好きだった幼馴染を、親友に取られた男。「俺の方が幸せにできる」と告白を決意するが…
太陽に照らされて、笑顔がキラキラ輝く季節。
夏の恋は、いつだってロマンティックだ。
東京カレンダーのライター陣が1話読み切りでお届けする、夏ならではの特別なラブストーリー。
「夏の恋」が期間限定で復活!あなたにも、夏の恋の思い出がありますか?
▶前回:「まるで家政婦…。でも、結婚できるなら我慢」経営者の彼と付き合う女の本音
梅雨空の想い/一誠(32)
「もう〜、雨マークついてなかったのに!これじゃ撮影がすすまないじゃない!」
突如降り出した土砂降りの雨に向かって、舞花がいまいましげに毒づいた。
俺は思い切り大きなあくびをしながら、天を睨みつけている舞花をたしなめる。
早朝、5時18分。
雨宿りに駆け込んだ、三田線 芝公園駅の屋根の下。
「どうする?撮影、もうやめとく?」
手元のiPhone Pro Maxで興味のないネットニュースを開きながら問いかけるけれど、頑固な舞花が納得するわけもない。
「いやいや、絶対すぐにやむから。私が昔から晴れ女なのは知ってるでしょ?」
「まあ、な」
俺と舞花は、いわゆる“幼なじみ”というやつだ。幼い頃から毎夏、軽井沢の同じサマーキャンプに通っていた。
舞花が生粋の晴れ女なのは、確かによく知っている。
サマーキャンプ中、キャンプファイヤーとかBBQとか…。他にも、舞花が楽しみにしているイベントの時だけは、どれだけ天気が悪くてもイベント直前には不思議と晴れたものだった。
いつも明るく、不思議と周りを笑顔にさせる力を持っている舞花は、まるで彼女自身が夏の太陽のようだ。
けれど…この2年間。
舞花といる時、俺の心の中では、今の天気みたいな土砂降りが続いている。
「それに、一誠が言ったんじゃん。テレビの仕事が忙し過ぎて、空いてる時間ここしかないって」
そう言いながら長い髪をかきあげる舞花の薬指が、光を集めてキラリと輝く。
「撮影をやめる」という提案が秒速で却下された俺は、また大きなあくびで応えた。
― どうしてこんなこと、俺がやらなくちゃならないんだよ。
その一言を、ぐっと噛み殺しながら。
◆
「私、結婚するんだ」
舞花からそう聞かされたのは、昨年のことだ。
“ある理由”で、毎年2人で会うことにしている夏の夜。
キー局の制作ディレクターである俺の都合上、麻布十番のバーで落ち合ったのはいつも通り深夜だった。
けれど、いつもなら先に到着してほろ酔いで俺を迎えることの多い舞花は、この日は1杯目のビールに口もつけずに待っていた。
グラスを指先で弄びながら、「一誠。私、結婚するの」と、何気なく結婚の報告を済ませる。まるで、天気の話でもするかのように。
俺は、返事をするよりも先にマスターに「同じビールを」とオーダーする。それから、隣の席にゆっくり腰を下ろして言った。
「結婚って…勇輝と?」
「当たり前でしょ。他に誰がいるっていうのよ」
勇輝。
俺の大学時代からの友人で、舞花の彼氏。
明るくていいやつだ。大手商社勤務で、数年前からタイに駐在している。つまり舞花と勇輝は、遠距離恋愛中だ。
「そか。おめでと」
「うん、ありがと」
小さく笑いながら、舞花はようやくビールを一口舐める。
泡はすっかり消え去り、グラスの表面をいくつもの水滴が伝っていた。
◆
あの夜から、約1年が経った今。
夏の終わり頃に予定されている結婚式で、勇輝へ贈るサプライズビデオを撮るために、俺たちはこうして梅雨の芝公園に来たわけだ。
いや…、それだけじゃない。
俺にはもう一つ、ここに来ている本当の目的がある。
けれどそのことに、舞花は露ほども気づいていないようだった。
雨が上がるのを気長に待つ覚悟ができたらしい舞花は、いつもの調子でくだらない雑談に興じる。
「東京タワーってやっぱカッコイイよね。普段気にも留めてなかったけど、タイに行ったら見られなくなると思うと寂しいなぁ。634mあるんだっけ?」
「それはスカイツリーな。東京タワーは333m。頼むから、海外で間違った情報振り撒くなよ」
「そうだった、危なっ!333、333、ね」
「まったく…。この夏でもう33歳だろ」
「あー!もういい歳、とか言おうとしてる?言っとくけど、一誠も同じだからね!」
そう。舞花と僕の誕生日は、どちらも夏だ。
幼い頃のサマーキャンプでは、いつも僕ら2人の誕生日祝いをまとめてしてもらっていた。
その慣習の名残で、僕と舞花は毎夏必ず集まって誕生日祝いをしている。
舞花から結婚報告を受けたあの夜も、飽き飽きするような、ただの夏の恒例行事のつもりだったのだ。
「一誠とは小さい頃から毎年一緒に誕生日のお祝いしてきたけど、来年からは会いにくくなるのかなぁ」
遠くを見つめながら、舞花が呟く。
懐かしそうなその眼差しは、どれだけ正確に昔のことを覚えているのだろうか?
