この記事は、小売業界の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です。本稿では、コマース・リテール領域のスタートアップを支援するVCファンド「New Commerce Ventures」を運営している筆者が、2023年に話題になったスタートアップを振り返るとともに、2024年の注目のトレンドについて、前編に続き探っていきます。

2024年注目の コマース トレンド5選:生成AIの活用から人手不足の解消まで 小売ビジネスを成長させる新たなトレンドとは?【前編】2024年注目の コマース トレンド5選:生成AIの活用から人手不足の解消まで 小売ビジネスを成長させる新たなトレンドとは?【後編】

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3. 深刻化する人手不足に応える「従業員エンパワーメント」

新たな業務効率化ソリューションが生まれてはいるものの、小売店や飲食店における人手不足はまだまだ深刻な課題となっています。特に実店舗では、従来の店舗運営を継続できず、撤退や廃業に追い込まれる店舗も増加しています。地域によっては、店舗の撤退により、近隣で買い物できないという「買い物難民」も生まれています。このような店舗の人手不足を解消するソリューションも多く誕生しています。たとえば、Amazonのジャスト・ウォークアウト(Just Walk Out)は、入店時に顧客のAmazonIDを取得、コンピュータービジョンを通じて顧客が手に取った商品を特定し、退店時にAmazonIDで自動決済されるレジレス決済システムを提供しています。また、ラダー(RADAR)は、店内や倉庫内の在庫位置情報をリアルタイムで把握できるサービスを提供しています。また国内企業では、ミューズ(MUSE)が、品出し業務を自動化する搬送ロボットを提供しています。

Image via Muse

人手不足に対応するために、こうした店頭業務の自動化・省人化ソリューションとともに成長が期待されるのが、従業員1人あたりの生産性を高める、従業員をエンパワーメントするソリューションです。従業員エンパワーメントは2種類に分けられ、1つ目は、文字通り1人あたりの生産性を高めるソリューションです。たとえば、店舗スタッフの業務管理アプリ「スタッフスタート(STAFF START)」を運営するバニッシュスタンダードは、販売スタッフが自社サイトやSNSに自社商品を紹介するコンテンツを投稿すると、その投稿を経由して生まれた売上に応じて、販売スタッフが評価される仕組みを開発しました。この仕組みにより、1人の従業員が店舗での接客に加え、インターネット上での販売促進を積極的に行うことができ、生産性が高まるというわけです。2つ目は、従業員の満足度を高めるソリューションです。労働人口が不足するなかで、離職防止・採用強化は大きな課題となっています。

Image via SparkPlug

海外では、スパークプラグ(SparkPlug)が、小売店や飲食店のスタッフが1人ひとり販売目標を設定し、目標を達成するとインセンティブが得られる仕組みを提供しています。目標達成状況はランキング化され、スタッフが閲覧できるため、スタッフの意欲を引き出す効果も生んでいます。同じくアクシアルシフト(Axial Shift)は、飲食店向けにスタッフそれぞれの売上高、チップ、シフトなどをリアルタイムで閲覧できるサービスを提供しており、ほかのスタッフやほかの店舗の実績を見ながらゲーム感覚で競争することを促しています。また、ワークスライド(WorkStride)は、スタッフに対して、給与の早期支払いや、目標達成・社内表彰時のインセンティブ提供を管理できる仕組みを提供しています。このようなインセンティブやゲーミフィケーション以外にも、福利厚生の充実や従業員向けのローン制度・教育制度など、従業員満足度を向上させるソリューションはまだまだ成長する余地があると考えており、2024年も引き続き注目したいと思います。

4. 特定のジャンルに最適化された「特化型二次流通マケプレ」

人手不足とともに社会課題となっているのが、環境問題です。企業も社会的責任としての環境対応が求められています。特にコマース・リテール領域では、アパレルの大量廃棄やフードロスが問題視されており、従来廃棄されていた製品を資源として循環させるサーキュラーエコノミーが注目を浴びています。再利用可能な原材料の開発から廃棄を削減するための製造方法やリサイクル技術、シェアリングやレンタルなど廃棄を減らすための消費方法、そして、廃棄物の回収からリセール・リユースの仕組みまで、各領域で多くのスタートアップが生まれています。リセール・リユース分野では、メルカリやYahoo!オークションに代表される二次流通マーケットプレイス、セカンドストリートやブックオフに代表される買取事業者のように、大手がすでに存在しています。その一方で、これらの市場を狙う2種類のスタートアップが成長してきています。1つ目は、イネーブラー型のスタートアップです。これらの企業は、ブランドに対して、買取から再販までの仕組みを提供しています。トローブ(Trove)は、ブランドがECサイトで商品を受け取り、検品、買い取り、クリーニング、リペア、商品撮影をして、再びブランドのECサイト内で販売する再販プログラムを提供している企業です。買い取った商品は、ECサイトだけでなく実店舗でも販売することができ、ブランドは、ECに依存せずにマネタイズを図ることができます。H&Mやリーバイス、ルルレモン(lululemon)、パタゴニア(Patagonia)、Jクルー(J.CREW)など多くのブランドも、このようなソリューションを導入しています。

