●「彼にはどんな幕引きがあるのだろうかと考えるように」

大河ドラマ鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00〜ほか)で、梶原善の名前がオープニングでクレジットされると「また誰かが殺される!」と、視聴者の間で戦慄が走るとか。梶原が演じるのは暗殺者の善児役で、その名の通り、脚本の三谷幸喜氏が梶原にあてがきして描いたキャラクターだが、登場する回では毎回SNSを賑わわせていて、三谷氏自身も予想外の反響に驚いているという。



もともと出る杭は容赦なく打たれるという鎌倉時代、善児は淡々とミッションを全うするアサシンとして重宝されてきたが、三谷氏は「善児は自分の意図を超えて成長したキャラクターです。もちろん、善児が注目されるのは計算のうち。でもここまで視聴者の皆さんを震撼させる存在になるとは思ってもいませんでした」と注目度の高さにびっくりしたと言う。

善児はもともと伊東祐親(浅野和之)の下人で、頼朝(大泉洋)と八重(新垣結衣)の息子・千鶴丸や、北条義時(小栗旬)の兄・宗時(片岡愛之助)らを暗殺。伊東家の離散後は梶原景時(中村獅童)に拾われ、元主である祐親と祐清(竹財輝之助)父子や、頼朝の異母弟である源範頼(迫田孝也)を手にかけてきた。情に流されることはなく、かつ感情を一切表に出さずに人を殺害していく善児は、まさに殺人マシンのようで、登場するたびに強烈な爪痕を残してきた。

梶原といえば、三谷作品に欠かせない名バイプレイヤーだ。もともと三谷が主宰する東京サンシャインボーイズの劇団員だし、その実績や信頼関係の厚さは言うまでもない。「善児がこんなにみなさんから愛される、いや、嫌われるというか、みなさんの心に残るキャラクターになったのは、僕の脚本というよりも、梶原善さんと演出の力だと思っています。あそこまでのキャラクターに成長するとは、僕自身も思ってもなかったので。だからこそ、それを踏まえて、善児にこんなことをさせようと、さらに膨らんでいきました」



もしかしてその結果、生まれたのが善児とトウの物語なのだろうか? 善児は範頼殺害時に、居合わせた農民夫婦も迷いなく殺害したが、その場にいた娘のトウは殺さなかった。そして孤児となった彼女を、なんと善児自身が育てていったようだ。これは映画『レオン』(95)のジャン・レノ演じる殺し屋レオンとナタリー・ポートマン演じる少女マチルダの構図を彷彿させるが、成長したトウ役で山本千尋が大河ドラマ初出演を果たした。

トウは7月31日放送の第29回で初登場し、華麗な身のこなしと見事な剣捌きが話題に。8月21日放送の第32回では、頼家(金子大地)の長男・一幡(相澤壮太)を殺すように義時に言われた善児が涙を見せるという、善児の変化も描かれた。

三谷氏は「善児はもともと最終回までいさせようとは思ってなかったのですが、じゃあ彼にはどんな幕引きがあるのだろうか? と考えるようになりました。ここまで成長した善児だから、どんな退場のさせ方をすればみなさんに満足してもらえるだろうかということを踏まえ、退場シーンを描きました」と、ますます善児から目を離せない展開となりそう。

●宮澤エマ演じる実衣も当初の想定から大きく成長



また、もう1人、三谷氏の想像を超えてきたというキャラクターが、北条時政の次女で義時の同母妹である実衣だ。演じる宮澤エマは、舞台を主戦場とするミュージカル俳優だったが、連続テレビ小説『おちょやん』(20〜21)でお茶の間でも注目されて以降、映画やドラマでも引っ張りだこである。

三谷氏は実衣について「やはり実衣も、宮澤エマさんが演じたことが、大きかったと思います」と、宮澤あってのキャラクターだと強調する。

「最初は政子の話し相手として、何か茶々を入れるだけのキャラクターのつもりでいました。でも、いろんな資料を調べて書き進めていくなかで、宮澤さんが演じている姿を見て、それだけではもったいない気がしてきたんです。それで、実衣はもっと成長していくべき人だし、そんな姿を僕自身も見てみたいと思いました。頼朝が死んだ直後、少し彼女の権力欲の片鱗が見えましたが、それは脚本を書き始めた当初では、思いもしなかったです」

頼朝の死後、鎌倉幕府2代将軍となった源頼家(金子大地)。若さゆえか独裁政治に暴走する頼家のストッパーとして誕生したのが、タイトルとなった“鎌倉13人衆”だ。今後も、歴史書『吾妻鏡』をベースにしつつも、三谷ならではのオリジナルの味つけがされた巧妙なすストーリーが展開されていくに違いない。

では、現実とフィクションのバランスのとり方を、三谷氏はどう捉えているのだろうか。

「この時代において、実際にあったこととフィクションとのメリハリに関しては、極端な話、僕は全部がフィクションだと捉えられるとも思っています。ある意味、神話のようなものなので、そこは脚本を書いていてとても魅力的な点です。もしかして、実際にあったこととリンクしているエピソードがあるかもしれないけど、そこも含めて、僕のなかでは全部フィクションのつもりで書いています」

それは、稀代のストーリーテラーである三谷氏ならではの捉え方かもしれないが、その分、この先に待ち受ける様々な仕掛けを期待せずにはいられない。

三谷幸喜

1961年7月8日生まれ、東京都出身の脚本家。1983年に劇団東京サンシャインボーイズを結成し、多くの舞台を手掛ける。1993年に『振り返れば奴がいる』で連続テレビドラマの脚本家としてデビュー。1994年にドラマ『古畑任三郎』シリーズで人気脚本家としての地位を確立。1997年には映画『ラヂオの時間』で映画監督デビューし、『THE 有頂天ホテル』(06)、『ザ・マジックアワー』(08)、『ステキな金縛り』(11)などを手掛けていく。映画監督作の近作は『記憶にございません!』(19)。大河ドラマの脚本は『新選組!』(04)、『真田丸』(16)に続き3本目となる。また、大河ドラマ『功名が辻』(06)、『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(19)には役者として出演した。

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