【インサイトナウ編集長対談】調達の機能と生産・サプライチェーンの機能が融合した構造改革が必要/INSIGHT NOW! 編集部
お相手:野町 直弘様
調達購買コンサルタント
サプライヤーが売り先を選別する時代に
猪口 今回は調達購買コンサルタントの野町さんにお越しいただきました。早速ですが、野町さんの記事「企業経営におけるサプライチェーンの重要性」を読ませていただきましたが、私もサプライチェーンの重要性が高まっていると日々感じています。
野町 今、日本の中で見ると、どちらかというと川上の会社(原材料を提供する側)のほうが強くなっていると感じています。グローバルで見ると、セットメーカーが強いのは中国や新興国ですが、日本の企業の中では川上企業が強くなっている。そういった変化がまず一つです。
もう一つが新型コロナウイルス感染症の影響です。半導体や電子機器の会社に何社かヒアリングしたところ、2019年頃に半導体が逼迫したときに設備増強をしなかった会社は大きく影響を受け、コロナ後の巣ごもり需要やゲーム需要にまったく追いつけず、供給力不足が未だに続いています。こういったことが世界同時に起こっています。
三つ目は、サプライチェーンの分断リスクの顕在化です。東日本大震災から続いており、最近ではコロナの影響によるロックダウンや、ウクライナなどの地政学リスクの問題もあったりします。これは環境変化がもたらす構造変化によって顕在化しており、一時的なものによって発生しているわけでないので、それに対してどのように対応するかを捉えて、、サプライチェーンの構造を柔軟に変えていかないと競争力がなくなってしまいます。
猪口 記事の中で、「調達改革」という言葉を使っていらっしゃいました。
野町 私はこれまでコンサルタントとして調達や購買にフォーカスしてきました。去年からは、調達の機能と生産やサプライチェーンの機能がきちんと融合して構造改革を進めなければいけない、という流れになってきたと感じています。
猪口「調達購買コンサルタント」はあまり聞かないお仕事です。野町さんは自動車メーカーにいらしたそうですが、仕入れ、調達のお仕事に長く携わってきたのでしょうか。
野町 実務経験は自動車メーカーで5年ぐらい、GEで3年ぐらいしかありませんが、調達購買コンサルタントとしての経験は25年以上になります。2002年に会社を立ち上げましたが、コンサルをやるのであれば特徴を持たないとだめだと考えた時、私自身が元々調達や購買の経験を持っていましたので、調達にフォーカスしました。その理由はシンプルで、調達や購買に特化したコンサルタントが他にいなかったからです。
猪口 たしかに「調達購買コンサルタント」という響きは新しいですね。
野町 徐々に広がりつつあると感じます。また従来は、サプライチェーンと調達はまったく違う領域でした。サプライチェーンは今まで「サプライ」よりも、どちらかというと「デマンド」に目を向けており、製品の出荷、在庫、物流の最適化が中心でした。ところが、去年を境にして仕事のほとんどがサプライチェーン絡みの仕事になり、一緒にやらざるを得ない状況になってきました。サプライチェーン側からすると、ものが入ってこないと製品が作れず、製品が作れないと売り上げにつながりません。そのため、「サプライをいかに確保するか」というところに目を向けざるを得なくなっています。一方で、今まで調達部門はこのようなモノが不足している状況で、マネジメントからは「何とかしろ!」と言われ続けてきて、調達部門がどうにか対応してきたわけです。しかし、今は何とかできなくなってきています。全社として、特に経営トップが、「サプライチェーンをどうやって確保していくのか」「リスクマネジメントをどう進めるのか」「原材料の調達価格が上がるのはいいが、それをいかに製品に転化していくか」といったことを考えなければならない状況になってきているのです。
猪口 なるほど。そういう意味ではリスクマネジメントですね。たしかに、コロナに加えてウクライナの問題があって、本当に入らなくなった。東日本大震災のときはあくまで日本の中の話で、「じゃあ海外から取ればいい」というところもあったのでしょうけど、今回は全世界的ですよね。
