くの米国人有権者の無力感からくる「不満」が「怒り」に変質し始めているように思える。衣食足りて礼節を知ると言うが、バイデン政権はまず困っている有権者の痛みを共有しなければ、選挙の日に怒りの審判を受ける可能性が高い。

「ビッグマックの恨み」の矛先

在任中に株価が上がった、GDPが伸びた、電気自動車(EV)の購入に潤沢な補助金を用意したという「バイデノミクス」のスローガンは、持ち家や金融商品など保有する資産価値が上がり、より裕福になった都市部住民たちにはウケがよいかも知れない。しかし、票田としてバイデン氏が今最も必要とする労働者層の多くには現実味があるものとして感じられない。

ビッグマックのセットメニューが好きな時に家族で楽しめるという庶民のささやかな願いもかなわないなら、多くの有権者はトランプに流れないまでも、棄権したり、白票を投じたり、「第3の候補」に票を投じて、バイデン大統領を罰するのではないだろうか。

なお、6月27日(日本時間28日)には、バイデン氏とトランプ氏による第一回目のテレビ討論会が開催される。

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