ドーミーインが「夜鳴きそば」を提供し続ける理由
ドーミーインの無料夜食サービス「夜鳴きそば」。その魅力を探っていきます(提供写真)
男性はもちろん、昨今は女性や外国人観光客など、多くの人が利用しているビジネスホテル。各ホテルはそれぞれに、代名詞とも言えるサービスや設備を持っている。けれど昨今のホテル選びでは価格ばかりが注目され、提供側がこだわっているポイントにはスポットライトが当たっていないこともしばしばだ。
そこでスタートしたのがこの連載、「ビジネスホテル、言われてみればよく知らない話」である。各ビジネスホテルの代名詞的なサービス・設備を紹介し、さらに、その奥にある経営哲学や歴史、ホスピタリティまでを紐解いていきたい。
初回は、ドーミーインの「夜鳴きそば」とサウナについて、前後編でお届けする。
ゲストの4割が食べる夜食。“ご当地アレンジ”も
国内外に96ホテルを展開するビジネスホテルチェーン、ドーミーイン。コロナ禍が明けた2023年からその業績は右肩上がりに伸び、平均客室稼働率は8割を超えている。
こちらの代名詞の1つ「夜鳴きそば」は、21時半〜23時の間、何杯でも無料で食べられるドーミーインオリジナルの夜食だ。23時以降にチェックインするゲストには、夜鳴きそばの味に近いオリジナルカップ麺『ご麺なさい』を希望があれば無料で渡している。
夜鳴きそばは出張族への認知度が高く、宿泊客の約4割が利用する人気サービスだ。クセのない醤油風味が幸いして、全体の約2割を占めるインバウンド客にも好評。それも、慣れない手つきながら、スープやフォークではなく箸で食べているという。
(※外部配信先では写真をすべて見られない場合があります。その際は東洋経済オンライン内で御覧ください)
インバウンドを含め、宿泊客の約4割が食べる(提供写真)/外部サイトでは写真をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内で御覧ください
ゲストからの反響について、ドーミーイン事業本部・首都圏事業部の部長を務める平山恵一氏は、「かなりメジャーになっていて、お喜びやお褒めの言葉をクチコミで数多くいただいています。夜食というより、主食として召し上がられるお客様も増えていますね。また、仙台で言えば笹かまなどご当地食材をお客様自身で購入し、独自のアレンジを楽しまれる方も。そういったお客様のSNSでの拡散から、さらなる認知度アップにつながっています」と語る。
つまり夜鳴きそばは、広告塔としての機能も果たしているのだ。
あっさり醤油ベースの鶏がらスープにちぢれ麺を絡めて
夜鳴きそばの人気の理由はどこにあるのだろうか。
無料というお得感も強いが、支持されるのは圧倒的にその味だろう。チャルメラ屋台を連想させるあっさり醤油スープは、深みがあり、オーソドックスな「中華そば」そのもの。レシピは、ニンニクなどの隠し味を加えた醤油ベースを、鶏ガラスープで割っている。
「これでいい」を経て「これがいい」に変わる魅力を持つ。なお、写真は編集O氏が個人的に撮影していたもの
トッピングは、メンマ、あおさのり、ネギとごくシンプルだ。ときには、「お月見の日の卵のせ」「エビ天をのせた年越しそば」など、季節のイベント的なレシピが登場することもあるが、基本は全国で同じ味、同じ盛り付けで提供している。
【2024年1月18日13時50分追記】記載に誤りがあったため、一部修正しました。
夜鳴きそばを含め、提供するメニューの開発はアウトソーシングせず、全て自社のフーズ部門で担っている。各ホテルで異なるご当地メニューが登場する朝食ブッフェも、その部門の開発によるもの。夜鳴きそばは、約15年前のスタートからマイナーチェンジはするものの、大きくは変えずに味を守ってきた。
大切にしているのは、夜食として重すぎず、万人に愛される味だ。スタート当初はチャーシューが入っていたり、炊き込みなど変わりご飯を一緒に提供するサービスも行っていたそうだが、「重たい」「カロリーが高い」といった理由で、だんだんとなくなったという。
これを目当てに泊まる人も多いはず(編集O氏撮影)
