内乱続くスーダンから自衛隊機が邦人救出に成功しました。現地にどんな装備を持ち込んだのかも、徐々に判明しつつあります。ただ車両については邦人救出用として導入したものが使われなかったとか。その理由を推察します。

スーダンに派遣された「高機動車」って?

 国軍と準軍事組織が政権を巡る争いを繰り広げているアフリカのスーダン共和国。すでに数百人の犠牲者と数千人の負傷者が出ているなか、日本政府は退避を希望する在スーダン邦人を救助すべく自衛隊を近隣国のジブチに派遣し、同国北部にあるポートスーダンから自衛隊の輸送機でジブチまで避難させることに成功しました。

 一部メディアによると、このとき航空自衛隊の輸送機に搭載されていたのは陸上自衛隊の高機動車であったと報じられています。一方で、在外邦人救出の専用車である輸送防護車は使われなかった模様。一体なぜでしょうか。


国際活動教育隊における邦人輸送時の突発事態対処訓練の様子。写真は現地の武装勢力に囲まれた際の対応について(武若雅哉撮影)。

 まず高機動車とは、トヨタ自動車が製造する4輪駆動車のことです。市販の姉妹車として「メガクルーザー」が販売されていたこともあるため、名前ではピンと来なくとも、その姿は見たことがある人も多いでしょう。

 全国の駐屯地に広く配備されているほか、部隊の“足”として高速道路や街中を頻繁に走っています。高機動車は、一見するとトラックのような形状をしていますが、10名まで乗車可能です。内訳は、前方に2名(運転席&助手席)、そして後部に4人掛けのベンチシートが2列で8名乗車という形です。なお、車体は「ソフトスキン」と呼ばれる取り外し可能な幌を被せた構造のため、防御力は皆無といっていい状況です。

 しかし、実は一部の高機動車には防弾ガラスや防弾板を装着した改良型も存在します。こちらは「高機動車II型」と呼ばれており、今回スーダンに派遣された中央即応連隊や、海外派遣部隊や要員などに教育・訓練を施す国際活動教育隊などに配備されています。

邦人救出用装備「輸送防護車」とは?

 一方、中央即応連隊には在外邦人救助のための専用車ともいえる「輸送防護車」も8両配備されています。輸送防護車はオーストラリアで製造された4輪駆動タイプの装甲車で、拳銃弾や小銃弾の直撃に耐えられる装甲と、至近距離で地雷や即席爆弾(IED)が爆発しても、車内は無傷な構造を有しています。

 最も特徴的なのは、車体下部がV字になっている点でしょう。この形状によって、車体下部で地雷や仕掛け爆弾が爆発しても、その爆風を車体の外に受け流すようになっています。ゆえに防御力は、前出の高機動車II型はもちろん、陸上自衛隊で最も多用されている装輪装甲車である「軽装甲機動車」よりも優れていると言えるでしょう。

 しかし、今回のスーダン邦人救出は、輸送防護車ではなく高機動車が使われたのでしょうか。


今回派遣されたC-130H輸送機の同型機(武若雅哉撮影)。

 車体サイズで言えば、高機動車と輸送防護車、両方とも今回派遣された航空自衛隊のC-130輸送機やC-2輸送機に積載することができます。収容人員も、高機動車は前述したように10名。対する輸送防護車も同じく最大10名が乗車可能です。

 10名のうち3名が自衛官(運転手、車長、後方警戒要員)だとすると、ほかに7名の民間人を乗せることができる計算になります。となると、より安全性が高い輸送防護車の方が良かったように思えます。それでも高機動車が選ばれた理由は、輸送にかかる手間だと考えられます。

 今回の任務では、航空自衛隊のC-130H輸送機とC-2輸送機、そしてKC-767空中給油機輸送機が各1機ずつジブチに派遣されました。そのうち、車両の搭載が比較的容易なのはC-130H輸送機とC-2輸送機です。KC-767にも搭載できないことはないのですが、車両をリフトアップする必要があり、車高の条件もあることから候補からは外れます。つまり、KC-767は退避した在外邦人や陸自の隊員を運ぶために、また重量物を運ぶ2機の輸送機に対する空中給油任務に使用されたと推察されます。

輸送防護車が現地へ行かなかった理由

 そしてC-130HとC-2、この2機種に焦点を絞った場合、後者の方が積載量、機内容積ともに優れています。輸送防護車の車重は約14.5tであることから、C-130Hであれば1両、C-2であれば2両を搭載できそうです。しかし、C-2に輸送防護車を2両も乗せてしまうとC-2の有効搭載量32tに近くなることから、他の機材が積めなくなる恐れがあります。また燃料も満載できなくなるほか、離陸に伴う地上滑走距離も長くなることから、安全を考慮した場合、1両が現実的な数になるでしょう。

 他方、高機動車であれば車両重量は約2.6tで、防弾板を装着していても3t程度で済むと考えられるため、C-130HとC-2双方に2両を積載し、現地まで飛んでいくことが可能です。

 計4両の高機動車を輸送した場合、一度に運べる在外邦人は28名程度となりますが、近隣諸国や国連の支援を受けることができると考えれば妥当な数でしょう。


今回派遣されたC-2輸送機の同型機(武若雅哉撮影)。

 実際には、高機動車は航空自衛隊の輸送機から降ろされることなく、在外邦人は関係諸国や国連の車両でポートスーダンの空港まで避難してきています。

 ちなみに、陸上自衛隊は軽装甲機動車という装甲化された小型の車両も保有していますが、こちらは最大乗車人員が4名となっているため、運転手と車長を乗せてしまうと、乗せられる在外邦人は1両あたり2名となってしまうため、現実的な数字ではなくなってしまいます。その一方で、退避する車列の警護には使えるため、場合によっては軽装甲機動車を運ぶという算段もあったでしょう。

 いずれにせよ、退避を希望する在外邦人が全員救助されたのは喜ばしいことです。しかし、仮に全ての在外邦人を自衛隊が独力で救助するとなった場合、陸上輸送を担当する陸上自衛隊の部隊を乗せる航空自衛隊の輸送機が不足するという問題が発生する恐れがあります。

 今回は現地在住の邦人数が少なかったことが不幸中の幸いであったと言えるかもしれません。もっと在留邦人の多い国で政変が起き、救出しなければならない事態になったときのためにも、今回の事例をしっかり教訓として次に生かすことを筆者(武若雅哉:軍事フォトライター)は期待します。