2028年にテレビ広告市場を「リテールメディア」が超えると予測されている。その特徴はどこにあるのか。セブン&アイ・ホールディングスの望月洋志さんと日経クロストレンドの中村勇介さんの共著『小売り広告の新市場 リテールメディア』(日経BP)より、セブン‐イレブン・ジャパンの最新事例を紹介する――。
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■セブン‐イレブンが「メディア」になった日

2022年9月1日、セブン‐イレブン・ジャパンに聞きなれない部署が設置された。その名も「リテールメディア推進部」。同推進部はセブン‐イレブン・ジャパンの広告事業の企画、推進を担う組織である。

一般的にメーカーの宣伝部門が広告宣伝費を使う先はテレビや新聞などのメディアだ。これまでの歴史の中で、セブン‐イレブンをメディアと捉え、メーカーの広告宣伝費が投じられたことが1度もなかったとは言い切れない。だが、少なくともリテールメディア事業を統括する商品本部リテールメディア推進部総括マネジャーの杉浦克樹氏にその記憶はない。

歴史が動いたのはリテールメディア推進部設置の約半年前。22年3月17日、リテールメディアの試験的な取り組みの一環として、セブン‐イレブンアプリ上に設置した広告枠に、セブン‐イレブンで商品を扱うメーカーの広告が配信されたのだ。試験段階ではあったが、出稿主であるメーカーからは広告費が支払われた。その出所はメーカーの宣伝部門だった。メーカーの広告宣伝費によるアプリへの広告配信は、セブン‐イレブンが本格的に“メディア”になったことの証しなのだ。

「宣伝部門の視点で見れば小売りは小売りであり、メディアではない。これまでは当社とメーカーの宣伝部門はつながりがなかった。だが、認知から購買までをつなげたリテールメディアを展開することで、市場規模が15兆円といわれる販促費と6兆円の広告宣伝費、合わせて21兆円の市場を取りにいくことも可能になる、挑戦しがいがある領域だ」と杉浦氏は実感した。

■開発のきっかけはデータを活用した販促施策

セブン‐イレブンのリテールメディア開発のきっかけは、約2000万人が利用するセブン‐イレブンアプリの購買データを活用した、自社の販促施策だ。セブン‐イレブンアプリは、買い物をすることでさまざまな特典を得られる。店舗のレジでアプリ上のバーコードを提示することで、購入金額200円ごとにマイルがたまったり、対象商品の購入でクーポンをもらえたりする。

電子マネー「nanaco」やPayPayの利用者は、それらのサービスのIDと連係させることで、セブン‐イレブンアプリ上で支払いサービスを選び、表示したバーコードで支払うこともできる。決済、ポイント管理、クーポンの利用まで、1つのアプリで利用できる。

スマートフォン向けアプリ「セブン‐イレブンアプリ」は、買い物時に店舗のレジにアプリに表示したバーコードを提示することでさまざまな特典を得られる。約2000万人が利用する(出典=『小売り広告の新市場 リテールメディア』)

セブン‐イレブン・ジャパンの視点で見れば、こうした機能を持つアプリは、いわゆるID-POSの役割を果たす。会員ごとに固有のIDを割り振り、そのIDにアプリの利用履歴や購買データを蓄積できる仕組みとなっている。

セブン‐イレブン・ジャパンはこのアプリで得た購買データを用いて、辛みが効いたフライドチキン商品「ななチキレッド」の販促施策を実施した。購買データを基に、過去にホットスナックの購入履歴がある層と、激辛メニューで知られる「蒙古タンメン中本」の即席麺の購入履歴がある層を抽出。対象層にYouTubeで動画広告を配信した他、セブン‐イレブンアプリ上にバナー広告を掲載した。

■広告と販促の組み合わせで購入率は2.3倍

結果として、単純な広告接触の有無でも購入率に61%の差が出た。さらに20円引きになるクーポンを併せて配信した場合には、購入率が2.3倍も高かった。こうした事例を通じて、「アプリの購買データを基にした広告と販促を組み合わせることで、大きく売り上げを伸ばせた。この取り組みに手応えを感じた」(杉浦氏)ことが、リテールメディア開発の決断を後押しした。

