携帯電話市場でNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社は8割強のシェアを誇るが…(撮影:尾形文繁)

「今後、従来のようなMNO3社が市場の大半を占める状況から変化していく」

総務省が6月末に開いた有識者会議の資料。そこには、通信市場が転機を迎えていることを示唆する一文が盛り込まれていた。

「MNO(移動体通信事業者)3社」とは、大手通信キャリアであるNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクを指す。総務省によると、2023年3月末時点の3社のシェアは80%強と、国内携帯電話市場においては圧倒的な存在だ。

第4の通信キャリアを目指して2020年4月から本格参入した楽天モバイルは、「ゼロ円プラン」廃止などの影響により、この1年で大きく契約者数を減らした。足元の伸びも低調とみられ、この先も急速なシェア拡大は想定しづらい情勢にある。

格安スマホのシェアは過去最多に

では、大手3社の牙城を揺るがす可能性のある勢力は何者なのか。

その隠れた刺客は、一般に「格安スマホ」と呼ばれるMVNO(仮想移動体通信事業者)だ。国内携帯電話市場における2023年3月末時点のMVNOのシェアは14.3%。1年前から1.3%上昇し、過去最多となっている。


MVNOは、大手キャリアから通信回線を借り受けて通信サービスを提供する。キャリアと比べると速度などの点で通信品質が見劣りしがちと言われるが、その代わりに料金プランは大手キャリアよりも安いケースが多い。

現在は全国に約1800の事業者が存在し、「IIJmio」を運営するIIJが業界最大手。そのほか、2001年に日本で初めてMVNOを手がけた日本通信や、「mineo」を展開する関西電力子会社のオプテージなどが有名だ。

大手3キャリアと楽天モバイルMVNOを比べると、この1年でシェアを伸ばしたのはMVNO陣営のみだった。総務省によれば、楽天モバイルを含めたMNO4社合計の契約数は直近1年で61万の減少だった一方、MVNOは86万増えている。


MVNOは料金プランの安さなどが持ち味とされる(画像:MVNO各社の公式サイトより)

ここにきてMVNOがシェアを拡大させているのには、意外感がある。

というのも、2021年春から本格化した大手キャリア各社の値下げによって、MVNOの料金プランとの価格差が縮小。従来、料金の安さこそが持ち味とされていた分、ユーザー目線では、MVNOに対する魅力は薄らいだと考えられたからだ。

そうした事情から、大手シンクタンクの野村総合研究所は2021年末、MVNOの回線数が今後7年で7割減少するとの予測を発表するほどだった。しかしふたを開けてみると、2022年は確かにシェアを落としたものの、2023年にはV字回復を果たした格好だ。

シェア拡大に転じた3つの理由

MVNO悲観説」を覆し、足元でシェア拡大に転じられた要因は何か。大別すると、以下の3つが挙げられるだろう。

第1に、各社が20GB以上の中・大容量帯プランの投入を進めていることだ。これまでMVNOが展開していたプランは10GB以下の低容量帯がほとんどで、キャリアが得意とする中・大容量帯とのすみ分けがされていた。

しかしこの1〜2年、MVNOはキャリアの得意とする領域への展開を加速。例えば日本通信は、2021年2月から「合理的20GBプラン」(データ使用量20GB・月額税込2178円〜)の提供を始めた。同社によると、同年3月に提供されたドコモの新料金プラン「ahamo」(同20GB・2970円〜)などへ対抗する狙いがあったという。

ソニーの子会社が運営するMVNO「ニューロモバイル」でも、2021年11月から「NEOプラン」(同20GB・2699円〜)の提供を開始した。2023年3月からは、MVNOとしては異例とも言える大容量の40GBのプラン(同3980円〜)も手がけている。

中・大容量帯のプランを投入できた背景には、MVNOがキャリアに支払う通信回線のレンタル料が下落傾向をたどっている事情もある。

MVNOがキャリアに支払う通信料の単価は、キャリア側の費用と一定の利潤の合算を分子として、それをトラフィック(通信量)の総量で割って算出する。昨今は動画視聴拡大などによって分母にあたるトラフィックが増加しており、通信料が年々下落傾向にあるのだ。

通信料の単価下落は、MVNOにとって原価低減につながる。その結果、データ容量が多いプランの提供も可能となり、これまでリーチできなかったデータ通信を多く使うユーザーの獲得にも成功しつつある。

第2の理由は、MVNO事業者の数そのものが増えていることだ。総務省によると、2023年3月末時点のMVNO事業者数は1783と、前年比で約1割増えた。5年前から比べると、6割弱も増えている。


ここ1〜2年では、堀江貴文氏が自身のファン層向けにプロデュースした「ホリエモバイル」や、SaaS企業のチャットワークによる法人企業向け「チャットワークモバイル」などが業界で話題を呼んだ。

MVNO支援事業も手がけるIIJの矢吹重雄MVNO事業部長によれば、「足元では地方のケーブルテレビ局や、外国人向けに語学学校などが新規参入するケースが目立つ」という。

ここで想定される利用者は、ケーブルテレビを契約する地方の一般消費者や、留学生をはじめとした在日外国人などだ。また、IoT(モノがつながるインターネット)向けにMVNOサービスを提供する事業者も増えている。

こうした新規参入事業者は、すでに特定の顧客基盤やファン層を抱えている点で共通する。レッドオーシャンのようにも映るMVNO市場だが、こうした層に向けて販売を進めて商機をつかもうとする事業者は多いようだ。

第3に、楽天モバイルから離脱したユーザーの流入も挙げられるだろう。ゼロ円プランを廃止すると発表した2022年5月以降、楽天モバイルの契約数は急減。楽天への流出に悩んでいたMVNOからすれば、低価格志向の強いユーザーを再び取り込むチャンスとなった。

キャリアの値下げ合戦は「プラス影響」に?

「ようやくMVNOの認知が広がって市民権を得つつあり、キャリアと対等に戦える段階に入ってきた。今後も拡大基調が続いていくはずだ」。日本通信の福田尚久社長は、そう自信を見せる。

キャリア各社が2021年春に新料金プランの投入で値下げ競争を進めた影響により、モバイル市場の流動性が高まった。その結果、割安なMVNOも選択肢に入れて乗り換え先を考えるユーザーが増えたとみられ、「MVNOにとっては、料金値下げはマイナスのみならずプラスの影響も大きかった」(福田社長)。

自身の牙城に食い込まれた状況に対して、キャリアも無策ではない。6月以降、楽天モバイルとドコモは立て続けに新プランの提供を始めた。さらにポイント還元などを通じて自社経済圏のサービス利用を促し、ユーザーの囲い込みを図ろうと模索している。

料金プラン上、大手キャリアとMVNOの価格差が縮小傾向にある中、料金のみでの訴求には限界があるのも事実。格安スマホや格安SIMと呼ばれることが多いMVNOだが、そうしたイメージを上回る付加価値の構築が課題となる。

冒頭の総務省が示した資料が想定するように、MVNOがMNO3社の寡占を打ち破る競争軸となるためには、多様な事業者がそれぞれ独自性のあるサービス開発を進めていけるかが問われている。

第4のキャリアとして参入した楽天モバイルの失速を尻目に、反転攻勢をかけるMVNO。今後の通信市場のシェア争いは一段と激しくなりそうだ。

( 高野 馨太 : 東洋経済 記者)