逮捕には、実はなかなか難しい定義があるのです(写真:花咲かずなり/PIXTA)

世の中は毎日、たくさんのニュースであふれています。経済ニュース、政治ニュース、国際ニュース……分野はいろいろありますが、最も身近なのが事件や事故に関連するニュースではないでしょうか。誰々が逮捕された、告訴した、起訴された――普段何気なく耳にしている言葉ばかりですが、いざ誰かに「逮捕って何?」と聞かれて、正しく即答できる人は、実はそういないはずです。産経新聞社で長らく事件報道を担当した三枝玄太郎氏が2024年4月に刊行した『事件報道の裏側』から、抜粋・編集してお届けします。

逮捕にはいくつも形がある

「〇〇署は×日、殺人未遂容疑で、東京都△△区〇〇の会社員、▽▽××容疑者を逮捕した」


皆さんはこんなニュースを新聞やテレビやインターネットで日々、目にしていると思います。

では、いきなりですが質問です。逮捕とはいったいなんでしょうか?

そんなこと簡単じゃないか。警察が容疑者に手錠をかけることでしょう、と思われるかもしれません。しかし、逮捕とは実はなかなか難しい定義があるのです。というのも、逮捕の“形”は一つだけではないからです。

憲法33条にこんな条文があります。

「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となっている犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない」

これは刑事訴訟法の元ネタにもなっている憲法の大事な条文です。

平たく言えば、警察は通常、逮捕状がなければ、犯罪の嫌疑がある人物を逮捕することができないということです。

逮捕状とは、刑事ドラマでよく「おい、○○(容疑者の名前)、お前に逮捕状が出ている」なんて言って目の前に突き出す、あの紙ですね。

ある県で殺人事件があったとしましょう。警察が捜査を開始したところ、Aという人物が被害者の自宅周辺の防犯カメラに映っているのを見つけました。裏付け捜査を進めると、Aの指紋が現場から検出されます。

「こいつで間違いない」。そう思っても警察はAを逮捕できません。逮捕状がないからです。逮捕状とはAの氏名、住所、罪名(この場合は殺人罪ですね)、被疑事実の要旨などが書かれた紙で、これを司法官憲つまり裁判所(地方裁判所か簡易裁判所)に行って発布してもらわなくてはなりません。家宅捜索するときも同じで、裁判所から捜索令状を発布してもらわなくてはいけません。

逮捕状を示して逮捕することを「通常逮捕」といいます。メディアで報道される事件は、たいていがこの通常逮捕です。

あなたも「逮捕」ができる

ところで、先ほどの憲法33条の「何人も令状がなければ、逮捕されない」という一文をもう一度よく見てみてください。何か気づきませんか? 

実はこの文には「誰に」という部分が抜けているのです。

どういうことでしょうか。これは、今、この本を読んでいる皆さんも泥棒を逮捕することができるという意味なのです。

あなたはコンビニエンスストアで万引をする男を目撃してしまいました。男はそのまま出て行ってしまいそうです。警察を呼びたいところですが、あたりに交番はない……。そこで、持ち前の正義感を発揮し、店から出たところで男に声をかけます。

男はびっくりした顔であなたを見ましたが、観念して「やりました」と言い、かばんに入れた商品を見せました。この場合、犯罪を見つけたあなたが男を逮捕することができます。逮捕状は必要ありません。これが「現行犯逮捕」です。警察官以外の人が逮捕しているので「常人逮捕」という言い方をすることもあります。

現行犯逮捕は憲法では例外の扱いですが、実際には意外に多いのです。

1981年の犯罪白書におもしろい統計が載っています。警察庁が全国で1979年1月から1980年6月までの間に全国で発生した金融機関強盗188件を調べたところ、検挙された128人の内訳は、警察官による現行犯逮捕が32.8%、一般人による現行犯逮捕が25.8%もあり、合わせて6割にも達しています。

話を万引犯に戻します。駆けつけたお巡りさんはニコニコ顔です。「ありがとうございます」「いえいえ……」「では、ちょっと署までご同行願えますか」「ちょっと待ってよ、何で私が警察に!?」。

刑事ドラマでは、署に同行されるのは犯人1人と相場が決まっています。しかし実は、泥棒を現行犯で捕まえて、お巡りさんに引き渡せば終わりではないのです。

これにはれっきとした理由があります。裁判が始まると、現行犯の場合でも、検察は裁判所に「現行犯人逮捕手続書」という書類を出さなければなりません。検察官はこの手続書に目を通してから公判に臨む必要があります。

手続書には逮捕について、そのとき、その場所の状況を詳細に書いておかなくてはなりません。そのため、逮捕した人間にもしっかりと事情聴取する必要があるのです。

緊急逮捕も逮捕状はいらない

通常逮捕と現行犯逮捕の違いをお話ししてきましたが、このほかに緊急逮捕というものがあります。緊急逮捕も逮捕状がいりません。

ある日の深夜、民家が全焼しました。警察官が駆けつけたところ、目撃者が現れました。

「どう見ても中学生くらいの、髪を赤く染めた女の子が民家のそばから出てきたと思ったら、走っていなくなってしまった。すると20秒ほどして、女の子が出てきたあたりから火の手が上がったんです」

逃げられてしまったから現行犯ではありません。しかし、深夜に中学生くらいの髪が赤い女の子なんて、そうそういるものではありません。はたして数時間後、近くの繁華街を管轄する警察署から「赤い髪をした女の子が歩いていたので職務質問したところ、ライターを持っており、『民家に火をつけた』と話したので、逮捕しました」と連絡がありました。

この場合、逮捕状はありませんが、十中八九この子が犯人だろうという警察官の判断で例外的に逮捕することができます。これが緊急逮捕です。

このほかにも、再逮捕、別件逮捕、あってはいけないことですが誤認逮捕などがあります。逮捕と一口にいっても、その形は本当にさまざまなのです。

(三枝 玄太郎 : フリーライター、元産経新聞記者)