賢い中小企業の経営者は、DXという言葉に躍らされてはいない/INSIGHT NOW! 編集部
この5月に、独立行政法人 中小企業基盤整備機構から、「中小企業のDX 推進に関する調査」が公表された。
もはや食傷ぎみの「DX」だが、まさか中小企業の賢い経営者がDXというバズワードに踊らされていることはないと思っていなかったが、やはり想像通りの結果となった。
国をあげてのDX祭りだが、思い起こせば、経産省が2018年に「デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するためのガイドライン」をまとめたあたりから言われはじめた。
そこでは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)とは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とあるのだが、今見ても、すごいことをおっしゃっている。
データとデジタル化で、業務そのもの、企業文化・風土まで変革しようと言うのだから、いったいどんなすごいことが起きるのだろうと期待したものだ。
さすがに経産省も、このままではらちが明かないと思ったのか、2019年には、「DX推進指標」を発表した。DXを進めていくうえで、こういう指標をもとにやりなさいというものだ。
その背景として、
・DXは、本来、データやデジタル技術を使って、顧客視点で新たな価値を創出していくことである、そのために、ビジネスモデルや企業文化などの変革が求められる。
・しかしながら、現在、多くの企業においては、
− どんな価値を創出するかではなく、「AIを使って何かできないか」といった発想になりがち
− 将来に対する危機感が共有されておらず、変革に対する関係者の理解が得られない
− 号令はかかるが、DXを実現するための経営としての仕組みの構築が伴っていない
・ こうした現状を乗り越えるためには、経営幹部、事業部門、DX部門、IT部門などの関係者が、DXで何を実現したいのか、DXを巡る自社の現状や課題、とるべきアクションは何かについて認識を共有すること、その上でアクションにつなげていくことが重要。
と言う。
しかし、「どんな価値を創出するか」と「AIで何かできないか」は何か違うのだろうか?
しかも、そのあとには、「DXを実現するための経営としての仕組みの構築が伴っていない」と、すでにDXは目標化してしまっている。最後に至っては、完全に「DX」が目的だ。
そこで、今回の「中小企業のDX 推進に関する調査」だ。
この調査結果での前振りが、これまたすごい。
2018 年に経済産業省が『DXレポート』を公表し、(中略)社会のデジタル化に対応していくことの必要性が提唱された。これを受け、生産性の向上や業務効率化、働き方改革への取組みなどDXを推進しようとする動きが 活発になっている 。一方、このような状況下にあって 、取組みが 遅れていると言われる中小企業におけるDXに対する理解度、現在の取組状況、期待する成果、新型コロナウイルス感染状況下おける進捗状況などを把握するとともに、DXの取組み実現に向けた課題や期待する支援策などについて調査を行うことで、各支援機関 が中小企業者等に対し今後DXを進めていくための対応方針や支援策を検討するうえで、その基となるデータを提供することを目的とする。
どうやら、中小企業ではDXへの取組みが遅れているらしく、この結果をもとにして、今後さらに中小企業への対応策、支援策を検討するらしい。
調査結果の一部を紹介すると、DXに取り組んでいる中小企業は、7.9%しかいないという。それはそうだろう。DXが「データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」だとすれば、7.9%いるならば上出来だ。大企業を見渡してもこの状況が実現している企業など何社あるのだろう。
ところが、具体的に何をすればDXなのかというと、
取組内容をみても、「ホームページの作成」「営業活動・会議のオンライン化」「顧客管理データの一元管理」が上位となっており、DXに向けたIT化・デジタル化の途上といった状況が伺える。なのだそうだ。
さすがにこれには、答えた中小企業の経営者も苦笑したに違いない。複数回答とあるので、用意された選択式の質問なのだが、調査するほうが、すでに、こうした項目がDXだと思っているとしか思えない質問だ。デジタルツールの使い方が大半で、これらの項目を実施すれば、「顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革」が実現するのだろうか。
そして、DXに期待する成果・効果も聞いているのだが、ここでも上位は「業務の効率化」と「コストの削減」だ。定義と合っていない。
要するに、DX(データ活用とデジタル化)から、イノベーションが生まれることに、中小企業の経営者は期待していない。
とはいえ、テクノロジーの進歩は、日進月歩だ。
今後の成長を考えたときに、前述した「具体的な取り組み内容」に挙がっている内容・手段もあるかもしれないが、これまででは考えられなかったコストで活用できたり、グローバルでも活用できるクラウドサービスの数は数年前とは比べものにならないだろう。
すでに賢い中小企業の経営者は、もはや「アナログからデジタルへ」など考えず、自分のビジネススタイルにあった数々のクラウドサービスをローコストで使いこなし、業務プロセスのスピードアップとコストダウンを図っている。
さらに、進歩的な経営者は、「売り・買い」両方のマーケットをグローバルに求めている。要するに、DXうんぬんとは関係なく、自分のビジネスにプラスであれば、何でも取り入れていく柔軟性を持つことこそが大事だ。逆にアナログ的なサービスを重視し業績を上げている企業も多い。
国がこうしたDXに関する提言や調査を行うのも悪くはないが、もう少し実態をつかんだうえで、スピードアップを邪魔するような制度や法律、たとえば、アナログの極みのような行政サービスや契約時の捺印や印紙など、少しずつでもいいので、改善してほしいものだ。
グラフはすべて、独立行政法人 中小企業基盤整備機構「中小企業のDX 推進に関する調査」から引用