近年では3Dプリント技術の発達によって家や鋼鉄製の橋、ステルス戦闘機の金属部品までが3Dプリンターで作られるようになっていますが、一部の物質は3Dプリント中の温度変化により特性が変化してしまうため出力に使用することができませんでした。新たに、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)やウィスコンシン大学マディソン校、アルゴンヌ国立研究所の研究チームが、従来は困難だった「17-4 PH ステンレス鋼(SUS630)」の特性を維持しながら3Dプリントする方法を開発しました。

Phase transformation dynamics guided alloy development for additive manufacturing - ScienceDirect

https://doi.org/10.1016/j.addma.2022.103068

Researchers Uncover How to 3D-Print One of the Strongest Stainless Steels | NIST

https://www.nist.gov/news-events/news/2022/09/researchers-uncover-how-3d-print-one-strongest-stainless-steels

17-4 PH ステンレス鋼はクロムの含有量が約17%、ニッケルの含有量が約4%であることから名付けられたステンレス鋼の一種であり、腐食しにくく強度も高いことが特徴です。そのため、塩分を含む海水にさらされる船舶や原子力産業、製紙産業、その他精密機械部品などに広く用いられていますが、これまで金属3Dプリンターで17-4 PH ステンレス鋼を扱うことは困難でした。

金属3Dプリンターでは一般的に、敷き詰めた金属粉末を溶接するか金属を溶かして積層させていくため、プロセスの中で金属が急速冷却されます。この極端な温度変化によって材料内の原子配列がシフトしてしまい、結晶構造が変化して材料本来の特性が失われてしまうことがあるそうです。17-4 PH ステンレス鋼においては、合金の急冷によって得られるマルテンサイトという組織が特性のカギとなりますが、マルテンサイトを維持したまま金属3Dプリンターで成形するのは至難の業でした。



そこで研究チームは、金属3Dプリント中の温度変化で何が起こるのかを明らかにするため、シンクロトロンX線回折(XRD)という手法で内部構造の変化を分析しました。開発に携わった研究者のひとりであるLianyi Chen氏は、「XRDではX線が物質と相互作用し、物質固有の結晶構造に対応した指紋のような信号を形成します」と説明しています。

研究チームはアルゴンヌ国立研究所の高エネルギーX線光源施設・Advanced Photon Sourceを用いて、3Dプリント中の17-4 PH ステンレス鋼における結晶構造の変化をマッピングし、粉末金属の組成といった制御要因がプロセス全体に及ぼす影響を分析しました。

実験の結果、鉄・ニッケル・銅・ニオブ・クロムを含むステンレス鋼の組成物を制御することで、従来の方法で製造された17-4 PH ステンレス鋼の特性を維持しつつ3Dプリントできることが判明。さらに、いくつかの組成物において、従来は鋼の冷却と再加熱を必要とした強度を高めるナノ粒子の形成が、3Dプリントだけで可能になることもわかりました。3Dプリントした17-4 PH ステンレス鋼は機械的試験により、従来の17-4 PH ステンレス鋼と同等の強度を持つことが確かめられたとのことです。

NISTの物理学者であるFan Zhang氏は、「合金の3Dプリントでは組成のコントロールがカギになります。組成をコントロールすることで、固まり方をコントロールすることができるのです。私たちが発見した組成は毎秒セ氏1000〜1000万度という幅広い冷却速度で、一貫してマルテンサイトを保つ17-4 PH ステンレス鋼になることを示しました」と述べています。

3Dプリント中の結晶構造を分析するXRDベースのアプローチは、17-4 PH ステンレス鋼以外の合金における3Dプリントへの最適化や、3Dプリントした物質の品質を予測するコンピューターモデルの開発にも役立つ可能性があるとのこと。Chen氏は、「私たちが作った17-4 PH ステンレス鋼は信頼性と再現性が高いので、商業利用のハードルが低くなります。この組成に従えば、メーカーは従来の製造パーツと同様に17-4 PH ステンレス鋼をプリントアウトできるはずです」と述べました。