Image via Trove

ブランド自身が買取から再販までを担うことにより、環境問題への対応だけでなく、これまで二次流通マーケットプレイスへ流れてしまっていた自社ブランド商品の売上を、ブランド自身が獲得することができるようになります。さらに、既存商品よりも安価で購入できることから新たな顧客層の開拓にも繋がっています。2つ目は、マーケットプレイス型のスタートアップです。この市場には、イーベイ(ebay)やポッシュマーク(Poshmark)のような大手サービスがすでに存在していますが、新たなスタートアップは商材ジャンルに特化して成長を遂げています。たとえば、家電ではバックマーケット(Back Market)、家具ではカイヨー(Kaiyo)のようなサービスが存在します。これらのマーケットプレイスは、家電であれば商品の点検から修理まで、PCやスマートフォンであれば初期化設定、家具であれば大型荷物の集荷から配送まで、高級ブランド品であれば真贋鑑定など、商材ジャンルに応じたオペレーションの設計が必要であり、このオペレーション設計に強みを持った企業が成長しています。また、中古品ではなく余剰在庫の再販マーケットプレイスも存在します。会員制B2Bマーケットプレイスを提供しているゴースト(Ghost)は、厳選された買い手だけに余剰在庫を販売することで、売り手のブランド毀損を防止しています。また、買い手が購入価格をオファーでき、売り手・買い手の双方にとって機会損失を防止する仕組みとなっています。

Image via Ghost

国内においてもすでに大手が存在する領域ですが、商材ジャンルを絞り、その商材に最適化したオペレーションを有する二次流通マーケットプレイスはまだまだ成長の余地があると考えています。

5. SNSとECは切っても切り離せない関係に 「ソーシャルコマースイネーブラー」

Image via Temu

2023年に大きなニュースとなったのが、TikTokショップ(TikTok Shop)やティームー(Temu)の急成長です。TikTokショップは、2021年にインドネシアでサービスを開始し、東南アジア各国に事業を拡大しました。2022年の東南アジアでのGMV(流通取引総額)は44億ドル(約6200億円)に達したと言われています。特にTikTokショップを利用するインドネシアの販売事業者は200万社を超え、2023年のTikTokショップのGMVは200億ドル(約2兆8000億円)に達すると予測されていました。これに対して、インドネシア政府はSNSでの商品販売を禁止し、TikTokはインドネシアのEC大手トコペディア(Tokopedia)を買収するに至っています。また、中国PDDホールディングス傘下で多品種低価格ECのティームー(Temu)は、2022年に米国でサービスを開始して以降急成長を遂げ、2023年に米国でもっともダウンロードされたiPhoneアプリとなりました。ティームーの流入経路の大半はSNSで、低価格という特性上、SNSで認知してそのまま衝動買いするという消費行動が生まれていると推測されます。これらの中国勢に対して、メタはAmazonと連携して、SNS内の広告上でAmazonの商品購入が完結できる仕様のテストを開始しました。SNS経由のEC売上は、2023年には1.2兆ドル(約170兆円)を超えると予測されており、従来以上にSNSとECの親和性は高まっています。このような背景から、SNS上での販売を支援するスタートアップが多く生まれています。たとえば、インシーム(In-Seam)は、スタイリストやパーソナルショッパーが顧客に商品を販売する際の仕入れや配送などを管理できるシステムを提供しています。100以上の人気ブランドの中から販売することができ、その際のブランドとの交渉や仕入れ、梱包、配送などの手間を削減しています。

Image via Drop

また、ドロップ(Drop)は、SNSのDMを通じて顧客とコミュニケーション可能なソーシャルCRMを提供しています。CRM上では、これまでのSNS投稿に対する顧客のエンゲージメントを可視化して、DMによる営業や広告配信が可能です。この流れはモノの販売に限らずサービスの販売においても生まれています。フォーラ(fora)は、個人がホテルやアクティビティをパッケージ化して、個人へ販売できるプラットフォームです。トラベルアドバイザーとして登録すると、フォーラのデータベースからさまざまなホテルやアクティビティをキュレーションして、旅行者へ提案・販売でき、その際の保険や決済などはフォーラのシステムが担ってくれます。国内においても、インスタグラムやユーチューブ(YouTube)、TikTokを通じて販売するブランドが成長しており、インフルエンサーに限らず、SNSを通じた販売は増加しています。2024年は、国内においてもSNSを通じてモノ・サービスの販売を支援するソリューションが多く生まれてくると考えています。以上、2024年のコマース・リテール領域のトレンドとして、生成AIネイティブSaaS、Negotiation as a Service、従業員エンパワーメント、特化型二次流通マケプレ、ソーシャルコマースイネーブラーの5つに注目しています。もしこの領域で起業を目指している方がいたらぜひお話ししましょう!<記事内で取り上げた主なソリューション>従業員エンパワーメントRADAR/MUSE/SparkPlug/Axial Shift/WorkStride特化型二次流通マケプレBack Market/Kaiyo/Ghost/ソーシャルコマースイネーブラーIn-Seam/Drop /fora

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