クラウドの雄であるアマゾンが、AIスタートアップへ最大約5900億円という巨額を出資する。戦略転換と見る向きもあるが……(写真:Bloomberg)

「クラウドの巨人」が指した一手は何を意味するのか。

アマゾン・ドット・コムは9月25日(現地時間)、アメリカで生成AI(人工知能)を開発するスタートアップ、アンソロピックに最大40億ドル(約5900億円)を出資すると発表した。これを経てアマゾンは同社の少数株主になる。

アンソロピックは2021年1月、CEO(最高経営責任者)のダリオ・アモデイ氏と社長のダニエラ・アモデイ兄妹が設立。2人は後に「ChatGPT」で大旋風を巻き起こすOpenAIからのスピンアウト組で、同社と同じサンフランシスコに拠点を置いている。

OpenAIに引けを取らぬ存在感

一般的な知名度こそ劣るものの、業界におけるアンソロピックの存在感はOpenAIに引けを取らない。

2023年3月には大規模言語モデル(LLM)の「Claude(クロード)」を発表。ChatGPTのような一般向けのAIチャットボットに加え、企業などがアプリケーションに活用できるAPIも提供しており、その利用企業数は数千に上る。

ホワイトハウスで2023年5月、政府高官とAI企業のCEOによる会合が開かれた際には、マイクロソフトのサティア・ナデラ氏とアルファベット(グーグルの親会社)のスンダー・ピチャイ氏、OpenAIのサム・アルトマン氏と並び、アンソロピックのダリオ・アモデイ氏が出席した。同月には、ベンチャーキャピタルやグーグル、セールスフォース、ZoomなどからシリーズCで4億5000万ドルを調達している。

アマゾンは今回の出資により、クラウド事業の「アマゾン ウェブ サービス(AWS)」を介して、AI開発に必要な半導体の提供などでアンソロピックを支援。一方のアンソロピックは、AWSユーザーが優先的に最新モデルのAIへアクセスできるようにする。

アンソロピックへの出資は、アマゾンの“反撃”と言えるだろう。

アマゾンは足元のブーム以前から、ECサイト内での検索や音声アシスタント「Alexa」の応答などで生成AIを活用してきた。しかしこの1年、生成AI分野で圧倒的な独走ぶりを見せつけたのはマイクロソフトだった。

生成AIのポテンシャルに目をつけたマイクロソフトは、2019年にOpenAIへ10億ドルを出資。OpenAI側のフィードバックを基に、生成AIサービスの運用コストやレスポンス、信頼性などの改善に貢献できるクラウドの開発を進めてきた。

2022年11月にOpenAIがChatGPTを公開すると、2023年1月には同社のLLMをクラウド「Microsoft Azure(アジュール)」上で利用できる「Azure OpenAI Service」の提供を始めた。ChatGPTよりもセキュリティを高めたかたちで利用できることから、1万1000以上の組織に導入するなど、クラウド市場に生成AIで“電撃戦”を仕掛けた。

MSの猛攻を看過できない理由

マイクロソフトのクラウド強化は、アマゾンにとって無視できない動向だ。

AWSを展開するアマゾンは、世界で2471億ドル(2022年度、調査会社・Canalys調べ)に上るクラウドインフラサービス市場で長年にわたり首位を守ってきた。

ところが近年はマイクロソフトが猛追。2023年8月にCanalysが発表した最新四半期のシェアでは、アマゾンが30%、マイクロソフトが26%と、4ポイント差にまで肉薄している。

アマゾングループ全体のポートフォリオにおいても、好採算のクラウド事業は収益性の低いEC事業を補うという意味で重要な役割を持つ。仮にクラウド事業の競争力が低下するとなれば、経営の根幹が揺るぎかねないのだ。

マイクロソフトは2023年1月、今後の数年間でOpenAIに数十億ドルを追加出資する方針も発表している。クラウド覇権を懸けて、マイクロソフトが口火を切った「AIマネーゲーム」にアマゾンが乗るか否かは、テック業界における関心事だった。

アンソロピックへの出資により、アマゾンのAI戦略が一歩前進することは間違いない。では今後、マイクロソフトとOpenAIのように、アマゾンがアンソロピックをマーケティングの前面に押し出すかといえば、そう単純な話でもないようだ。

AWSは、圧倒的なサービスのバリエーションを武器に、スタートアップをはじめとしたITリテラシーの高い企業を中心に支持されてきた。2023年4月に投入した生成AIアプリの構築サービス「Amazon Bedrock」に関しても、LLMをはじめとする基盤モデルは独自の「Amazon Titan」やアンソロピックのクロードなど複数提供し、顧客がニーズに合ったモデルを選択できる形で展開している。

マイクロソフトの猛攻に押され、それ以外の戦略を取れなかったという側面も否めないが、OpenAIのLLMを売りとするAzure OpenAI Serviceに対し、得意の“バリエーション”で対抗する道を取ってきた。

アメリカの調査会社・ガートナーのバイスプレジデントアナリスト、チラグ・デカテ氏は、アンソロピックへの出資を発表したアマゾンが今もなお「オプショナリティを重視している」と指摘する。「グーグルは先日の(クラウドに関する)サミットで、100以上の基盤モデルのサポートを発表した。アマゾンも同様のことを行っている」(同氏)。

「選択肢の1つ」を出資で磨き上げる

実際、10月3日に都内で開かれたAmazon Bedrockに関する記者説明会では、アンソロピックのCEOのメッセージこそ流されたが、むしろ強調されたのはメタ・プラットフォームズのLLM「Llama(ラマ) 2」がモデルのラインナップに追加された点だった。


10月3日の記者説明会に登壇したAWSのAI部門責任者、ヴァシ・フィロミン氏(左)と、ビデオメッセージを送ったアンソロピックのダリオ・アモデイCEO(記者撮影)

AWSの生成AI責任者を務めるヴァシ・フィロミン氏も、アンソロピックとの提携について「双方にとってウィンウィンだ」と述べるにとどまり、あくまで今回の出資は選択肢の1つを磨き上げるという意味合いに近いことをうかがわせた。

独自路線で立ち向かうアマゾンを尻目に、マイクロソフトはトップスピードで進める生成AI戦略の手を緩めていない。

2023年11月からは、資料作成の「Office」やビデオ会議の「Teams」などを包含したクラウドサービス「マイクロソフト365」向けに、月額30ドルで生成AIアシスタントサービスをスタートする。

マイクロソフトは、こうしたビジネスツール市場での優位性を生かし、顧客を関連するクラウドサービス群に引きずり込むことが可能だ。一方、ビデオ会議の「Amazon Chime」などを展開しながらもビジネスツールで大きく劣るアマゾンに、同様の戦術は取れない。

OpenAIによる最新LLMの発表や、元祖AI企業であるグーグルの追い上げも見込まれる中、アマゾンはクラウド市場でのプレゼンスを保てるか。アンソロピックとの提携に安住せず、あらゆる面から矢継ぎ早に手を打つ必要がありそうだ。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)