セブン‐イレブン・ジャパンはリテールメディアの本格提供の検討を進めるため、22年3月にメーカーとテストを実施。そのテストなどで効果が実証されたため、メーカー側からも評判の声が上がり始めた。特に、リテールメディアならではの認知から購買までを一貫してデータ分析可能という点は、広告の投資対効果を明確化できるため好評だという。そこで、事業化を決め、「リテールメディア推進部」という専門部署を設置した。同推進部には18人が所属しているという。

具体的な活用例は次のようなイメージだ。「新規顧客を獲得したい」というニーズを持つメーカーが広告主となる場合には、「類似カテゴリーの商品購入経験はあるが対象商品の購入経験がない層」「過去に商品購入経験はあるものの直近の数カ月間は購入していない離反層」など、3〜4パターンのセグメントを広告の配信対象として抽出する。

セブン‐イレブン・ジャパンはアプリの購買データを活用して、辛みが効いたフライドチキン商品「ななチキレッド」の販促施策を実施。売り上げ貢献に大きく寄与した(出典=『小売り広告の新市場 リテールメディア』)

■「セブン‐イレブンアプリ」利用者数は2000万人

広告の配信先は、主にオウンドメディアであるセブン‐イレブンアプリを活用する。リテールメディアで課題に上がりがちなのが、配信規模だ。ダウンロード件数は数百万であっても、月間利用率は数十%。そのうち毎日起動する層は……と深掘りしていくと、広告配信が可能な規模が絞られてしまうことは多い。

一方、セブン‐イレブンアプリは利用者数が約2000万人と桁が1つ多い。さらに「当社のアプリはDAU(1日当たりの利用者数)の規模が大きい。LINEなどのようなコミュニケーションアプリを除けば、これほど頻度が高く利用される小売りのアプリはない。高頻度で使われるコンビニのアプリという点が、リテールメディアでは強みになる」と杉浦氏は自信をのぞかせる。セブン‐イレブン・ジャパンの規模だからこそ、単独の広告事業として成立している面もありそうだ。

購買データで抽出した層に対して、セブン‐イレブンアプリ上に設置した広告枠に、バナー広告を配信する。配信期間は1〜2週間であることが多いという。広告クリエイティブはセブン‐イレブン・ジャパンが制作を代行するケース、広告代理店から入稿を受け付けるケースなどさまざまだ。配信した広告からはメーカーが設置したLP(ランディングページ)などに誘導して、商品の特徴や訴求ポイントを伝える。

■なぜ人によって配信されるクーポンが違うのか

併せて、クーポンを活用した販促施策を並行して実施することもある。ただし、配信するクーポンは一律ではない。購入経験のある層は商品の便益を理解しているため割引額が少ないクーポンを送り、純粋な新規顧客には割引額が大きいクーポンを送るといった具合に出し分ける。こうして、顧客層に合わせてクーポンを適正に出し分けることで、販促費も効率的に活用する。

広告効果は購買データで分析する。広告接触後、実際に商品を購入した新規顧客の比率はどれぐらいだったのかなど、直接的な購買への貢献度合いで測れる点はリテールメディアならではだろう。さらに、その新規顧客がその後、リピート購入しているかどうかもリポーティングする。単なる購買だけでなく、広告経由で取得した顧客のリピート率までデータとして提供されるため、中長期的な広告の残存効果を分析できる。

もしリピート購入につながらなかった場合は、その後に継続的なアプローチも可能だ。具体的には、1回購入したものの、F2転換(2回目の購入)しなかった層に絞って、クーポンを配信するといった具合だ。こうしたリターゲティング広告的な活用も、すでに実績があるという。「広告と販促をうまく組み合わせることで、継続的な購入率の向上にもつながる」と杉浦氏は説明する。こうした、リテールメディア活用の全体をリテールメディア推進部でサポートしながら、施策を進めている。

セブン‐イレブン・ジャパンは広告接触による購入率の変化、リピート購入率などを出稿主にリポートする。購買データを基に広告効果を評価できる点が、リテールメディアならではだ(出典=『小売り広告の新市場 リテールメディア』)