小学生の頃に、僕のことをちょっと好きだと言ったことは?
高校生の頃に、合同誕生祝いは一生一緒にしようと言ったことは?
…大学生の時に、「33歳の時にお互い独り身だったら結婚しよう」と約束したことは?
― ああ。どうして俺は、ふたりを引き合わせてしまったんだろう。
あれは、31歳の誕生日祝いの時だ。
いつものように舞花と2人で会う約束をしていたのに、たまたま帰国していた親友の勇輝とも会いたくて…。
仕事が多忙で時間がなかった俺は、舞花との暗黙の了解を破って、誕生日祝いの夜に勇輝を連れて行ったのだ。
程なくして、ふたりが付き合い始めたと聞いた時には、もう遅かった。
ただの幼なじみの腐れ縁だと思っていた舞花は、僕にとってかけがえのない人だった。そのことにやっと気づいたけれど、どうしようもなかった。
関係が壊れるのが怖かった。何も動けないまま、ここまで来てしまった。いくつもの夏を、流れ行く水のように見送ってきてしまった。
僕と舞花の間には、あれだけの夏があったのに──。
― 舞花と勇輝の関係に割り込む気はないけれど、遠距離だからいつかは終わるかもしれない。もしそうなったら今度こそ、舞花に告白できるかもしれない。
つくづく自分がいやになるけれど、そんな気持ちがどこかにあったことは事実だ。
実際、2人の遠距離恋愛は、そう順調ではないように見えた。舞花からも勇輝からも、何度も「もうダメかも」という言葉を聞かされた。
特にネックになっていたのは、舞花の仕事。
化粧品会社のPRという夢を叶えていた舞花にとって、駐在に着いていくのは容易ではない決断になる。
「結婚するならタイに行くことになるから、仕事やめないといけないんだよね。勇輝との未来のためには、私、いろんなことを捨てなくちゃいけない…」
曇った表情の舞花からそう聞かされる度に、俺の心の中の土砂降りの雨は激しさを増していく。
― 東京にいる僕だったら、舞花に何も捨てさせなくて済むかもしれない。舞花をまた、太陽みたいな笑顔にしてあげられるかもしれない。
ずっと一緒にいられるかもしれない。
いつかふたりは別れるかもしれない。
告白できるかもしれない。
幸せにしてあげられるかもしれない。
いくつもの「かもしれない」で、いくつもの夏を見送ってきた。でも、もう分かっていた。
舞花が結婚する直前の今。この夏こそが、本当のラストチャンスだということを。
口に出してしまえば、勇輝との関係が壊れてしまう。舞花との関係だって、失ってしまう可能性が高い。
だけど、万が一にもチャンスが残されているのなら…。
もしも俺こそが、舞花に太陽みたいな笑顔をもたらしてあげられるのなら…。
もうこれ以上、後悔はしたくなかった。
◆
しとしとという雨音が続く中、ふと、会話が途切れた。
勇輝との結婚のための撮影が中断しているのも、今の俺にとってはまるで啓示のように思える。
俺は汗ばんだ手を握りしめて、伏せていた視線を舞花の方へと向ける。
「舞花、俺…」
と、言いかけた、その時だった。視線の先の舞花の横顔が、ゆっくりと天を仰ぐ。
「一誠」
「え…?」
「ほらね。言ったでしょ」
舞花に促されるまま、俺も視線を空へと向ける。
梅雨の曇り空から、眩しい太陽の光がいくつも差し込み始めていた。
生い茂った緑に、水滴がキラキラと反射する。
雨が上がり、撮影を再開してすぐ。iPhoneの画面越しに、くるりと振りむいた舞花が言った。
「勇輝、愛してる」
雨粒が煌めき、薬指の指輪が一層輝く。
けれど、画面の中で何よりも眩しく光を放つのは、真夏の太陽みたいな舞花の笑顔だった。
― 舞花のこんな綺麗な顔、初めて見るな…。
不思議と、ショックは受けなかった。
それどころか自分でも驚いたことに、俺の心は信じられないほど晴れていた。
まるで夏の強く美しい太陽が、土砂降りの雨を追い払って、澄み渡った青空を連れてきたように。
― 舞花。やっぱお前、太陽みたいだ。
そんな一言をぐっと噛み殺しながら、俺は長い付き合いの中で一番綺麗な舞花をカメラに収め続ける。
その日、テレビの天気予報が告げた。
「気象庁は今朝、東京が梅雨明けしたとみられると発表しました───」
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