宇宙には、光を含む電磁波では観測することができず、重力でのみその存在を知ることができる「暗黒物質(ダークマター)」が存在します。暗黒物質の分布や正体についてはほとんど分かっていません。


カンタブリア物理学研究所のJ. M. Diego氏などの研究チームは、「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡」で観測された非常に遠方に存在する恒星「EMO J041608.8−240358」が、銀河や銀河団に伴う暗黒物質だけでは観測できず、追加の暗黒物質の塊が必要なことを突き止めました。このような性質を持つ恒星の発見は「ゴジラ(Godzilla)」以来2例目であるため、Diego氏らは新発見の恒星を「モスラ(Mothra)」と命名し、ゴジラやモスラのような性質を持つ恒星に「怪獣星(Kaiju star)」という分類の新設を提案しました。


【▲ 図1: ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された「モスラ」。LS1とラベルされた光点がモスラの本体であり、他のラベルされた光点は重力ミリレンズ効果によって分裂した像である(Credit: Diego, et al.)】


■超遠距離にある恒星「モスラ」

恒星モスラは、2022年から2023年にかけてウェッブ宇宙望遠鏡で撮影された画像から見つかりました。また、データアーカイブの分析により、「ハッブル宇宙望遠鏡」も2014年に撮影していたことが判明しています。


モスラは地球から178億光年 (※1) という途方もなく遠い距離に存在し、超新星爆発のような一時的な現象を除けば、単独で観測された3番目に遠い恒星となります。これほど遠方の恒星は普通であれば暗すぎて観測できません。しかし「重力レンズ効果」があれば、このような恒星の観測も不可能ではないことが明らかとなっています。


※1…この距離は、光が進んだ宇宙空間が、宇宙の膨張によって引き延ばされたことを考慮した「共動距離」での値です。これに対し、光が進んだ時間を単純に掛け算したものは「光行距離」と呼ばれます。


虫眼鏡のような凸レンズには、通過した光を焦点に集中させる効果があり、何もない時と比べて1点の明るさは増します。また、一般相対性理論では重力は空間の歪みとして表現され、光はこの歪みに沿って進むとされています。このため、重力を持つ天体の近くを通る光は進路を曲げられ、焦点に光が集中します。もしも焦点に観測者がいれば、何もない時よりも天体の見た目の明るさが増すことになります。このような現象を「重力レンズ効果」と呼びます。


モスラの場合、ウェッブ宇宙望遠鏡との間に銀河団「MACS J0416.1−403 (M0416)」が存在し、モスラを発した光の進む向きを重力によって曲げます。これにより、モスラの明るさが見た目の何倍にも増幅された結果、100億光年以上の彼方にある恒星の観測が可能になりました。また、虫眼鏡で見た像が歪んでいるように、モスラも本来予想される1点の光ではなく、弧状に見える光の帯に複数の光点として存在するように見えます。


【▲ 図2: 単独で観測された最も遠い恒星のランキング。今回発見されたモスラは3番目に遠い恒星である(Credit: 彩恵りり)】


このような重力レンズ効果によって発見された遠方の恒星である「レンズ星(LS; Lensed Star)」は、他に「ゴジラ」、「イカルス(MACS J1149 Lensed Star 1)」、「エアレンデル(WHL0137-LS)」が知られています。


■モスラとゴジラは「怪獣星」?

しかし、モスラの増光はM0416の重力レンズ効果だけでは説明できないことが判明しました。観測結果から、モスラは2つの恒星からなる連星である可能性が高く、片方は約4700℃の表面温度と太陽の5万倍以上の明るさを持つ赤色超巨星、もう片方は約1万4000℃の表面温度と太陽の12万5000倍以上の明るさを持つ青色超巨星であると推定されています。かなり明るい恒星ではあるものの、それでもウェッブ宇宙望遠鏡で観測されるには光が4000倍以上も強められなければならず、M0416の重力レンズ効果だけでは足りないのです。


