年々相談件数も増え、社会問題ともなっている「ゴミ屋敷」。『ゴミ屋敷住人の祖父母を介護した話』の著者で漫画家・西園フミコさんは20代後半のときに父方の祖父母の「ゴミ屋敷化」が発覚。そこから、2日間にわたる壮絶なゴミ屋敷の片づけを経験されました。今回は西園さんが経験したゴミ屋敷の片づけやその背景などご紹介します。

ゴミ屋敷のとらえ方が、今と昔で全然異なる

――ゴミ屋敷の片づけと介護の実体験を交えて描かれた『ゴミ屋敷住人の祖父母を介護した話』(扶桑社刊)が今年2月に発売されました。本作では実体験に加えて、当時を振り返って「今、思うこと」についても描かれていますが、西園さんのなかで今と昔で「ゴミ屋敷」に対する意識変化などありましたか?

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西園フミコさん(以下、西園):ニュースをはじめとして、いろんなところでゴミ屋敷が取り上げられていますが、その取り上げ方って令和の今と、私が片づけていた当時では全然違う。昔はゴミ屋敷の住人=迷惑な人みたいなものが多くて、どこかおもしろネタみたいに扱っていたことがあったと思うんです。

でも、今はその相談件数も増えて、ゴミ屋敷の形成の裏には精神疾患などの事情がある可能性を知っている人が増えた。そうやって社会が変わっていったから、一方的に「祖父母が悪くて、私は被害者」といった描き方はしないようにしつつ、それでいてエンタメとして楽しんでもらうには…とバランスを悩みましたね。

――ゴミ屋敷の形成には、認知症や発達障害、うつ病などの精神疾患が関係する場合もあったり、さまざまな背景がありますもんね…。

西園:この漫画を通して、私と似たような境遇で悩んでいる方に届いたらいいなと思って描きました。あとは、今は全然問題がなくても、親や自分の“老い”は絶対にくるし、健康面でなにかの不調が突然起こるかもしれない。

日常生活を送るうえで、“片づけ”は避けては通れないけれど、突然その“片づけ”という項目ができなくなる瞬間が生まれることだってある。ゴミ屋敷の問題はだれにでも起こりうること。だからその万が一のリスクに「こんなものがあるんだ…」みたいな読まれ方もしてもらえたらうれしいですね。

ゴミ屋敷の片づけは強烈な思い出。けれど、意外と忘れていた

ーー「ゴミ屋敷化」は決して人ごとではないですよね。当時のことを思い出しながら執筆されたかと思いますが、もし改めて描きながら思い出したことなどあれば教えてください。

西園:いくつかありますが、意外と忘れているな…というのがいちばん大きかったです。もちろん、炎天下で行われた大掃除のことや悪臭、そこで発見された“トイレのぬか床”、すずらんテープでできた異様な結界…など、強烈なことは覚えています。ただ、細かい部分は覚えてないんですよね。

だから漫画を執筆する際も、母と話して思い出したことがいくつもあったし、当時自分がつけていた日記を読み返して『そういえば液状化したグレープフルーツを踏んだな…』みたいなことも思い出しました(笑)。

――漫画を見たりお話を伺うとゴミ屋敷の片づけの壮絶さが伝わってきますが、その経験はトラウマになっていたりしませんか?

西園:自分でも少し意外ですが、今もトラウマにさいなまれているということもないんです。日記を読み返しても、つらさよりも“懐かしさ”の方が大きくて。あれだけ強烈な体験をしても、ある程度年月が経てば“喉元過ぎれば熱さを忘れる”というか、本当に全然へっちゃらなんですよね。

その要因としては、単行本のあとがきでも書かせてもらいましたが、漫画にすることでこの大変だった出来事を“しょうか”させたことが大きいのかな…と。今では、私のすべらない話の1つでもあるし、これがきっかけで仕事の機会ももらった。なおかつ、これを読んでくださった方から感想や共感などもいただいて。

ゴミ屋敷の元住人の祖父母も亡くなりましたが、ポジティブな体験ではないし、楽しいことでもない。でも、適宜、人に話したり、漫画にしたり、伝えることができた。だから自分のなかで思い出を“昇華”することもできたし、“消化”することもできたんだと思います。

あとは、発覚した当時からひとりで抱え込まずに、プロの方を頼ったり、友人に話したりして、モヤモヤを外に出していました。多分ひとりでため込んでいたら私自身がつぶれてしまっていたかもしれませんが、そのおかげもあるかも。「プロの助けを借りる」、それがこのゴミ屋敷の片づけで学んだ教訓のひとつです。