野町 今はやや落ち着いてきたと言われていますが、一昨年の暮頃、ある日用品メーカーの調達部長が、「モノが買えない時代になってきている」と言っていました。高すぎる、運べない、売る気がない。と。一番の問題は売る気がないことです。先ほど言ったように、川上のサプライヤーが力を持ちつつあり、サプライヤーが売る先を選別するような時代に入ってきているということです。
猪口 売る気がないというより、売る先の戦略をきちんと持っているということですね。
野町 おっしゃるとおりです。
猪口 コンサルタントと言えば、IT、マーケティング、経営戦略が変わらず人気ですが。この数年間で、「企業がものを作る」というサプライチェーンの重要性が非常に高まってきています。若い方々ももっとそこに目を向けたほうがいいですね。
野町 そう思います。私が調達購買のコンサルタントをやると言ったとき、周りの調達の人たちからは「ニーズがないから、やめた方がよい」と言われました。それでも一応25年間生計が立てられています。また、この25年の間にいろいろなトレンドや改革のやり方が出てきて、どんどん進化しています。サプライチェーンもまさにそうで、さらに早くから改革が始まっています。
サプライチェーンの構造を変える柔軟性が大切
猪口 サプライチェーンの構造改革や調達改革というのは、具体的にどのようなことですか。IT化、予測のスキル、リスクマネジメント的なことも含まれるのでしょうか。
野町 それだけではありません。例えば、ものが入ってこなくて製品が作れないとき、市場に代替品があったとしても、価格が高ければ日本の企業は即時に購買する決断ができない場合が多く、他国の企業に買い負けてしまうのです。ですから、平時でもすぐに決裁できるような業務の仕組みを作っておかなければいけません。また、新製品を開発するときに調達性が良い部品を採用するような取組みですが、これは開発購買といって、以前はコスト削減の観点から行っていたのですが、供給面から調達性がよい部品を採用するなどの仕組みづくり、もやっていくのです。こういったことはまさに業務や取組みについてのコンサルです。
さらに、生産から調達まですべて複線化を検討している企業もありますが、こういう生産体制の整備などもコンサルのテーマとなります。今、日本の企業はチャイナリスクを非常に気にしています。中国の生産がなくてもものが作れるようにするということも、コンサルとしてニーズが高いですね。
猪口 そんなふうにもっと視野を広げれば、いくらでもコンサルニーズがありますね。
野町 日本企業はこういったことに気が付くのが遅いので、本当に頑張ってほしいですね。私が言いたいのは、サプライチェーンをこうしなさいということではなくて、「サプライチェーンの構造を変える柔軟性が大切」だということです。
猪口 日本は元々そういうことが得意だったはずです。資源がないので、買ってきて売るしかないわけで。
野町 メーカーが皆困っている中で、ダイキン工業さんの業績発表は素晴らしいと思いました。原材料の市況価格が高騰し、購入品の費用が高まっているのに、同じだけ価格に転嫁できていて、今期最高収益になるという見通しでした。私がすごいと思うのは、全社をあげてやむを得ない市況の高騰をきちんと価格に反映させて、それを消費者やお客さんが受容しているという状況です。これは、企業としての説明責任を果たしていて、顧客もやむを得ないと思っているから実現できるわけです。そのようなことがしっかりできる会社が、今後伸びていく会社です。多くの日本企業の経営トップは、もっとサプライチェーンや生産、調達に目を向けることが大事です。今までは「お客さんに転嫁できないからお前ら何とか(吸収)しろ!」だったのが、そうではないということに気がついて、動き出した会社は強くなります。今期の収益を見ると本当に対照的ですよ。
猪口 いわゆるK字型回復、K字経済と言われていますが、上がっているところと下がっているところで、価格転嫁や、今までどれだけリスクマネジメントを行ってきたか、生産・調達の複線化をして共有できているかなど、その違いは非常に大きくなりそうですね。
野町 そう思います。あとは、サプライチェーンは、価格や効率だけではないというところに、いかに早く意識を転換できているかが重要だと思います。ある会社では、自分たちで在庫を持つと宣言し、倉庫や物流の手配、システムの導入を進めています。それだけ投資しても構造改革が必要だと捉えているわけです。そのようなケースも出てきています。