■「デジタル専門部隊」ではない

セブン‐イレブン・ジャパンのリテールメディア推進部が画期的な点は、設立時に商品本部の傘下に設置したことだ。商品本部には商品開発部門と販売促進部門(マーケティング部門)がある。顧客のニーズに合わせ商品開発や品ぞろえ、販促キャンペーンの企画などをメーカーに立案する部隊だ。

デジタル系の新興組織は往々にして、DX(デジタルトランスフォーメション)推進部や新規事業開発室の傘下などに、「デジタル専門部隊」として設置されることが多い。しかし、リテールメディア事業部門がそうした位置付けで設置された場合、商品本部から見れば、これまで長年交渉して獲得してきたメーカーの販促費を、異なる部署に奪われるという感覚を覚え、社内で競合しかねない。

「リテールメディアはメーカーのマーケティング課題に応えること。それには販促も含めると、商品本部との連携が肝になる」(杉浦氏)という発想の下、商品本部の傘下に設置することを決めた。このことはリテールメディアにかかわる専門家や、小売事業者から見ても理にかなっていると評価が高い。

■リテールメディア市場の将来性を占う試金石

専門部署を設置した22年9月以降は、広告商品をパッケージ化。自社だけでなく、広告代理店などを通じて販売し始めた。広告商品は一般的なデジタル広告と同様、CPMで販売する。ただし、現段階ではパッケージ商品を広く販売しているわけではない。そのパッケージ商品をベースに、出稿主の目的、購買データを活用した広告配信対象者の絞り込み、1人当たりの広告表示回数の制限などを加味して、一社ごとに適したプランニングを提案しているという。

望月洋志、中村勇介『小売り広告の新市場 リテールメディア』(日経BP)

「営業しやすいようなパッケージ商品はつくったものの、メーカーのマーケティング課題に合わせて、カスタマイズして提供している。当社もまだ学習段階だ。取り組みを通じて、メーカーがどのような悩みを抱えているのかを教えてもらいながら、パッケージ商品の改善を続けている」と杉浦氏は慎重な姿勢である理由を説明する。

セブン‐イレブン・ジャパンのリテールメディア事業は離陸したばかりだ。今後、アドサーバーの導入に合わせて、メーカーが使いやすいサービスへと改善を続ける。杉浦氏は「リテールメディアはメーカー、小売り、顧客のそれぞれにメリットがある可能性を持った事業だと思っている」と言う。小売りの巨人であるセブン‐イレブン・ジャパンのリテールメディアの成否が、日本のリテールメディア市場の将来性をも占う試金石になるやもしれない。

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望月 洋志(もちづき・ひろし)
セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部 ネットサービス開発 シニアオフィサー 兼 イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部 副本部長
セブンネットショッピングにてイトーヨーカドーのネットスーパーとネット通販の立ち上げに従事。その後、博報堂プロダクツに入社し、大手流通グループのデジタルマーケティング支援や博報堂プロダクツのデータ分析組織の立ち上げ、スーパーマーケット向けのアプリ開発の社内ベンチャーの設立に携わる。食品卸の日本アクセスに入社し、リテールDXの新規事業を担当。IT子会社のD&Sソリューションズの取締役共同CEOとしてリテールメディアのプラットフォーム事業を立ち上げた。2023年10月1日より現職。
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中村 勇介(なかむら・ゆうすけ)
日経クロストレンド 副編集長
『日経ネットマーケティング』を経て、『日経デジタルマーケティング』編集に在籍。特集「日本交通はグーグルになれるか」「電通不祥事はパンドラの箱か」など、イノベーションの先端企業やネット広告業界の課題点を示す特集の執筆を手掛けた。『日経トレンディネット』編集を経て、2018年2月から『日経クロストレンド』編集に所属。22年4月より現職。デジタル広告の新市場、デジタル技術を活用したサービス開発やマーケティング活用の先進事例など、マーケティングDX領域を中心に執筆・編集を担当。
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(セブン&アイ・ホールディングス グループ商品戦略本部 ネットサービス開発 シニアオフィサー 兼 イトーヨーカドーネットスーパー オペレーション本部 副本部長 望月 洋志、日経クロストレンド 副編集長 中村 勇介)