田園都市線などで長年使われた東急8500系が、調布市の精神科病院へ向け搬出されました。この車両は昨年売りに出された先頭車両。病院が購入を決めた理由や、そもそも電鉄が車両を販売しようと思った経緯について尋ねました。

目標金額を超えたクラウドファンディング

「1両まるごと販売」で話題となった東急電鉄の8500系電車。台車や床下機器などが付属したまま、2022年10月に先頭車両が176万円(税込)で売りに出され、ついに買い手の元へ旅立ちました。


長津田車両工場でトレーラーに載せられる東急8500系の先頭車両(2023年4月26日、大藤碩哉撮影)。

 8500系は1975(昭和50)年に製造され、主に田園都市線で使われてきた車両です。一時は東急電鉄で最多となる400両が在籍しましたが、老朽化により2023年1月25日に営業運行を終了しています。

 そして販売された車両を購入すると手を挙げたのが、東京都調布市にある精神科病院「東京さつきホスピタル」でした。ただし、費用は車両購入費だけでは済みません。整備費や運搬費、設置に伴う地盤整備費など全て合わせると7500万円ほどになりました。

 そこで院はクラウドファンディングを実施。2022年12月23日までに目標であった5000万円を超える支援が集まり(結果は5073万1000円)、8500系は晴れて「東京さつきホスピタル」への譲渡が決まったのでした。

 それから4か月。いよいよ古巣の東急電鉄を旅立つ時が来ました。2023年4月26日(水)の雨が降りしきる中、長津田車両工場(横浜市青葉区)からトレーラーで搬出される様子が報道陣に公開されました。

 午前10時。工場内には搬出を待つ8500系が、台車を外した状態で作業台の上に鎮座していました。先頭車両の方向幕には「東京さつきホスピタル様 行」の表示。車体の一部を目隠しして、いつでも搬出できる状態です。すぐ隣ではトレーラーが待機しています。

 10時半過ぎ、天井から大型のクレーンが下りてきました。車体をがっちりと掴むと上昇。横へ移動しトレーラーの上部に来ると、再び降下して来ました。

なぜ精神科病院が購入したのか

 作業員が指差喚呼しながら、8500系を慎重にトレーラーに載せます。作業開始から約20分。完了すると、クレーンは元の位置へ戻っていきました。

 安全確認を行い11時過ぎ、トレーラーに牽引された8500系が工場建屋を後にします。出入口は決して小さくないはずなのですが、トレーラーが顔を出し、続く銀色の車体には心なしか窮屈に見えました。

 屋外に出ると、構内はまるで自動車教習所のコースのようなS字カーブです。しかしトレーラーの運転手は巧みなハンドルさばきで、ゆっくりと20mの車両を牽引していきました。


車両はおよそ30トン(2023年4月26日、大藤碩哉撮影)。

 車両を購入した社会福祉法人 新樹会の諏訪 智理事は、今日に至る経緯として「車両が1両販売されたことにまずは驚きました」と話しました。そのうえでクラウドファンディングをしてまで購入した理由について「想定より経費が多くかかるので支援いただくため、またクラウドファンディングを通じて、精神科医療について世間に広く知ってもらうため」としました。「用があってもなくても、誰もが気軽に精神科病院に行ったっていいじゃないか」というのが法人のコンセプトだそう。

 ただ本業ではないプロジェクトに、病院内からは当初、反対の声も上がったといいます。これに対しては、地域貢献にもなるという前出のコンセプトを説明し、車両を本気で活用していくという意思を示したのだそう。最終的には皆が納得してくれ、今や車両の到着を心待ちにする人もいるそうです。

8500系を売ろうと思ったきっかけは

 なおクラウドファンディングで集まった金額は、医療系で歴代4位、鉄道系で歴代2位とのこと。「漕ぎつけるまで骨が折れましたが、一部からは大成功という評価をいただきました」と、諏訪理事は笑顔を見せました。


8500系が設置される予定の場所(画像:東京さつきホスピタル)。

 東急電鉄 車両部の門田吉人さんは、そもそも8500系を一般向けに販売しようとしたきっかけについて「東急線では使わなくなっても他社様では需要があるので、リユースしたいと以前から考えていました。ただコロナ禍で買い手がなく廃車にするしかなくなり、しかし費用をかけてスクラップにするくらいなら、ウワサで聞いていた“一般でも買いたいという人”に売れるのではないかと思い、企画しました」と話しました。

「弊社は昨年、創立100周年を迎えましたが、8500系はその半分を走ってきており、多摩田園都市を支えてきた、盛り上げてきた車両という認識です。ここで廃車にするのはあまりにももったいないという思いでしたが、諏訪さんに購入いただき、今後50年、100年と飾っていただきたいと思います。我々の車両が活用されることを、非常に嬉しく思います」(東急電鉄 車両部の門田吉人さん)

 なお、東急電鉄には営業運行を終えた8500系がいくつか残されていますが、門田さんによればそれらの今後の活用については未定であり、仮に展示などが決定したら告知したいと話しました。