車両を航送する鉄道連絡船は、日本では廃止となりましたが、海外では現役。列車に乗ったまま船へ乗り込む希少な航送も存在します。そのひとつ、イタリア本土とシチリア島を結ぶメッシーナ海峡の連絡船に乗りました。

日本ではかつて青函航路と宇高航路で車両航送

 鉄道連絡船は、海や川、湖で隔てられたアクセスを可能にする手段として、世界中で活躍してきました。日本の鉄道連絡船は青函航路や宇高航路が有名で、貨車や郵便車、荷物車をメインとした「車両航送」も行っていました。ただ既に廃止となって久しく、客船タイプとしてJR西日本の宮島航路が現存するのみです。


ローマ・テルミニ駅。乗車予定の列車は始発駅なのに時間通りに来ず、出発予定の15分後に入線してきた。時刻通りに発車する場合もあるので要注意。編成は4人部屋クシェットの「Comfort」、1〜3人個室の「Deluxe」、シャワーとトイレ付き個室「Excelsior」である(2018年11月、吉永陽一撮影)。

 青函航路と宇高航路は太平洋戦争後の一時期、客を乗せたままの車両航送を実施したことがあります。青函航路では、GHQの命令により連合軍専用列車「ヤンキー・リミテッド」が、宇高航路では1950(昭和25)年から1955(昭和30)年まで夜行列車が、それぞれ車両航送されていました。しかし洞爺丸事故や紫雲丸事故を受け中止となり、安全の観点から「旅客は船室にいるべき」との運輸省(当時)の見解もあって、一時的なもので終了したのでした。

 世界に目を向けてみましょう。車両航送する鉄道連絡船はヨーロッパ、アジア、南米など各地で存在していますが、ほとんどが貨車の航送で、旅客は別輸送です。旅客列車に乗車した状態で鉄道連絡船に乗り込む――そんな車両航送体験ができるのは、“渡り鳥コース”という別名を持つ、ドイツ北部のプットガルトからデンマークのロービュを結ぶルートが知られていました。しかし2019年にコースが変更されています。

 そのほか航送体験ができるのは、中国の広東省と海南島のチュンチョウ海峡を結ぶ国鉄路線の連絡船や、イタリア本土とシチリアのメッシーナ海峡を結ぶ連絡船などがあります。私(吉永陽一:写真作家)は青函連絡船や宇高連絡船に乗船する機会がなく、でもせっかくならば体験をしたいと、2018年11月末に友人とメッシーナ海峡へ赴きました。

寝台列車に乗ったまま船へ!

 シチリア島に鉄道が開業したのは1860年代後半で、メッシーナ駅まで路線が延びました。イタリア本土でも1870年代から次々と開業し、1890年代にはメッシーナ海峡の船舶航路が開始。1900年代初頭には車両航送が開始され、やがて寝台列車も航送されて、本土とシチリア島を行き来しました。


寝台列車の乗客が数人甲板に上がり、まだ白む前の夜風にあたりながら短い航海の時を過ごしていた(2018年11月、吉永陽一撮影)。

 メッシーナ海峡の鉄道連絡船は開業当初、本土側の駅はレッジョ・ディ・カラブリアでした。その後メッシーナ駅から海峡を挟んで目と鼻の先にあるヴィラ・サン・ジョパンニ駅に航送設備を配し、1905年から本土側はこの駅が玄関口となり、現在に至るまでヴィラ・サン・ジョパンニ〜メッシーナ間を結んでいます。両駅は地図の実測で6kmほどしか離れておらず、お互いに対岸がよく見えます。我々にとっては、関門海峡の壇ノ浦がイメージとして近いかもしれません。

 さて、ローマのテルミニ駅21時31分発の寝台列車「IC Notte」に乗車して、カターニャ駅まで向かいます。ICとはインターシティ(都市間連絡列車)、Notteとはイタリア語で夜を意味し、日本の寝台特急にあたります。

 私たちが乗車する寝台車は「Deluxe」と車体に描かれ、1〜3人まで利用できる個室車両です。部屋は3人利用の3段寝台がセッティング済み。もう1人イタリア人と同席でした。相席となって3段寝台で過ごす列車も、日本では味わえません。少々狭く感じますが、この状態で連絡船に乗り込む経験は貴重です。

