マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の長期金利が上昇している理由について解説していただきます。

米国の長期金利(10年物国債利回り)が9月27日に一時4.64%と、07年10月以来約16年ぶりの高値をつけました。

20年3月に新型コロナの感染が欧米に拡大した、いわゆる「コロナ・ショック」で株価が大きく下げた際に、安全資産としての米国の長期国債に資金が流入。国債価格が大幅に上昇して長期金利は一時0.31%まで低下しました。

その後、各国の中央銀行が積極的な金融緩和を実施、各国政府が思い切った財政出動に踏み切ったことで、金融市場は徐々に落ち着きを取り戻しました。そして、21年には世界的なインフレ懸念が台頭して長期金利を押し上げ。主要中央銀行が利上げを開始した22年春以降、長期金利は明確な上昇基調となっていました。

23年に入ってインフレのピークアウトが鮮明となり、主要中央銀行の利上げ打ち止め観測が台頭すると長期金利もいったんピークアウトしたかにみえました。しかし、長期金利は、23年春の米金融機関の破たんに伴う金融不安を受けて長期金利が大きく低下した直後から再び上昇基調となっています。



足もとの長期金利の上昇にはいくつかの要因が考えられます。

○金融政策見通しの変化

9月20日に開催された米FRB(連邦準備制度理事会=中央銀行)のFOMC(連邦公開市場委員会)では政策金利の据え置きが決定されました。しかし、声明文やパウエル議長の記者会見、さらにはFOMC参加者の政策金利見通しを集計した「ドット・プロット」は、インフレ対応を重視するタカ派的な内容でした。そのため、金融市場で追加利上げの可能性が意識され、一方で早期の利下げ観測が後退。高金利が長期化するとの見方が強まりました。それらが長期金利の上昇要因となりました。

財政収支の悪化懸念

イールドカーブ(利回り曲線)の形状変化をみると、9月に入って長期の金利ほど上昇幅が大きくなっています。これは、金融市場で中長期的な財政収支悪化の懸念が強まっていることを示唆しています。財政収支の赤字はコロナ・ショック直後に大きく拡大した後、縮小傾向にありましたが、22年夏ごろから再び拡大に転じています(直近の今年8月は改善)。

米財政収支

今年10月に始まる24年度の予算交渉が難航しており、共和党内の保守強硬派が大幅な赤字削減策を求めていることも、金融市場が財政赤字に意識を向ける材料の1つになっているのかもしれません。その予算交渉の難航によりシャットダウン(政府機能の一部停止)の可能性が高まっていることで、3大格付け会社の中で唯一米国を最上級(AAA)に格付けしているムーディーズは、格下げの可能性を表明しています。これも長期金利の上昇要因でしょう。なお、残り2社のうちフィッチは今年8月1日に、S&Pは11年8月5日に最上級から1段階引き下げています。

国債の需給悪化

足もとで国債の需給が悪化する要因もあります。今年6月3日にデットシーリング(債務上限)が引き上げられるまで国債の新規発行は停止されていましたが、その以降は様々な特別措置の解除とともに国債発行が増加しました。また、FRBは22年5月にQT(量的引き締め)を開始し、同9月より保有国債を毎月600億ドル、MBS(住宅ローン担保証券)を同350億ドル、債券市場に放出しています。QE(量的緩和)では価格が高くても(金利が低くても)淡々と国債等を購入していたFRBが供給サイドに変わったことは大きな変化でしょう。

FRBの保有国債残高

○今後の展開は……

アトランタ連銀のGDPNow(短期予測モデル)は9月27日時点で、7-9月期の実質GDPを前期比年率4.9%と予測しています。もっとも、米国の景気が7-9月期のペースを維持するのは不可能に近いでしょう。いずれ景気が大きく減速し、金融政策も利上げ打ち止めからどこかの段階で利下げに転じるでしょう。そうした見方が強まれば、長期金利もピークアウトするでしょうが、それにはまだ時間がかかるのかもしれません。

西田明弘(マネースクエア) マネースクエア チーフエコノミスト。日興リサーチセンター、米ブルッキングス研究所、三菱UFJモルガン・スタンレー証券などを経て、2012年にマネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「ファンダメ・ポイント」 や「ウイークリーアウトルック」 などのレポートを配信する他、投資家のための動画配信サイト「M2TV」 でマーケットを解説。 この著者の記事一覧はこちら