適性検査やリーダーシップ研修はなぜ人気なのか…元人材開発コンサルが明かす「能力の見える化」の落とし穴
■なぜ「適性検査」が存在するのか
【真衣(母)】それにしても、このコーヒーおいしいね。どうやって見つけたの?
【マル(娘)】豆チャートを参考にしたんだ。コーヒー豆ってたくさん種類があるじゃない? これがないと素人目にはなにを選んでいいかわからないからさ。飲んでみるまでわからないってのは困るから、便利。
【ダイ(息子)】レーダーチャートで目には見えない特徴がわかり、さらにはまわりと比較したときの特徴をも可視化する……。既視感がある(ガサゴソ。カバンからA4サイズの紙を取り出す)。
【真衣】わぁ。これダイの? 特徴が見える化されてるじゃん。それに、誰と誰の特徴が似ているかまでマッピングされている。
【マル】まさにコーヒー豆と同様に、人の特徴がわかるようにできている。課題設定力が平均より高くて、リーダーシップは平均以下と。でも、論理的思考力が高く、行動力もまずまずと。お兄ちゃん、意外にバランスがいいね。
■人材開発業界の大ヒット商品「適性検査」
【ダイ】なんだよ、意外って。完璧な人間なんていないんだぞ。でも、僕は豆じゃないんだよ。勝手に平均と比較されたり、類似性でマッピングされたり。うぅ……。
【真衣】母さんもコンサルティング会社にいたころは、こういうシートを基にクライアントにフィードバックをしていた。平均より小さくいびつに表された自身のレーダーチャートを見て、うつむくダイのような人がいれば、逆に「俺ってやっぱり天才かも」とドヤ顔の人もいた。まさに悲喜こもごも。
【マル】人間もコーヒー豆同様に、ぱっと見では酸味があるのか、苦みが強いのか、わかんない。中身の「人となり」がわからないと、選び間違えるかもしれない。だから、「科学的にあなたの成分を調べましたよ」というのは説得力がある。
【真衣】そう。「いやいや、こんなのそもそも幻の能力に基づくものですから!」なんて言う人には出会ったことがない。これぞ人材開発業界が生んだ大ヒット商品「適性検査」ってやつですね。
これをやらないと、「社員のことをよく知らないまま、配置や抜擢などの重要な決定をしていませんか?」との批判に遭いそうなオーラまである。
■売れ筋は「リーダーシップ診断」
【マル】もはや当たり前のものとして浸透してるのね。ほかには、どんな商品が売れ筋なの?
【真衣】そうだなぁ、やっぱり「リーダーシップ診断」かな。
【マル】出たな、「リーダーシップ」。でもさ、リーダーシップって、そんなに調べなきゃダメかね? チームにはリーダーより、ふつうのメンバーのほうがよっぽど多くいるわけじゃん? なんでそんなリーダー、リーダーって言うんだろう。
【真衣】いいポイント。おっしゃるとおり、単に「能力を計測できる」というだけでは、リーダシップ診断をはじめとする能力評価はここまでのヒット商品にはならなかったと母さんも思う。能力商品を売って売って売りまくるのが人材開発業界。個々の「能力」を知らねばならない理由もしっかりとつけて、売り歩いてるよ。
【ダイ】これを知らなきゃ話にならない、知らないとヤバいですよ、と相手に思わせる営業術か。
■企業の業績を決める要因は何か
【真衣】この戦略については、人材開発業界の華麗なる商品開発の歴史を追うと、見えてくるんだ。
さっそくですが、企業は業績を創出する=お金を稼ぐために、さまざまな手立てや武器になる経営資源を持っているんだけど、ダイは、どんなものが企業の業績創出に影響を与えるか知っている?