Diego氏らは、モスラが観測されるにはM0416以外の重力源による追加の重力レンズ効果が必要だと考えています。モデル計算では、太陽の1万倍〜250万倍の質量による追加の重力ミリレンズ効果 (※2) が、モスラの増光を最もよく説明できます。しかし、重力ミリレンズ効果をもたらし得る重力源は、ウェッブ宇宙望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の画像には写っていません。光では観測できないことから、重力ミリレンズ効果をもたらした重力源は質量のほとんど全てを暗黒物質が占めている矮小銀河ではないかとDiego氏らは推定しています。


※2…追加の重力レンズ効果をもたらした何らかの天体の質量は、銀河や銀河団といった大質量の重力源と、恒星や惑星といった小質量の重力源の中間に位置すると推定されています。小質量の重力源による重力レンズ効果は「重力マイクロレンズ効果」と呼ばれることから、中間質量の重力源によるとみられるこの重力レンズ効果は「重力ミリレンズ効果」と呼ばれます。


このような暗黒物質の塊とも呼べる天体で追加の重力レンズ効果が得られたレンズ星は、これまではゴジラだけが知られていました。Diego氏らはゴジラの発見と命名にも関わっていて、今回もそれに倣ってEMO J041608.8−240358をモスラと命名しています。モスラはゴジラほど明るい恒星ではありませんが (※3) 、178億光年という長距離で観測されたことや、暗黒物質による追加の重力レンズ効果によって観測できるまでに増光したという点はとても似ています。このため研究チームは、暗黒物質の重力ミリレンズ効果によって増光した遠方のレンズ星の分類として「怪獣星」を提案しています。


※3…「ゴジラ」という命名の経緯は、明るさが太陽の1億3400万倍〜2億5500万倍と、観測史上最も明るい “怪獣” のような恒星であると推定されたことにあります。太陽の1億倍以上もの明るさを持つと推定される恒星は、現在でもゴジラが唯一です。


■怪獣星を通じて暗黒物質の正体を探る

モスラやゴジラのような怪獣星がどの程度観測されるのかは、宇宙最大の謎の1つである暗黒物質の分布や正体の研究にも関わります。これまでに知られている暗黒物質のほとんどは、銀河や銀河団のような光で観測できる天体に含まれているか、もしくは暗黒物質の非常に巨大な塊による重力レンズ効果を通じて発見されています。その一方で、怪獣星に重力ミリレンズ効果を与えるような中間質量の暗黒物質の塊はどちらにも当てはまらないことから、その多くが見逃されていると推定されています。怪獣星の発見が増えれば、中間質量の暗黒物質の塊が宇宙にどの程度存在するのかを推定するのにも役立つでしょう。


また、今回の観測結果に当てはまる暗黒物質は、特定の質量の粒子で構成された「熱い暗黒物質(ホットダークマター)」 (※4) や「アクシオン」 (※5) である可能性をほぼ除外し、多くの研究で指示されている運動エネルギーの小さな「冷たい暗黒物質(コールドダークマター)」 (※4) であることを示唆しています。怪獣星の観測は単に遠い恒星を見つけるだけに留まらず、暗黒物質の分布や正体を探る大きな手掛かりをもたらすかもしれません。


※4…暗黒物質が何らかの粒子で構成されている場合、粒子が移動することによる運動エネルギーがあることになります。普通の物質は、粒子の運動が激しいほど温度が高いことを意味するため、それになぞらえ、粒子の質量に対する運動エネルギーが高いものを「熱い暗黒物質」、低いものを「冷たい暗黒物質」と呼びます。


※5…現在の素粒子物理学の理論にある欠陥や謎を解決するとして提案された、新しい理論で予言されている素粒子の1つ。極めて小さいもののゼロではない質量を持つと考えられているため、暗黒物質の有力な候補として挙げられています。


 


Source


J. M. Diego, et al. “JWST's PEARLS: Mothra, a new kaiju star at z=2.091 extremely magnified by MACS0416, and implications for dark matter models”. (arXiv)Michelle Starr. “Meet Giant Mothra: Extremely Rare 'Kaiju' Monster Star Discovered”. (science alert)J. M. Diego, et al. “Godzilla, a monster lurks in the Sunburst galaxy”. (Astronomy and Astrophysics)

文/彩恵りり