 この列車で気をつけなければならないのは、メッシーナ駅からカターニャ行きとパレルモ行きに分かれること。号車によって目的地が異なると、あらぬ方向へ行かされるケースもありますが、乗車時に車掌の検札があるので一安心です。

降車し船の中へ出られる

 メッシーナ海峡を壇ノ浦と例えるならば、下関駅から航送され、門司港駅で鹿児島本線と日豊本線へ分かれるといったところでしょうか。「IC Notte」は2022年現在も走っており、2方向へ分岐する運転方法も同じです。

 メッシーナ海峡越えは朝方の4〜6時台です。ヴィラ・サン・ジョパンニ駅到着後、列車は構内側線へと回送されました。そこでスイッチバックして船の停泊する場所へ走り、いったん停止。しばらくしてバック。その繰り返しです。ここで行われているのは、ディーゼル機関車に控車を連結した入替機関車が客車を連絡船に押し込み、船内で3〜4両を1ユニットとし、編成を解いたら列車をバックさせ、船内の転轍機を変えて転線……というものです。


「Deluxe」と「Excelsior」の合造車。日本でいうところの「北斗星」のロイヤル・ソロ合造車オロハネ25-500のような車両だ。「Excelsior」には4つ星が描かれている。日本のブルートレインではカルテットが4つ星であった(2018年11月、吉永陽一撮影)。

 連結器はスクリュー(ネジ)式なので、連結と解放作業は時間がかかります。その作業を繰り返し、数十分後に連絡船へ向けて動き出すと、可動橋を伝って船内へ入っていきました。やっとかという気持ちで見守っていたら、あっという間に船の中。車両甲板はカーフェリーと同じような空間でした。

 ただフェリーと異なるのは、自分が列車に乗ったまま船に積まれること、船に線路が敷かれていること。船内では線路が4線へと分岐しています。さらに、車内にずっと閉じ込められているのではなく、客車ドアが開き、上部甲板へ移動もできます。

 では降車してみます。クルマではなく客車が船内にあること自体が不思議な光景で、何もかもが新鮮。日本での鉄道連絡船による車両航送では、職員のみが見られた光景ですが、メッシーナ海峡では日常的に乗客も見られます。この時は陽気な作業員に囲まれ、「日本から来たのか!写真撮ってくれ!」と撮影大会になりました。

実はほとんどが作業時間

 出港から約20分、もう対岸のメッシーナ駅構内外れに着岸しました。本当に両駅は目と鼻の先にあり、人生初の鉄道連絡船と車両航送体験はあっけなく終了です。

 こんなに短ければ橋を架ければと思うのですが、計画はあったものの中止になったとか。理由は、橋脚の支間(スパン)が3kmを超えて世界最長となるものの、この一帯は地震が偶発するためそれに耐えられるかの懸念、巨額な建設費などです。

 甲板にいた乗客は、船が着岸する前に列車内へ戻っていました。人々の後に続き、あとは車内で船から出されるのをひたすら待つだけ。ちなみに時刻を確認したところ、ヴィラ・サン・ジョパンニ駅発4時25分、メッシーナ駅着6時10分。航行時間を除くと、そのほとんどが航送作業時間となります。出港前の積み込み作業を体験すると、入港から駅の出発までも時間がかかりそうだ……。気長に待ちましょう。


ヴィラ・サン・ジョパンニ駅の岸壁に着岸するところ。青函航路とは逆で、V字となった岸壁に船首から突っ込む形で入港する。船首のハッチが開きかけており、そこから車両を出し入れする。この時点で客車へ戻らないと、列車はすぐに動いてしまう(2018年11月、吉永陽一撮影)。

 テルミニ駅から車両航送を体験できるのは、イタリア鉄道のアプリ「Trenit」によると、日中走行のIC723列車とIC727列車。寝台列車はIC notte1955列車と1959列車などです。ただし運休日や列車番号、時刻が変更されることもあり、またヴィラ・サン・ジョパンニ駅で船に乗り換えのパターンもあるので、乗車日は事前に確認するとよいでしょう。

 メッシーナ海峡の鉄道連絡船は、ここまで手間と時間をかけ、決して長くない距離を100年以上も航行しています。橋の計画は中止になっているので、しばらくは乗車したままの車両航送体験ができますね。シチリア島へ行く際は、鉄道連絡船も選択肢のひとつ。寝台列車だとなお楽しいです。