材料は、朝食材料を卸している業者の協力を得て、鮮度や品質にこだわって仕入れている。そのため無料サービスながら、原価は決して安くはない。
その理由を問うと、「お客様のお喜びいただけるサービスになりますので、そこは考えずに何杯でも」と、こともなげに平山さん。価格より顧客満足を優先しているのだ。
別事業から始まった夜鳴きそば
そもそも、夜鳴きそばはどのようにして誕生したのか。ドーミーインでの提供スタートは2009年に遡る。はじまりは、リゾートホテルを展開する別事業「共立リゾート」にあった。
「笑顔という第一印象でお客様にインパクトを与える」が接客の基本(提供写真)
「共立リゾート」のホテルでは当時、入れ替わり二部制の夕食提供スタイルをとっていたという。すると17時、18時から食事をする「一部」のゲストが、どうしても夜中に小腹がすく。そのため提供していたのが「夜鳴きそば」だったのだ。
だが、これをドーミーインでも導入した理由は「小腹を満たすため」ではない。「人と人との触れ合い」に重きをおいたからだ。
「ビジネスマンは、どうしても朝食やチェックアウトまで、お部屋に閉じこもって過ごしがちですよね。夜鳴きそばをレストランで出すことによって、そのスタイルを変えられたらと。お部屋を出て、スタッフや居合わせたお客様と、少しでも会話を楽しんでいただけるきっかけになるのでは……という思いでした」(平山氏)
夜鳴きそばが、無機質になりがちなホテル滞在に彩りを添えてほしい。そんな狙いがあったのだ。
だがコロナ禍、突然にインバウンド需要が消失したように、浮き沈みの激しいホテルビジネス。これまで、経費のかさばる夜鳴きそばサービスをやめようという声は上がらなかったのだろうか。
「さきほどの原価の件もそうですが、お客様が喜んでいただけるサービスを提供することが、私たちの使命だと思っています。そして、どうせやるのであれば、“お一人様何杯まで”など制限をつけず、原価や手間をいとわないのも社風です」(平山氏)
元々ドーミーインの歴史は1979年、受託給食事業からはじまった。その後寮の経営に乗り出し、長期滞在が基本の寮に対して、「出張で1泊だけ使えないか」という社員からの要望があったことがホテル経営のきっかけに。
体制を構築していくなかで、「非日常の堅苦しい場所」というよりも、「寮や家と同じ感覚で、ゆっくりとくつろげる場所」を目指すビジョンが固まっていった。そうして、「我が家のような寛ぎと快適性」がドーミーインのコンセプトになったのだ。
『天然温泉 浪漫湯 ドーミーイン神戸元町』のツインルーム(提供写真)
客室にもその想いは反映されている。象徴的な例が、ベッドの近くにコンセントや操作盤をすべて集めた構造だ。「ベッドに横になったままスマホを見たり、さまざまなアイテムに手が届く」ワンルームの部屋のような空間が演出されている。
実際、筆者がドーミーインに宿泊する際にも、どこかアットホームな居心地の良さが感じられる。それはこの客室であり、夜鳴きそばであり、スタッフの親しみやすい笑顔に起因するのだろう。また、カップ麺「ご麺なさい」にも、実家からの仕送りのような温もりが漂う。
「愛されるサービスは変えない」という矜持
これまで、ほぼ同じ味を15年間守ってきた夜鳴きそば。社員は出張の際ドーミーインに泊まり、味の確認も含めて必ず食べるそうだ。毎回食べることで、些細な変化にも気が付けるからだ。
ただ、なかには食べ過ぎて、すでに飽きているという人も……。今後、新しい展開は考えているのだろうか。
15年間変わらぬ味を守る(提供写真)
尋ねると、「ゆくゆくは、さまざまな味を提供しようという声も社内にはあります。ただ、そうすると今喜ばれているコンセプトがぶれてしまう可能性もあります。ですから今はまだ、基本の醤油味を大切にしていきます」と平山氏は説明してくれた。
愛されるサービスは、簡単には変えないという矜持。そこにドーミーインのホスピタリティの原点があるのかもしれない。後編では、1ホテルをのぞいてグループ全てに完備されるサウナから、ドーミーインの経営哲学をつまびらかにしていく。
(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)