【ダイ】うん! そりゃ優れた「戦略」や「ビジョン」があるかとか、優秀な「人材」を抱えているか、とかじゃない? たしかそれを整理したフレームワークもあったな。
【真衣】「経営資源の7S」ね。戦略、人材、ビジョン、組織体制、制度、スキル、組織風土(組織運営スタイル)。
【マル】経営資源のフレームワーク? ちんぷんかんぷんだわ。
■業績の約3割は「組織風土」で説明できる
【真衣】ひらた〜く言えば、儲かる企業とそうでない企業との間にどういう違いがあるかを分析して、業績創出のカギとなる要素を、網羅的かつだぶりなく検討するための枠組み。
【ダイ】なにがその企業の「競争優位」になるか、って言ってもいいかもね。
【真衣】そうそう。では、ここで質問です。このような経営資源のうち、最も業績への影響度が高いため、業績創出に向けて最も注力すべきとされるものがあります。それはなんでしょうか?
【マル】うーん、「ビジョン」ってお兄ちゃん言ったよね? やっぱ、そういう一丸となる気持ちが大前提で大切なんじゃない?
【ダイ】最も? どれも大事だと理解してきたから一つを選ぶのは難しいな。でも、さっきのフレームワークって戦略コンサルが提唱してたはずだから、「戦略」に一票!
【真衣】ブッブー。お二人とも残念。というか、今の質問、「最も業績に影響する経営資源」を調べたのは、人材開発系のコンサルティング会社最大手、ヘイグループ(※)なんです。ごめんあそばせ。
※2015年にコーン・フェリーと合併し、現在はコーン・フェリー・ジャパン。合併後の社名だと主要事業をミスリードする可能性があるため、以下ヘイグループという旧社名のまま使う
【ダイ】なんだよ、提唱者を先に言ってよ。
【マル】人材開発業界の巨人が言いだすってことは、影響度が高いのは「人材」なんじゃない?
【真衣】それもブブー。残念。
【マル】あれ、そうなの? 人材開発会社なのに「人材」が一番って言わないんだ?
【真衣】うん、ここがポイントだから聞いて。答えは「組織風土(組織運営スタイル)」なんだ。ヘイグループは、業績(成果)の約3割は「組織風土」で説明できるとし、最も影響度が高いと言う。意外にも「人材」とは言わない。
■優れたチームは優れた風土をもつ
【ダイ】意外だなぁ。
【マル】組織風土って、わかるようでわからない言葉ね。
【真衣】そう思うでしょう? でもね、この話を聞くと、わかるはず。途端に「組織風土教」に入信したくなるよ。2012年に、ヘイグループの社長(現在はコーン・フェリー・ジャパン社長)高野研一氏が、こんなコラムをビジネス誌『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』(ダイヤモンド社、2012年11月12日号)に寄稿している。
■経営者としては耳が痛い
【真衣】この小話は、実際のコンサルティングの現場でも、セールスの序盤で、印籠のように出すことが多い。「組織風土が大事なのに、ご自分の組織風土を調べたことないんですか?」とはじめれば、大概相手の耳はダンボになる。
【マル】そりゃあ、一番大事なものについて見落としているかのように言われたら、経営者としては耳が痛い。研究成果をスポーツの世界に置き換えてもらうと、高校生の私でも親しみと実感が湧いてくるしね。
【真衣】ふふ、これは母さんの勘ぐりだけど、組織風土が一番影響する、っていう設定も、研究結果とはいえ、お見事だなぁと思う。だって「最も大切なのは人材です」と人材開発業界の人たちが言ったら、どう思う?
