西武鉄道が「サステナ車両」として導入する小田急8000形(左)と東急9000系(記者撮影)

西武の「戦力補強」はベテランの移籍で――。野球のことではなく、鉄道の話だ。

西武鉄道は9月26日、東急電鉄と小田急電鉄から計約100両の中古車両を譲り受け、2024年度から2029年度にかけて導入すると発表した。大手私鉄が中古車両を地方のローカル私鉄などに譲渡する例は珍しくない。だが、大手から大手へ、しかも100両もの譲渡は極めて異例だ。

狙いは省エネルギー化の推進だ。消費電力の多い旧型車両が多数残る中、新車の導入とともに省エネ性能が高い東急・小田急の中古車両を投入することで、コストを抑えつつ旧型車両の置き換えを加速する。

西武の呼び名は「サステナ車両」

西武は今回譲り受ける車両を「サステナ車両」と呼ぶ。他社から譲受した、エネルギー効率の高い制御システム「VVVFインバータ制御」の車両を指す同社独自の名称で、簡単に言えば省エネの中古車だ。

この名が初めて登場したのは2022年5月。親会社の西武ホールディングスが2021年度決算の発表時に公表した決算実績概況資料に「新造車両に限らず、環境負荷の少ない『サステナ車両の導入』を進め、省エネ化、固定費削減を前倒しで実現」と記され、大手私鉄が他社の中古車を導入する異例の計画として鉄道業界で注目を集めた。それから約1年半を経て、ついに具体的な車種が明らかになった。

導入するのは、東急の「9000系」と小田急の「8000形」の2車種。前者は大井町線の各駅停車として運行しているステンレス製車両、後者は快速急行などで活躍する白い塗装の車両だ。西武によると、東急9000系は4両編成で60両程度、小田急8000形は6両編成で40両程度の導入を想定しているという。


東急9000系は大井町線で運行している車両だ(記者撮影)


小田急8000形は主力車両の一角として快速急行などに使われる白い塗装の車両だ(記者撮影)

東急9000系は1986〜1991年、小田急8000形は1982〜1987年の登場で、すでに製造から40年程度経過している。西武がこれらの車両を投入して置き換える旧型車両の2000系・101系・4000系とほぼ同年代の製造だが、東急9000系は登場時から、小田急8000形はリニューアル時にVVVFインバータ制御を採用しており、旧型車に比べて使用電力量を約5割削減できるという。

小田急・東急の車両になった理由は?

西武の保有車両数は約1200両で、このうちVVVFインバータ制御の車両は約7割。関東大手私鉄ではすでに京王、東急、小田急、相鉄、東京メトロが営業用の全車両をVVVFインバータ制御化しており、後れを取っているのが実情だ。西武は新車と中古車両の投入によって2030年度までに100%VVVF化を目指す。これにより、同年度時点の想定でCO2排出量を年間約5700トン削減できるという。省エネ化は電力費の削減にもつながる。

中古車両の導入費用は、「新車の投入と比べて半分程度」(西武鉄道広報部)といい、初期投資を大幅に抑えられる。西武は「サステナ車両の導入はコストよりもSDGsへの貢献や環境への配慮が目的」と強調するが、短期間に大量の車両を置き換えて「省エネ化、固定費削減を前倒しで実現」するためには、低コストである点が重要な要素なのは間違いない。

今回、東急と小田急の2車種に白羽の矢が立ったのは、供給元となる両社での廃車計画と西武での導入のタイミングが合い、まとまった車両数を確保できることや、改修が少なく済むなどの条件が揃ったためだ。西武によると、ほかにも複数の鉄道会社の複数車種が候補に挙がったが、「条件が合致したのがこの2車種だった」という。

西武は当初、サステナ車両の定義としてVVVFインバータ制御方式とともに「無塗装」の車体であることを挙げていた。東急9000系は無塗装のステンレス車体である一方、小田急8000形は鋼鉄製で車体全体を塗装しているためこの定義には合わないが、無塗装の車種に絞ると条件が見合わなかったという。西武は、塗装した車両でも「VVVFインバータ制御であれば環境負荷の軽減につながる」と説明する。

2024年度から順次導入

東急・小田急から譲り受ける2車種は支線で使用する予定で、東急9000系は多摩川線・多摩湖線・狭山線・西武秩父線に、小田急8000形は国分寺線に投入する。8000形が国分寺線のみなのは、同線が6両編成での運転で、「譲り受けた状態で編成両数を変えずそのまま使用できるため」(西武)だ。


国分寺線を走る西武2000系(新2000系)。同線には小田急8000形が投入される(記者撮影)


多摩川線を走る西武101系。同線には東急9000系が投入される(記者撮影)

まず導入するのはすでに小田急で引退が進んでいる8000形で、最初の編成は2024年度に運行を開始する。小田急によると、8000形は8月末時点で6両編成12本(72両)と4両編成10本(40両)の計112両があり、「段階的に譲渡していく予定」(同社広報部)という。

一方、東急9000系の投入は2025年度以降の予定だ。東急によると、9000系は8月末時点で5両編成15本(75両)、同系列の9020系5両編成3本(15両)が大井町線で運行中だが、置き換え用の新車製造に着手しており、2027年頃をメドに退役する見込みという。こちらも新車の導入とともに西武への譲渡が進むことになるだろう。

鉄道ファンからは、塗装車両の小田急8000形が「黄色い西武電車」に塗り替えられたら面白い……といった声もあるが、現時点では車両の内外装の変更については未定だ。ただ、東急9000系は5両編成のため、西武で4両編成として運行するには1両減らす必要がある。また、西武秩父線の普通列車は現在、2ドアでボックスシート、トイレ付きの4000系で運行しており、4ドアでロングシート、トイレなしの9000系は大幅に仕様が異なる。座席はロングシートのまま投入される予定といい、ボックスシートに慣れた利用者にはややサービスダウンと受け取られるかもしれない。


西武秩父線の2ドア車4000系も置き換えの対象だ(撮影:大澤誠)

中古車の有効活用で車両を一新

大手私鉄では異例の中古車両導入を進める西武だが、実は過去にも譲渡車両で「戦力強化」を図った歴史がある。第2次世界大戦後の混乱期、輸送力の増強を図るために旧国鉄の中古車両や戦時中に被災した車両の復旧車などを数多く投入、その後に到来する高度成長期の大量輸送と近代化への道を拓いた。

また、西武はこれまで、引退した車両をグループ各社をはじめとする各地の地方私鉄に数多く譲渡し、廃棄せず有効活用を図ってきた。西武の中古車を導入して保有車両の近代化を図った鉄道も少なくない。今度は、西武が他社の中古車によって車両を一新する番だ。


近江鉄道(滋賀県)に譲渡された西武101系。西武の引退車両は全国各地のローカル私鉄で活躍している(記者撮影)

今回導入する東急・小田急の車両は製造からすでに30〜40年経っており、省エネ車であるとはいえ、そう遠くない将来に再度置き換えの必要が生じることは十分予想される。だが、さまざまな分野でリユースやリサイクルの重要性が叫ばれ、かつコロナ禍による環境の変化でコスト削減が重要な課題となっている鉄道業界において、大手同士の車両譲受は新たな選択肢となるかもしれない。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)