国内のファッションブランドでは、2024年秋冬シーズンの展示会がスタートした。百貨店やセレクトショップのバイヤーが都内の展示会場を回り、気に入ったウエアや服飾雑貨をオーダーする。パリやミラノ、ロンドンでコレクションを発表している帰国組の日本人デザイナーをはじめ、国内最大級のファッションイベント「楽天ファッション・ウィーク東京」でショーを行っているデザイナーも意欲的に商談を行っている。新型コロナウイルス感染症の位置づけが「5類感染症」に移行した昨年5月以降、多くのブランドは売り上げが回復。さらに円安、インバウンド需要も重なり商品の供給量を増やしている。その一方、昨年から生地(服地)の調達や整理加工、編み立て、縫製でタイトな状況が続く。各デザイナーは、リスク管理をしながら慎重に生産を進めている。

人手不足による納期遅延が発生

欧州でファッションショーを行い、ビジネス規模を拡大させているデザイナーの多くは、日本国内で数多くのアイテムを生産している。尾州(愛知県尾張西部から岐阜県西濃部)や播州(兵庫県南西部)、桐生、京都などで高品質なオリジナル生地を製作し、協力工場で服の縫製を行う。その中間には整理加工という、織り上がった生地を柔らかくする工程や難燃性を加味したり、臭いを消す加工も必要になる。各ブランドが重要視する「生地の風合い」もここで決めなければならない。しかし、一部でサンプル製作や量産段階で納期遅延が発生している。新型コロナ禍、商業施設の臨時休業に端を発したアパレル企業の売上不振で生産能力を意図的に落とした工場では、昨年から募集をかけても人が集まらず、さらに帰国した外国人技能実習生も日本に戻らない状況となった。特に安価な海外生産に押された労働集約型の縫製工場は賃金アップが難しく、県の最低賃金レベルで募集をかけているケースも散見される。生き残るためにリストラを断行したが、需要が回復すると皮肉なことに人手不足が常態化した。元々、高齢化で細々と操業していた中小の工場も多く、ある有力デザイナーは「新型コロナ禍で工場が廃業し、日本で縫製できなくなった」と明かす。

「ファセッタズム」2024秋冬

現在の状況はどうか。昨年は縫製で苦心していたブランド「サカイ」(阿部千登勢デザイナー)では、タイトな状況がやや緩和されたと言う。しかし、この状況は「常態化する」(サカイの生産管理担当)としながらも、縫製工場が徐々に対応に動いたことを明かす。手の込んだオリジナル生地の調達規模が大きい「ファセッタズム」(落合宏理デザイナー)では、1カ月程度早めに発注して展示会、生産に間に合わせた。「縫製はやや落ち着いてきたが、今度は生地の生産が難しくなってきた」(ファセッタズムの生産管理担当)と指摘する。

「カナコサカイ」2024秋冬

国内産地の職人と協業してコレクションを制作する「カナコサカイ」(サカイカナコデザイナー)は、京都・丹後の民谷螺鈿「焼箔」の織物を採用し、ビスチェなどを打ち出した。この織物は銀箔を和紙に貼り、その銀を硫化させたもの。生地を細く裁断、織り込みながら繊細なグラデーションを表現している。デザイナーのサカイ氏は「国内の希少な技術や生地を今後も使いたい。生産が難しくなっているのは事実だが、こうした技術を世に訴求するのもデザイナーの役目」と話す。海外進出を標榜しており「こうしたテクニックは必要不可欠」とした。織物産地である山梨県富士吉田市の職人と協業した「リトゥンアフターワーズ」デザイナーの山縣良和氏は「後継者不足、人手不足の解決は難しい。若く素晴らしい職人もいるが伝統的な織物、生地を採用するベースが乏しい」と説明する。同産地の織物を使用する欧州ブランドやファッションデザイナーも存在するが、ロットが小さくビジネス規模が限られる。山縣氏は「僕ら(ファッションデザイナー)が採用することで規模を拡大できれば」と述べた。

大手海外メゾンと国内工場との提携が加速

気になるのは、ラグジュアリーブランドを展開するLVMHモエヘネシー・ルイヴィトンやケリング(グッチ、バレンシアガなどを製造販売)が、岡山や京都など国内産地の工場、メーカーと契約し、生地の供給を本格化させたことだ。円安が長期化し、欧州から見れば日本の生地は格段に割安だ。ラグジュアリーブランドに生地や織物を供給してきたイタリアのメーカーも廃業が相次ぎ、同じく高品質な生地を生産できる日本のメーカーに目をつけた。ある国内ブランドは「すでにデニム生地の調達、ジーンズの縫製が難しくなった」と説明する。「メゾン・ミハラヤスヒロ」を展開するデザイナーの三原康裕氏は「日本のファッション業界が先延ばしにしてきた課題が(新型コロナ禍後に)一気に表面化した」と分析する。脆弱な生産背景のまま、大手ファッション企業は「国内工場にコストカットを迫っていた」との声も聞かれる。今でこそ大手企業も工場との共存共栄を謡うが、実態は異なる。日本繊維輸入組合が発表した2022年度のアパレル輸入比率は98.5%で、国産の割合はわずか1.5%である。さらに人手不足や後継者問題、資金的な理由で廃業を余儀なくされる工場の根本的な課題解決は難しい。希少性があり、技術力の高い工場は減少の一途をたどっている。昨年に一部で納期遅延があった「ビューティフルピープル」(熊切秀典デザイナー)では、生地発注や縫製の注文を1カ月程度早めているが「対応が後手に回れば、国内生産が難しくなる。我々デザイナーが中長期的に工場、職人をサポートできれば」(熊切氏)と意欲を示す。加工料のアップだけではなく、継続的な発注やデザイナーが連携して繊維産地に仕事を委託、供給するなどその方法を模索している。Written by 市川重人Image via FACETASM, KANAKO SAKAI