【ダイ】そりゃそうだな、って。
■組織風土を決めるのは「リーダーシップ」
【真衣】だよね。その点、組織風土には意外性がある。
「組織風土が一番影響しちゃうんですよ。ところで、組織風土と聞いて、それをどうやって改善していくか、ご存じですか? 戦略なら戦略コンサルに任せればいいのですが、組織風土となると、我々がお手伝いせずして、貴社内でどこまでできそうですかね? 『風土』はそのなかにいる方にとって空気のような存在なので、なにが風土かに気づくのは実はなかなか困難。だから組織風土改革は難しいのです。もちろん我々の杞憂(きゆう)だといいのですが……」
なんて具合に、鉄板の営業トークは進む。
【マル】恐るべし。「こんな重要なことを考えずに人事部にいらっしゃるんですか?」と暗に仄めかすくらいの勢いがある。
【真衣】さらにもう一つ質問です。組織風土の醸成にたいへん大きな影響を与えると言われる、ある「能力」があるのですが、それはなんでしょうか。
【マル】スポーツチームで考えると、要は組織風土とは、組織のカルチャーとか雰囲気ってことでしょう? なんだろう。
【ダイ】雰囲気の影響ってでかいよなぁ。たとえば会社でも、闊達(かったつ)に意見を交わせる会議もあれば、口を挟めない雰囲気が漂う会議もある。その違いといえば、その会議に参加している上司の態度によるかもな。よって、答えは、組織のトップ、チームの大将の佇まいによる! あ、でも佇まいは能力とは言わないか。うーん。
【真衣】うん、ほぼ正解。ここでヘイグループは、「リーダーシップ」という能力が組織の雰囲気、つまり組織風土を決めると、研究成果から述べるんだ。
【ダイ&マル】ついに本丸、リーダーシップの登場!
■組織風土の7割はトップで決まる
【真衣】組織風土はリーダーシップへのほんの布石でございました。先の高野氏はこう続ける。
次いで高野氏は、こう畳みかけるんだ。
【ダイ】これは強烈だ。反論できやしない。
【真衣】これを言った瞬間の爽快感たるや。まさにセールスのキラートーク。相手の顔がみるみる不安気に変わる。
【マル】性格わるっ。
【真衣】「組織風土に最大7割もの影響を及ぼすのが、なんと当該組織のトップ、つまりあなたのリーダーとしての一挙手一投足、立ち居振る舞い、一言一句なんです。あなたのリーダーシップが、組織の空気を決め、またそれがなんと業績に最も影響しているんですよ?」なんて言われて、ドギマギしないほうがおかしいでしょう?
【ダイ】これは効くぜ。どんな企業も業績創出がミッションなのだから、「私のリーダーシップは大丈夫でしょうか?」って診断を受けたくなるわな。
■リーダーシップ研修が売れる理由
【真衣】そうでしょう。「いろいろと闇雲に手を打つ前に、業績はあなたの『リーダーシップ』にかかってます」と言われたら、「それを自分は今、100点満点の何点くらい持ってるんだろうか?」と知りたくなるのが人情。自分以外にも、「売り上げが落ち込んでいるあそこの部長は、『リーダーシップ』に問題があるのかもしれない。調べさせよう」と発想するのも無理はない。リーダーシップを測って、平均以下だったりしたら、「引き上げるために、この『リーダーシップ研修』をどうぞ。業績創出への近道です」とつなげば完璧。
【マル】能力を調べなきゃ話にならないよね、とその気にさせる秘訣(ひけつ)はこれか。
【真衣】うん。うまいこと商品化されているでしょう。母さんもこんなことを何千回言ったかわかんないのよ。時効ってことで許してね。
「リーダーシップのスコアの貴社業界平均は××なので業界のなかで飛躍したいのであれば、あと×ポイント上げていかないといけません。上げるのにお薦めな方法は、弊社のリーダーシップ開発プログラムを受講いただくことです」ってさ。
【ダイ】自分の知らない、業績を上げる秘訣が、組織風土やリーダーシップにあるらしい。でも、残念ながらそれらには計測器があって、乗れば簡単に測れる体重計のようなものではない。リーダーシップ測定と開発のプロに任せるしかないんですよ、と言ってしまう。ふむ、お見事。
【マル】そこまで言われると、リーダーシップなんて我が社には関係ありません! と言えるほどハートの強い人はそうそういない。
【真衣】社会人なら当然知りたい、知るべきリーダーシップ。売れる土俵は整ったでしょう?
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勅使川原 真衣(てしがわら・まい)
組織開発コンサルタント
1982年横浜生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。BCG、ヘイ グループなど外資コンサルティングファーム勤務を経て独立。2017年に組織開発を専門とする、おのみず株式会社を設立し、企業はもちろん、病院、学校などの組織開発を支援する。二児の母。2020年から乳ガン闘病中。
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(組織開発コンサルタント 勅使川原 真衣)