サンタの引っ越し/純丘曜彰 教授博士
「親分、どうしたんです? 難しい顔をして」
「うーん」
「だいいち、この部屋、寒くありませんか。あ、暖炉が消えてる!」
「いや、いいんだ。このコートを着ているから」
「……だけど、最近、そのコートも、もう前が閉まらないんでしょ。測り直して新調しましょうよ」
「あ、うん、そうだな……」
「なんにしても、暖炉をつけておかないと、窓のところとか、凍っちゃってます」
「やっぱり、ここはなぁ……」
「何、見てるんですか? え、住宅情報サイト?」
「うん、そうなんだよ。引っ越そうかと思ってね」
「え、なんで? サンタったら、北極に決まってるじゃないですか」
「いや、だけどね、ほら、時代も時代だろ?」
「時代?」
「省エネだよ」
「まあ、わかりますけれど、うちら、なんか問題があります? 親分なんか、それこそ先進のバイオじゃないですか? コケ喰って空を飛ぶトナカイたちなんか、ガソリンも使わないし、排ガスも出さないんだから」
「それは、それとして、ここ、けっこう広いだろ」
「だって、うちらみたいのもおおぜいいて、良い子カスタマーセンターから、オモチャ工場、配送分類倉庫、それにソリ整備場やトナカイ牧場まで、それでどうにか成り立っているんです。え、ひょっとして、生産性が低い、とか言って、IT企業みたいに大規模リストラ?」
「いや、そうじゃない、そうじゃない。問題は暖房さ」
「うーん、たしかに冬場、暖房しないと、この部屋みたいに凍っちゃいますからね。だけど、どの部屋も、石油やガスは、いっさい使ってないですよ。ぜんぶ、昔ながらのタキギのストーブで、発電もタキギの火力。裏山に木なんかいっぱいありますからね」
「それだよ、問題は。自分たちのところは木がいっぱいあるからと言って、ばんばん暖房だの発電だので燃しておきながら、他のところの森林伐採を非難するなんて、どの口で言えるんだか」
「……そう言われれば、そうですねぇ」
「このあたりの木だって、自分たちで植えたものじゃないだろ。みんな、神さまがくださったんだ。他のところの連中が、石炭や石油を使うのと同じさ」
「まあ、石炭や石油でも、タキギでも、二酸化炭素が出るのは同じですね」
「それだけじゃない。生きている木を切ってしまうんだから、いよいよ二酸化炭素の還元吸収が減ってしまう。ひょっとすると地中の石炭や石油を使うより悪質だ」
「なんか、とっても悪いことをしている気がしてきました」
「だろ? でさ、引っ越そうかと思って。どうせ空から全世界に配送するんだから、なにも、こんな寒くて暮らしにくいところにいなくても、いいんじゃないか?」
「言われてみれば、そうかも……」
「だからさ、冬場でも暖房がいらないところを探してたんだよ」
「ああ、そういえば、親分、もともとトルコの出で、その後、南イタリアで暮らしていたんでしたね」
「いや、どこでもいいんだけどね」
「でも、夏場に冷房するところもダメですよ」
「そういうことになるな」
「それから、街中や目立つところもダメ。場所が知られて有名になってしまったら、年がら年ちゅう観光客が来て、子供のオモチャ作りどころじゃなくなってしまうから」
「うむ、それもそうだ」
「そうなると、世界中、そんな都合のいいところなんか、そうそうありませんよ」
「こまったな……」
「あ、そうだ、親分、中東の砂漠ほうはどうです?」
「それこそ、暑いんじゃないのか?」
「それが、うちらと同じ青い一族で、すっごいでっかいやつが、砂漠で壺の中に住んでるんですよ」
「壺? 大男が壺の中なんかに住めるのか?」
「ええ。でも、ランプだったかな。まあ、なんにしても、あれ、うまく熱気を逃がして、中はけっこう一年中、快適なんだそうです」
「ああ、地下式なんだろうね。トルコや南イタリアでも、そういう家を見たことがあるよ」
