【「りくりゅう」に続くふたり】

 ふたりの真価は、その刹那にあったかもしれない。

 演技終盤、ふたりはよろけたところで、どうにか耐えた。乳酸もたまって、心身ともに限界に近づいていたのだろう。そこで会場から一斉に手拍子が鳴り響いた。彼らはそれに励まされたように、勢いを取り戻したのだ。

「たくさんのお客さんが入って、声援が大きくて、日本の国旗が降られて、"ああ、私、この舞台に立っているんだな"って」

 長岡柚奈(18歳/木下アカデミー)は感慨深げに言った。

「あそこで疲れが出たんですが、手拍子が鳴って、最後のスピンに向けて頑張ろうと背中を押してもらいました。しんどかったですけど、やりきることができました。感謝しています」

 森口澄士(21歳/同)は小さく頭を下げて言った。


NHK杯に初出場した、長岡柚奈・森口澄士ペア

 名前の頭文字をとって「ゆなすみ」と呼ばれるペアのふたりは、会場のあと押しを受けていた。観客の熱と呼応できるか。それは希望に輝くフィギュアスケーターの条件だ。

 11月23日、大阪。市内のホテルで、ゆなすみのふたりは、宇野昌磨や三原舞依と並んで、グランプリ(GP)シリーズ・NHK杯の大会前日会見に登壇した。

「私にとって初めての国際大会で、緊張すると思うんですが、萎縮せず、自分のすべてを出し切れるように頑張ります」

 長岡はまっすぐな目で宣言した。

「カナダでお世話になった大先輩の『りくりゅう』(三浦璃来・木原龍一)が欠場することになって。結果はどうなるかわからないですけど、後輩として頑張る姿勢を見せられたらと思っています」

 森口はマイクに向かって決意を込めた。

 この大会、出場予定だった「りくりゅう」はケガで欠場になっていた。昨シーズン、世界王者に輝いたりくりゅうは、日本国内で一気にペアの知名度を上げたと言える。大袈裟に言えば、新世界の開拓者だ。

 今年5月にペアを結成したばかりのゆなすみも、その道をたどろうとしていた。

【かなだいが注目していた逸材】

 11月24日、ゆなすみはショートプログラム(SP)の『Can't Take My Eyes off of You(君の瞳に恋してる)』で、若々しい恋人同士のような華やぎを表現している。冒頭のダブルツイストは成功。サイドバイサイドのループは1回転になるも、リフトはレベル4で歓声が上がった。

 スロートリプルサルコウは転倒も、スピン、ステップとレベル4。失敗も成功に転じさせ、デススパイラルは優雅に弧を描いて情感を高めた。

「(緊張で)いつの間にか、本番のリンクに立っていた感じでした」

 そう語った森口は強面で口数が多いわけではないが、不思議と取材エリアを和ませる雰囲気があった。長岡のミスも個人のものとしていない。それはペアという競技で欠かせない素養と言える。

「スローは(練習では)ミスがなく、(失敗したが)不安はなかったです。柚奈ちゃんは少しくらい歪んでも(練習では)降りれていました。すごく強い気持ちでできていたはずで」

 昨年の全日本選手権後、筆者はアイスダンスの村元哉中・高橋大輔の「かなだい」にインタビューした。

ーー今回の全日本で一番注目したスケーターは?

 何気ない質問を投げたが、ふたりはそろって森口の名前を挙げていた。

「森口くん、シングルとペア、両方やるって二刀流ですごいなって!(※当時、森口は村上遥奈とペアを組んでいた) ペアのラインもすごいきれいだったし」

 高橋が言うと、村元も「(ペアの)フリーを生で初めて見て、感動しました! 久しぶりにすごいものを見たなって」と絶賛していた。シングルから転向してアイスダンスを追求したふたりだからこそわかる、他のジャンルに挑戦する共感と言うべきか。

 森口はもともと高橋に憧れてスケーターになったそうだが、歴戦のスケーターを魅了する何かを持っていたのだ。

 SPは45.36点の8位スタートだった。しかし、新ペアを結成してわずか半年。トップレベルの選手と差があるのは当然で、初の国際大会で悲観することは何もない。

【雰囲気に飲まれた初の大舞台】

 11月25日のフリースケーティング、ゆなすみは堂々とリンクに立っている。緊張がなかったはずはない。

「ショートで失敗してしまい、自分の不甲斐なさを感じていました。それでネガティブな方向に行ってしまいそうになったんですが、ブライアン(・シェイルズ)コーチから、『あなたはスロー(ジャンプ)を跳べるし、サイドバイサイドもきれいなものを見せられる。明日はジャッジや観客にそれを見せなさい。せっかく持っているんだから』と言っていただいて、ポジティブに切り替えられました」

 長岡はそう振り返って、こう続けた。

「ショートのミスは初の国際舞台で、雰囲気にのまれてしまったんだと思います。でも、私はこの雰囲気が好きなので、実戦にどう活かしたらいいか、を考えました」

 映画曲『Space Table Symphony』でふたりはツイストに成功。そして、サイドバイサイドも、3回転ルッツ+ダブルアクセル+ダブルアクセルを鮮やかに決めた。リフトも成功し、SPで失敗したスロージャンプも倒れずに踏ん張った。デススパイラルはノーバリュー、リフトは消耗を感じさせたが、最後のペアコンビネーションスピンにつなげたのは、冒頭に記したとおりだ。

 フリーは90.03点で8位。総合135.39点で8位と、世界との差は大きい。しかし、今は海外トップ選手を間近に見て、アップの仕方から学んでいるところだ。


昨季、年間グランドスラムを達成した三浦璃来・木原龍一ペア

 長岡は、りくりゅうの三浦から「頑張ってね!」と励ましのメッセージを受け取っていたという。東日本選手権で調子が上がらずに落ち込んでいた時も、「私たちも初戦はボロボロだったから大丈夫だよ」と言われ、心がラクになった。それが今大会の健闘につながったか。

「(ペアの)トライアウトを受けた時は、ペアをやりたくて受けたんですが、ペアがどんなものか知る機会くらいにも思っていて、組むことはできないだろうと思っていました。それが組むことができてNHK杯に出場できているなんて、想像もしていなかったです」

 長岡は心境をそう明かしている。

 ペアとしての挑戦は始まったばかり。「将来性」だけは濃厚に感じさせた。目標はオリンピック出場だ。

「また、こういう舞台に戻ってきたい」

 ふたりは言う。それを待ち望む人がいるはずだ。