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 既報通りマンチェスター・シティからイルカイ・ギュンドアンが、FCバルセロナへと移籍することが正式に発表された。これはバルサ側が月曜日に明かしたものであり、そこでドイツ代表MFは2025年までの契約を締結。さらに今夏バルサ最初の大型補強には4億ユーロの例外条項も付随しているが、ただ13億5000万ユーロの負債を抱える中でいかにファイナンシャル・フェアプレーに対応させるかはまだ不明。さらにスタジアム改修のためのローン14億5000万ユーロもある。

 2016年にボルシア・ドルトムントから、ペップ・グアルディオラ監督就任最初の補強選手として迎え入れられたギュンドアンは、移籍初年度は十字靭帯断裂で棒にふったものの、その後にグアルディオラ監督の下で不動のレギュラーにまで上り詰めており、通算255試合に出場して54得点。プレミア5度優勝を果たし、また主将を務めた今季は悲願のチャンピオンズリーグ優勝含む三冠を達成。「マンチェスター・シティでは特別な家族の一員だったし、この特別なシーズンでキャプテンを務められたことは、キャリアにおける最高の経験だったと思う」とギュンドアンはコメント。ファンやチームメイト、そして監督に感謝の気持ちを伝えており、「彼の下でプレーし、長い間学ぶことはできたことは決して忘れられないもの。シティは僕の心の中にずっとあり続ける。1度ブルーになれば常にブルーだ」との言葉を残した。

 ただそのグアルディオラ監督はじめ、マンチェスター・シティでは今夏までの契約延長に取り組んでいたものの、なぜそれに応じることはなかったのか?「辛い気持ちだ。この決断は決して容易なものではなかったよ。特にこのチームなのだから。グループチャットで退団を告げるときは心にぐっとくるものがあった」と、『The Players’ Tribune』にて投稿。悲願のCL制覇、そして一時はアーセナルに勝ち点差10をつけられてのリーグ逆転優勝の陰には、チームメイトやそのパートナーたちも「グループチャットを通じて何度もBBQを開催したし、今まで所属したチームで一番近いチームだった。それが最終的にタイトル獲得に至った理由の1つだと思う」と明かしており、なかでも昨夏にビーレフェルトから加入した、オルテガ・モレノが大きな助けとなったようで、「同じドイツ人として多くの共通項をもっていたし、毎日飲んだエスプレッソで僕はもっと心を開けた。彼なしでこのシーズンは無かったとさえいえる。サッカーの世界ではアンカーが必要で、彼は僕のアンカーだった」と説明。

 そして「とにかく辛かったのは、ペップに退団を告げるとき。ただありがとうとしかいえなかった。今季のタイトル獲得のみならず、そもそも僕をここにつれてきたことについて。ドルトムントで膝に重傷を負い、手術を余儀なくされたときは忘れられないよ。そのときにペップが電話をくれて、「心配するな、どんなに時間がかかっても待ち続ける」と言ってくれたんだ」と振り返っている。「あのとき変わった名前の選手が大金でやってきて、でも松葉杖をついているのだからファンの気持ちは想像に難くない。でも来た時は足を引きずってたけど、出る時はまるで空気の上でも歩いているような気持ちだ。三冠を達成し、マンチェスターでの雨の中の華やかなパレード。その時に思ったんだ。今より完璧な答えはあるのか?答えはノーだった」

 つまりはギュンドアンにとって、残された次の大きな目標こそ、「小さいころからいつか、このユニフォームを着る日がくることを夢見ていた」という、FCバルセロナへの移籍だったということ。「あと数年はまだトップレベルでやれると思うし、バルセロナを本来の姿に戻すその手助けをしていきたい。長い間憧れたシャビ監督とこのプロジェクトについて話した時に、それはとても自然のことのように思えたんだ」と説明したギュンドアンは、改めて「新しいチャレンジを模索していたし。もちろんバルサでの重圧の大きさはよく知っているよ。でもその重圧を感じることが僕は好きなんだ。ぬるま湯から抜け出すことがね。簡単な仕事を探していたわけではない」と語った。

アルナウ・テナス退団、ダニ・パレホに関心か

 ちなみにバルセロナではこの日、スペインU21代表GKアルナウ・テナスの退団が発表。さらにギュンドアンもボランチで起用可能とはいえ、今夏に退団したセルヒオ・ブスケツの穴埋めを模索するなか、ダニ・パレホもその選択肢の一つだと言われているが、ただ2009年からビジャレアルに在籍し、すでに34歳となったその年齢は決して良い解決策とはいえないだろう。