ドイツ国内を走るフリックストレインの列車。同社はドイツ―オランダ間を結ぶ国際列車の運行を計画している(撮影:橋爪智之)

格安のバスや鉄道などを運営し、「陸のローコストキャリア(LCC)」として急成長を遂げたドイツのフリックストレイン(FlixTrain)は2023年5月、ドイツ―オランダ間の国際列車の運行許可を求める要望書をオランダ消費者市場庁(ACM)に提出した。

この国際列車は、ドイツ西部の都市オーバーハウゼンから、オランダのユトレヒト中央駅、アムステルダム中央駅、ハーグを通ってロッテルダム中央駅まで、数あるドイツ・オランダ間の国際路線の中でもとくに需要が多いエメリッヒ(ドイツ)―ゼーフェナール(オランダ)―アルンヘム(同)間の国境越えルートを経由して運行する計画だ。

欧州の鉄道は上下分離化され、旧国鉄系以外の事業者にも列車運行事業への参入を開放(オープンアクセス)しており、近年はフリックストレインのような新たな民間事業者が相次いで運行に参入したり、旧国鉄系の会社が他国の国内列車を運行したりするなど競争が活発化している。だが、オランダでその流れに反する動きが起きつつある。

新規参入に「旧国鉄」の壁

オランダのACMに国際列車の運行許可を求める要望書を提出したフリックストレインは、国際輸送のみならずオランダ国内輸送への参入も計画していることから、今回の要望書提出は国際・国内輸送の包括的なオランダ市場への参入を見越してのものであると考えられている。同社は同時に、オランダの鉄道インフラ管理会社プロレール(ProRail)に対し、ダイヤ(線路容量)割り当てのための申請を行っている。同じ線路上を複数の事業者が運行するオープンアクセスでは、鉄道インフラ管理会社が運行各社にダイヤを割り当てる。

フリックストレインは、2011年に設立されたドイツの公共交通運営会社フリックスモビリティ(FlixMobility)が運営する鉄道ブランドだ(2019年11月7日付記事「半年で事故5件、欧州『格安高速バス会社』の実態」参照)。同社はもともとヨーロッパとアメリカの路線バスで急成長を遂げ、その後鉄道業界へ進出している。


ドイツ国内を走るフリックストレインの列車(撮影:橋爪智之)

フリックスモビリティはあくまで運営だけを行う会社で、鉄道もバスも自社で保有する営業用の車両は1両もなく、実際の運行はすべてほかの会社へ委託している点が特徴だ。オランダ国内での運行も、同国の鉄道ネットワークで運行の認可を取得している鉄道会社へすべて委託する形を採る。手続きが順調に進んだ場合、運行開始は2024年12月を予定しており、まずは1日2便から開始する予定だ。

ところが、これがすんなりとはいかない。

オランダ政府は、2024年12月から新たに幹線での営業権を旧国鉄系事業者のオランダ鉄道(NS)へ直接授与することを計画しており、フリックストレインをはじめとする民間事業者はこの動きに反発を強めている。営業権は、本来はNSも民間事業者も同様に与えられるべきものだ。

旧国鉄との協力を「強制」

オランダのインフラストラクチャー省は、民間の運行事業者に対して7月1日までに国際オープンアクセス鉄道サービスの申請書を提出するよう求めており、さもなければ、民間各社が運行しているルートも、すべてNSの幹線営業権に含まれることになる。

簡単に言えば、幹線営業権がNSのもとへ渡ってしまうと、今後はNSの協力なくしてオランダ国内での自由な営業ができなくなることを意味する。競争上はNSが有利になり、これは当然ながら真の市場開放、オープンアクセスとは言いがたい。

「これは完全に違法であるだけでなく、NSに大きな逆インセンティブ(NSと強制的に組まされることで、その利益の一部をNSへ吸い上げられるということ)を与えることになる。競争から保護され、補助金やプロレールの線路容量割り当てにおける優先権を得ることになる」とオランダのフリックス社シニアエキスパートであるアーサー・カミンガ(Arthur Kamminga)氏は語った。

現状でもオランダ政府は民間企業はもちろんのこと、ドイツ鉄道(DB)やベルギー国鉄(SNCB)といった外国の国営・準国営鉄道事業者であっても、オランダへの国際列車運行を単独で行うことを許可せず、NSと協力することを強制している。


NSと協力関係を築き運行を行うタリス(撮影:橋爪智之)

現在オランダへ乗り入れている、フランス・ベルギー・オランダ・ドイツ間の高速列車タリス、DBのICE、英国と欧州大陸を結ぶユーロスターは、いずれもNSと協力関係にあるが、逆に言えばこれらの会社はNSの協力なくして、すなわち「真のオープンアクセス」と言える単独の参入では、短期間のうちに列車の運行を開始できなかっただろう。


アムステルダムへ向けて発車するユーロスター。同社もNSとの協力関係により国際列車を運行している(撮影:橋爪智之)

これらの鉄道会社も、今後ともNSとの協力関係を継続していかなければ、線路容量の割り当てを減らされ、接続を切られる可能性も出てくる。

フリックストレインやほかの事業者が今後、新たな国際列車サービスを開始できるかどうかは、オランダ政府が2024年12月から新たな幹線での営業権をNSに直接与える際、国際列車ルートの営業権も含めるかどうかに大きく左右される。これが実現すれば、民間事業者や他国の鉄道会社はNSの協力なしにはオランダへの国際列車を運行できなくなり、NSと競合する列車の運行は困難になるだろう。

「もしそうなれば、今後10年間に実質的な新サービスを導入する余地はほとんどないだろう。既得権益の保護や(準)国営企業への優遇措置は、市場を事実上ロックし、国家主義的な政策や国家独占の時代へ逆戻りすることになる」とカミンガ氏は強調する。

新たな夜行列車計画も危機に?

オランダでは現在、フリックストレイン以外にも複数の民間事業者が夜行列車などの新たな列車運行を計画している。だが当然、これらの事業者も影響を受けるのは必至で、状況によっては運行計画そのものが白紙撤回となる可能性も否定できない。

今回のオランダに限らず、政府による国営・準国営企業への優遇は、鉄道のオープンアクセスが原則となった現在でもいまだに問題となっている国が多い。民間事業者の参入によって真の競争が生まれ、鉄道の需要そのものが飛躍的に伸びた例も多いが、このような競争は既得権益を持つ旧国鉄系ナショナルオペレーターにとって面白い話でないことも確かだ。


魅力的な低価格で多くの利用者がいるフリックストレイン。民間事業者による列車運行参入が競争を生み、鉄道の需要を大きく伸ばした例も多い(撮影:橋爪智之)

環境問題に端を発し、再び列車の旅が大きく注目を集め、ヨーロッパ各国で新たな列車の運行が計画されるようになって久しい。その一端を担っているのが民間事業者だ。新規参入を締め出すような動きによって、そうした流れに水を差すことにならないよう願いたい。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)