「それなら、話がはやい。どこか、いいところがないか、あいつに聞いてみましょうか?」
「うむ、よろしくお願いするよ」
「じゃあ、さっそくメールしてみますね。で、トナカイたちはどうします?」
「いっしょだとまずいのか?」
「え! 砂漠になんか連れて行ったら、サンタがトナカイを虐待!とか言って、大騒ぎになってしまいますよ。それに、あいつら、近ごろ、重すぎる! どうにかしろ! って、ただでさえ不満だらけなんだから」
「そうなのか。じゃあ、しかたない。たしかに彼らは、ここのままの方がショウに合ってるだろうから、こっちに置いていこう」
「まあ、心配ないですよ。あっちにはあっちで、空飛ぶラクダとか、いると思いますから。それも、彼に聞いておきますね」
「うん、そうだな。たのむよ。でも、ソリはどうしよう?」
「それも、ダメですね。砂漠じゃ荷車だって砂にめりこんじゃって、ムリなんだから」
「じゃあ、みんな、どうしてるんだ?」
「さあ、わたしもよく知りませんが、うちらの青い親族は、じゅうたんに乗ってましたね」
「じゅうたん? 敷物の?」
「ええ、あれもうまくやると、風に乗ってけっこうな速さで飛ぶらしいです」
「へぇ、そんなことができるのか。すごいな」
「……」
「どうした?」
「いや、もうあいつから返事が来たんですけどね……」
「なにか問題が?」
「むこうの壺家の写真が貼ってあるんですけど……」
「ほう、どれ、見せてくれ。おお、すごくよさそうじゃないか! 壺というが、中はけっこう広いな」
「ええ、まあ、そうなんですけれど……」
「私は気に入ったよ」
「玄関の写真、見ました?」
「玄関? 玄関って、壺の口か?」
「ええ。けっこう狭いでしょ」
「ああ、これね。リフォームして、もうすこし拡げようか? これじゃ、私は入れそうもない……」
「壺の口が長くなって、煙突みたいになっているから、熱気だけを排出できるんで、ここを大きくしたら、外の熱気が逆に入り込んで、せっかくの涼しさが台無しですよ」
「そうか……いや、だけど、きみたちの青い親族というのは、どうしてるんだ? そいつは、すっごくでっかいんだろ?」
「あいつ、体が柔らかいんで、どんなところでも、するっと抜けられるんです」
「そうなのか……」
「あの、これ、みんな、心配しているんですけれど、親分の病院の薬、また増えていませんか?」
「……」
「失礼とは思いますが、最近、見た目も、ちょっとやばいですよ」
「うーん、まあ、自覚はしているんだけどね」
「いや、だって、一年に一晩しか外に出ないなんて、究極の引きこもりじゃないですか。それで、部屋で甘いクッキーと脂肪たっぷりのミルクばっか、休み無く、ばくばくやってるでしょ。それじゃ、健康に良いわけがないですよ」
「……まあ、そうだろうな。だけど、ほら、ここは外は寒くて散歩なんかできないだろ。それもあって引っ越そうかと思って」
「そういうことだったんですか。でも、まずここでもできることからやりましょうよ。そうでないと、むこうのラクダだって、トナカイみたいに怒るだろうし、まして、じゅうたんに乗るなんて、いまの体型じゃ、ムリですよ」
「……」
「まあ、これ、ほんとはまだ秘密だったんですけどね、トナカイたちに言われるまでもなく、うちらもみんな、親分のこと、心配していて、今年のクリスマスプレゼント、じつはルームランナーなんです。それなら、家の中でも散歩とか、ランニングとかできるでしょ」
「そんなに、みんなに心配をかけていたのか」
「でも、ちゃんと使ってくださいよ。部屋に置いておくだけじゃ、意味がありませんからね」
「あ、ああ……」
「地球環境も大切ですけど、まず自分の体を大切にしましょうよ。そうして、いつまでも元気で長生きしてくださいね。それがみんなの願いなんです」
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