猪口 野町さんからご覧になって、日本の企業でここは進んでいる、大丈夫だという感触を持つ企業は多くありますか。
野町 コンサルですので、ベストプラクティスや事例はあるかとよく聞かれるのですが、例えば、供給不足への対応で、この企業は上手くいっている、というような事例は多くありません。好事例でよく出てくるのは海外の企業ばかりです。
猪口 その差は何なのでしょうか。
野町 やはり、経営サイドがサプライチェーンや生産、調達をまだ重視していないのだと思います。未だに「何とかしろ!」の世界です。原材料価格の高騰を製品やサービスの対価に転嫁することができていないのも同じ状況です。転嫁するためには、製品としての競争力がないとだめだし、それを顧客が理解し、納得してもらう必要があります。経営はそこをよく考えなければいけません。「何ともならない」時代ですから。
また、供給不足への対応は三つぐらいしか考えられません。一つは「在庫を持つ」。自社で持つか、もしくは長期発注というかたちでサプライヤーに持ってもらうかです。二つ目が「マルチ化」で、先ほどお話しした代替品の採用や生産の複線化、複数のサプライヤーを持つマルチソースや、マルチファブと言われる一つのサプライヤーに複数の工場で作らせるようなやり方です。三つ目は、サプライヤーにいかに有利に扱ってもらうかという「関係性づくり」です。この1番と2番と3番をミックスして、最善の策を講じていかなければなりません。難しいのは、品目やサプライヤーによって状況がそれぞれ違うことです。そこをしっかり把握して、サプライヤーが何を望んでいるか理解した上で、彼らが供給しやすいような関係性づくり、施策を打っていかなければならないのです。
しかし、こういったやり方も結局はその場しのぎです。恒久的には、「いかにサプライヤーとの関係性を構築していくか」「サプライチェーンの柔軟性の確保」「供給不足や市況高騰を売価にいかに転嫁するか」の三つだと思います。
猪口 経営者も頭の中では分かっていても、今までサプライヤーに対して強気だったのでなかなかできないのかもしれませんね。そういう意味では良いチャンスですね。
野町 去年から今年にかけて、値上げができた企業に対する評価が高まっているそうです。値上げにも良い値上げと悪い値上げがあって、便乗はだめでも、やむを得ない値上げは仕方ありません。ですから、説得性を持って説明できることが重要なのですが、営業の方が説明できるわけがない。「原材料高騰により製品価格を○割アップさせていただきます」と出されても、それが正しいかどうか分かりませんから。説明責任を負って説明するためには、調達購買やサプライチェーンの人間のサポートが必要です。それができない企業は市場から理解を得られないということでしょう。
猪口 だからこそ同じ企業の中で売る側と調達側が連携して、お互いの共有が欠かせませんね。
野町 売る側と買う側だけでなく、技術や生産、経営企画などの全社での連携が非常に重要です。
猪口 「調達購買コンサルタント」というお仕事に今までお会いしたことがありませんでしたが、お話を聞くと、今のコロナ禍において非常にポイントとなるお仕事ですね。
野町 これは、今だけでなく、昔からもけっこうポイントだったと思います。2000年頃にテーマとして多かったのは、調達部署をどう組織化していくかです。そういった話からスタートして、その後はコスト削減の支援です。その後は、間接材と言われる経費や設備投資などの支出削減に企業が目を向け始めてきたので、そこでの集中購買化やコスト削減、システム導入の支援が増えていきました。そんなふうに徐々にやることが変わっています。人材育成が出てきたり、最近は、供給不足への対応や、それ以外でいくとDXなどです。
猪口 人材育成でも、どう育成するかという方向も変わりますよね。
野町 おっしゃるとおりです。2000年頃は、言葉は悪いかもしれませんが、調達部門は吹きだまりでした。シニアになった人たちを集めて、適当にやって、みたいな感じでした。2010年頃のリーマンショックの頃になって、ようやくこれは専門職だということで人材育成をし始めました。アメリカなんかは100年前からずっと専門職として扱われています。
猪口 「調達」のスキルは、ますます需要が高まりそうです。本日はどうもありがとうございました。